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鶴喰七花の怪奇譚―怪異が見える僕と怪奇譚に魅せられた少女のオカルト調査青春劇―  作者: 水底まどろみ
1章 幽冥の桜

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1-8.質疑応答

 何度目かの訪問になる旧校舎の空き教室。

 そこで待っていた鶴喰七花《つるばみなのか》に対して、僕は簡単に自分が見えているモノについて説明した。

 

「ふむ、桜の怪異……そんなものが私に憑いていると……」

「……自分で言うのもなんですけれど、よくこんな話すんなり信じられますね」


 流石に少し驚いたりするのではないかと思っていたが、彼女の反応はあっさりしたものだった。


「まあ、いくつか予想していた範囲の内だったし……それに、怪奇譚《かいきたん》を長年追い続けていると不思議に思うこともいくつかあってね。たとえば、調査活動の後急に体調を崩したり、何かの気配を強く感じたり」


 ……先輩はいつから怪奇譚を追いかけ始めて、どれくらいの怪異に知らない内に触れてきたのだろうか。

 それを想像すると、今日まで無事に生きていられたことが奇跡のように思えた。


「それはさておき、いくつか質問がある」


 その言葉を聞いて、針を刺すような痛みが胸に走る。

 過去に立ち向かう決意はしたもののまだ乗り越えられてはいない。記憶の中の誰かが、叱責するような眼でこちらを見ている。

 ……けれど。


「……無理はしなくてもいい。答えられないことがあっても責めたりはしないから」

「いえ……大丈夫です。可能な限り答えようと思います」


 既に彼女を信じてみると決めたのだ。

 もう僕の前からいなくなった誰かに足を取られているわけにはいかなかった。


「ありがとう。それでは始めようか」


 使い込まれた茶色の手帳を開きメモを取る準備をして、鶴喰七花は言葉を連ねる。


「まず、そうだな……君の目に怪異というモノはどのように映っている?」

「どのように、というのは」

「私たちの存在とは明らかに区別がつく形で見えているのか、それとも現実に存在する物と見え方は変わらないのか」

「そうですね……弱い怪異は輪郭がぼやけていたりこの世から浮いていたりして見分けがつきやすいんですが、強い怪異になるほど質感がリアルになっていく……ような気がします」


 それでも大抵は現実ではあり得ない姿形をしているから、怪異だと判別がつく。

 目の前にいる、人の体を串刺しにしている桜の枝のように。

 ただ、もしも普通の人や動物と見た目の変わらない怪異がいるとしたら、僕にも正体を見抜けないかもしれない。


「確認になるが、君は怪異が見えるだけで触れられはしないんだったな」

「……はい」


 答えた瞬間、ざらりとした感触が口の中に広がる。

 それを無視して僕は鶴喰七花の次の言葉に集中する。

 

「他の感覚、聴覚や嗅覚では感知できないのか?」

「そうですね、見えるだけ……あ、でも、強力な怪異は声が聞こえたりすることもあります。僕の能力というよりは、怪異側の力の強さが原因だとは思うんですけど」

「……いわゆる霊感のある人間みたいに、見える分常人よりもそういった影響を受けやすい、ということはあるのか?」

「うーん……こちらが反応したのを見られて目をつけられやすくなる、という意味ではそうかもしれませんね」


 小さな声で「なるほど」と相槌を打ちながら、鶴喰七花はペンを走らせていく。


「次に、怪異の強弱というのは、何を基準にしている?」

「えっと、完全に僕の主観による評価でしか無いんですが……人や物への影響力の強さ、感知されやすさ・しやすさと言ったところですかね……。弱い怪異はよほど棲家《すみか》を荒らされない限りお互いに気付くことすらありませんが、強くなってくると普通の人でも気配を感じたり、身体に悪影響が出たりします」

「となると、私に取り憑いているという桜も強力な部類というわけか……。怪異というモノは、誰かに取り憑いて精気を吸い取って成長する存在なのか?」

「うーん、じっくり観察したわけじゃないので成長過程についてはよく分からないんですよね……。ただ、人のマイナス感情が生じやすい場所には大抵怪異がいるので、心の何かしらを養分にしているんじゃないかな……とは思っています」

