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算数のたかし君 ~円周の長さ~

算数のたかし君第2弾です。

問題をつくるのが一番困ります。算数の問題を作る人は偉大です。


ピクシブにも同じものを載せています

算数のたかし君 ~円周の長さ~



——ねえねえ、“算数のたかし君”の噂、知っている?

——算数のたかし君でしょう、知っているよ。突然現れて、算数の問題を出してくるんでしょ?

——そう、それでね、その問題に答えられたらたかし君は消えて、答えられなかったら……。

——答えられなかったら?

——問題に答えたれなかったら……。



 由香里は、日々のランニングを日課にしていた。

 常に周囲から綺麗だと言われて、愛する夫からもそのように言われてきた。夫が由香里を見染めたのも、見た目からだった。由香里にとって、見た目こそがすべてであり、自身の見た目の美しさは自分の自信の源であった。美しさを保つために、試せる方法はなんでもしてきた。流行りのダイエット法や健康法はほとんどやってきたといっていい。ランニングもその一つだった。

 比較的若いうちに結婚し、その後間を開けずに出産した。人にもよるが、由香里の場合、出産後に体型が崩れた。いや、正確には体型は崩れたわけではなく、しばらくして出産前の体型に戻った。しかし出産直後の自身の姿に、由香里は愕然とした。夫や周囲はそうは言わなかったが、少なくとも由香里自身はそう感じたのだ。崩れた体型を戻そうと、母や義母に子どもを任せて走りにいった。エステに行き、ネイルをし、美容室には二週間に一回必ず行っている。母は小言を言うが、周囲が何と言おうと、由香里には美しさを保たなければならないのである。

 由香里が専業主婦をしていても、美容につぎ込むだけの収入が夫にはある。美容にかけることは、夫に尽くすことと同義である、つまりは綺麗であることが由香里に仕事なのだ。

 そして、今日も由香里は日課のランニングに励んでいた。午後八時、小学生になった子どもを塾に送り出し、自身は近所の公園に走りに来ていた。

 公園はかなり大きく、昼間であれば小さな子供からお年寄りまで訪れる。遊具もあり、芝生もあり、散歩コースもある。都市計画の内の、緑地化のために作られた場所であるため、緑も多い。夜になれは人影が少なく、静かにランニングするには丁度良かった。

 由香里は公園の池の周りをランニングコースとしていた。池の一周は、三キロより少し少ないくらいだった。大体三キロと考えて、毎日五周していた。

 四周目に差し掛かった時のことだった。

「たかし君は、公園の池の周りを走っていました。池の直径は九百五十メートルです。さて、池の円周は何キロメートルでしょう」

「え?」

 すぐ後ろから子どもの独特の高い声と足音が突然聞こえ、由香里は走りながら振り向いた。小学生の男の子だろう、由香里の真後ろピッタリを走っており、由香里は思わず背中をゾワリとさせた。

 こんな時間に子ども? 親はいないの? 足音が急にした、一体どこからついてきていたの? なんでついてくるの?

 疑問符が次々と浮かび上がる。振り向いたときにスピードは一瞬落ちたが、由香里の走る速さは変わっていない。走り慣れている由香里の速さに、後ろを走る子どもは間も開けずについてきた。

「たかし君は、公園の池の周りを走っていました。池の直径は九百五十メートルです。さて、池の円周は何キロメートルでしょう」

 子どもはずっと真後ろを同じ速さでついてきている。声色も変わらず、乱れた息すらなく、同じ問いを繰り返す。子どもにしては抑揚もない、まるで機械のように感じた。

 そう、人間味が全くないのだ。そう思うと、由香里の背中を、走っていたから出た汗と違う種類の汗がどっと出たのを感じた。温まっていた体が、一瞬で冷えていく。

「たかし君は、公園の池の周りを走っていました。池の直径は九百五十メートルです。さて、池の円周は何キロメートルでしょう」

 同じ、同じである。息も乱さず真後ろをぴったりと走り、機械のように淡々とした声で同じ問いを繰り返す。

 何! 一体何よ! この子の親は何処で何をしているのよ! こんな時間に、子どもを一人にして! なんなのよ!

 由香里の中で、怒りがむくむくと湧いてくる。

「たかし君は、公園の池の周りを走っていました。池の直径は九百五十メートルです。さて、池の円周は何キロメートルでしょう」

 後ろを走る子どもはまた同じ言葉を言い、ぴったりとついてくる。

「知らないわよ! あんたの遊びに付き合っている暇はないのよ!」

 そうよ、こんなどこの子どもかわからないのに、私の努力を邪魔されたくない。こんな時間に子どもをほっといて、親の顔が見てみたいわ!

 由香里は走るスピードを早めて、後ろを走る子どもを振り切ろうとした。かなりはないと思う、子どもがついてくることなど、なかなかできない早さだ。これで、あの奇妙な子どももついてくることなどないだろう。

 いつものペースではない早さで走っているため、息が乱れる。心臓の音がやけに耳に響いてくる。

「たかし君は、公園の池の周りを走っていました。池の直径は九百五十メートルです。さて、池の円周は何キロメートルでしょう」

 由香里は後ろを見ると、目を見開いた。

 子どもは、息を乱すことなく。先ほどと同様、ぴったりと後ろについてきていた。子どもが、初めて由香里の顔を見上げた。子どもと、目が合った。

「あ、ああ、あ……」

 由香里は地面のタイルにつまずいて、転がってしまった。体を起こすと、子どもがゆっくりとスピードを落として止まり、目の前に立った。体が震える。無意識に目から涙が出る。膝は擦りむき、ランニングスパッツが破れて血がにじんでいる。後退さると、距離を詰めるように子どもが一歩ずつ近づいてくる。掌に小さな小石がくいこんでくる。

 見上げた子どもの顔は、相変わらず見えない。子どもは汗もかかず、息の乱れもなく、今目の前に現れたくらいの気配すらあった。子どもは由香里を見ると、もう一度、あの言葉を繰り返した。

「たかし君は、公園の池の周りを走っていました。池の直径は九百五十メートルです。さて、池の円周は何キロメートルでしょう」

「……何! 何よ!」

「たかし君は、公園の池の周りを走っていました。池の直径は九百五十メートルです。さて、池の円周は何キロメートルでしょう」

「知らないって言ってるでしょ! あっち行ってよ!」

「……不正解です」

「は……?」

 由香里の意識は、そこで消えた。


 妻が行方不明になったと、由香里の夫は一応警察に届け出を出した。

 まあ、見つからなかったら見つからないで、それはそれで構わない。由香里の夫はそう自身の母に零していたという。



——ねえねえ、“算数のたかし君”の噂、聞いた?

——聞いたよ。たかし君の出した問題に答えられなかった人がいたんでしょ。

——そう、どうなったか知ってる?

——どうなったの?

——あのね、どこかに連れて行かれちゃったんだって。

——ふぅん、そうなんだ。連れて行かれちゃうんだね。


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