1-9.春の陽気と待ち合わせ
意気込んだは良いものの、気持ちだけで事態が解決に向かうわけでもなく。
水曜日、深霧市内を流れる霧渡川沿いに立ち並んでいる枝垂れ桜。
「川の氾濫を治める際の人柱となった娘が、『龍神の番となって川に住むことになっても、春には桜を一目見たい』と言い残したことから、ここに桜を植えることになった……という伝承があるんだ」
「うーん……特に何も見当たりませんね」
「……花が散ったから川の中に帰ったのかもね」
木曜日、籠目坂地区墓地の敷地内に一本だけポツンと生えた大きな桜。
「ここの八重桜は見事でね。霊園に埋葬された死者の魂も、それを見るために集まってくるらしい」
「ぼんやりとした人影が何人か寄っていますけど……桜そのものは普通に見えます」
金曜日、住宅街の小さな公園に生えている樹齢百年を越えると言われている古桜。
「この辺りに住んでいた地主の跡取り息子が、この桜で首を吊って自殺したという噂がある。なんでも、自殺の数か月前に病死した従姉と散り行く桜の儚い姿を重ねて、彼女を慕っていた跡取り息子は狂ってしまったとか」
「ここも何もいないですね……なんらかの手段で成仏したのか、話の方に間違いがあるのか……」
「ふむ……もしかしたら、その従姉と出会えたのかもしれないね」
……といった具合に、放課後の調査は空振りが続いていた。
すぐに結果が出るとは思っていなかったが、何の手応えもなく終わる日が続き焦りが生じ始める。
「まあ、怪奇譚調査なんてこんなものだ。これは、と思えるものに出会える方が珍しい」
「そうは言っても……先輩、身体の方は大丈夫なんですか?」
「ん……問題ない。あれ以来なんともないよ」
焦燥感の原因である桜の枝。
鶴喰七花が倒れてから今日まで、この怪異は大人しくしているように見えた。
ただ、何が原因であの日は活性化していたのかが分からない以上、油断はできない。
「ともかく。明日は少し遠出するから、朝9時に籠目坂駅に集合することにしよう」
「わかりました」
心配する僕とは対照的な様子の七花と解散して、一人家路につく。
明日は午前と午後で一ヵ所ずつ候補地を巡る。それで、鶴喰七花が絞り込んだ場所は一通り調べ終えることになる。
そのどちらかで元凶が見つかればよいけれど、もし見つからなかったら?
あるいは、僕が何か見落としていたとしたら?
思考を埋め尽くす不安を、頭を振って追い払う。
そして、一瞬空っぽになった脳内にまったく別の不安が浮かんだ。
「……明日、どんな服を着て行ったらいいんだ?」
最後に友人と出かけた記憶なんて、小学校に入ったばかりの頃だ。
一応私服はいくつか持っているが、高校生らしいファッションというものがいまいち分からない。
それとも、部活動の一環だと考えて制服やジャージで行くのが良いのだろうか。
降って湧いた新しい難問に頭を悩ませながら、僕は帰宅することとなった。
◇
土曜日の朝8時45分。
約束した時間より15分早く、僕は籠目坂駅に到着した。
市の中心地から離れたこの駅は利用客があまりいない。今のこの時間も、部活動に向かう学生の姿が見えるくらいだ。
そんな彼らの視線を集めてしまってはいないかと、ソワソワした気持ちが収まらない。
悩んだ末に選んだ、ベージュのオーバーサイズパーカーとゆったりめの黒いボトムス。
変な格好ではないと自分では思っているが、他人の目からどう映るかはわからない。
昨日の帰り道に去来した不安は、日を跨いでも治まるどころか大きく育つ一方だった。
そうして、何度目かわからないため息をついていると。
「随分早いじゃないか。待たせて申し訳ないね」
と、聞き覚えのある声がかかった。
「いえ、先ほどついたばかりなので……」
そう答えながら顔を上げた僕は、言葉を失った。
淡いピンクのスニーカーに、濃い青色のデニム。白いインナーと黒いブルゾンの重ね着。
特徴であった超ロングヘアは、高めの位置でポニーテールにしてまとめられている。
一瞬人違いかと思ったが、胸に刺さる桜の枝がそれを否定する。
セーラー服に身を包んでいた時の神秘的な美しさとは様変わりした、クールな姿の鶴喰七花がそこに立っていた。
「どうかしたか?」
「い、いえ……いつもと雰囲気が違ったので」
「ああ、なるほど。今日はかなり歩くから、動きやすい格好にしたんだ」
鶴喰七花が小さくはにかむのを目にした途端に、顔がにわかに熱くなる。
あまり経験の無い感情が湧き上がってきて、たまらず目を逸らした。
「……? 顔が赤いけど、熱でもあるのか?」
「な、なんでもないです。ちょっと着込みすぎて暑いだけで」
「まあ、確かに最近気温もかなり上がってきたからね。とりあえず日陰に入ろうか」
そう言って彼女が駅の改札に向かって歩いていくのを追いかける。
目的地につくまでに平常心を取り戻せるかどうか。それが目下の悩みだった。