「ふむ……」


 そこで一度、鶴喰七花のペンが止まった。

 考えを整理しているのだろうか、書いていたメモをじっと見つめて沈黙している。


「最後に。怪異というのは人に害をもたらす存在なのか?」

「そうだと思います。放っておけば無害な怪異も、機嫌を損ねれば襲ってくることもありますし」

「なるほど、だがそれは……接し方を間違えたらそうなる、ということではないか?」

「え?」

「君の言い方だと、対処さえ間違えなければ問題ない怪異もいるということになるだろう。ただそこらを漂っている姿と居場所を荒らされて怒っている姿、どちらが本質なのだろうね」

「…………」


 怪異は怖いものだと小さな頃から認識していたし、「先生」の件もあったから、いつしか怪異は人を襲うのが本質だと思っていた。

 ただ、人間だって自分のテリトリーで知らない人に好き勝手されるのは気に食わないだろう。

 旧校舎にいる怪異たちのように、こちらが彼らの領分を侵さなければ無関心のままでいるあの姿が本来の姿だ、ということもあり得るのだろうか。

 

「人間社会と同様に話の通じない連中もいるのかもしれないが……私に取り憑いているという桜がどちら側の存在なのか、まずは知るところから始める方が良いと思わないか」

「……そうですね」


 鶴喰七花が倒れた際に桜の色が濃く変色していたことから、少なくともこの桜が彼女に悪影響を与えたことは間違いないだろう。

 ただ、単に彼女を糧《かて》にしようとしているだけなのか、あるいは他に理由があるのか……それは調べてみる価値があると思った。

 それに、僕には怪異を無理矢理引きはがすことができない以上、鶴喰七花を助けるならそれしか道はないはずだ。 


「……聞きたいことはこのくらいかな。ありがとう」

「いえ、お役に立てて嬉しいです。……それで先輩、最近桜を見た覚えはありますか?」


 安直な考えだが、桜の怪異が取り憑いているというなら桜が関係しているのだろう。

 桜には『木の下に死体が埋まっている』など仄《ほの》暗い逸話《いつわ》もあるので、怪異の媒体としてはピッタリに思える。

 だから、どこかで桜を目にした記憶があるならそれが元凶だと……そう考えた。

 

「うーん……あるにはあるんだが……」


 しかし、先輩はどこか歯切れが悪い様子だった。

 どうしたのだろう、と首を傾《かし》げていると、先輩は席を立って教室の後方へと歩いていく。

 元は生徒の荷物を収納するための物だったと思われる、ずらりと並んだロッカーの1つを開くと、そこから一冊のノートを取り出した。

 表紙には『奇譚蒐集編纂《きたんしゅうしゅうへんさん》部 調査記録18』というタイトルと、『2026年3月2日~4月8日』と日付が書かれている。

 

「春休みの間にちょうど桜にまつわる伝承について実地調査をしていてね。深霧(みぎり)市内にある桜は名所から穴場まであらかた調べてきたところだったんだ」


 話ながら彼女はノートのあるページを開いてこちらに手渡してくる。

 そこには学校の正門あたりに咲いている桜の写真が貼られいて、調査した日付と鶴喰七花の所見が記されていた。

 

◇

 3月28日(土) 天候:晴 場所:籠目坂高校正門

 1986年、籠目坂高校の新校舎の建立記念に植えられたソメイヨシノ。

 40年もの間卒業生の門出を見送り、新入生を迎え入れてきた。

 籠目坂《かごめざか》高校七不思議のひとつに『深夜、満開の桜の下に女子生徒の幽霊が見える』という噂があるが、私が調べた限りでは確認できなかった。

◇


 ページをめくると、また別の写真が続いている。

 公園、山、史跡など……様々な場所の桜を調査した記録が二十数ページにわたって綴られていた。

  

「……つまり、どこで怪異に取り憑かれたのか分からない?」

「そういうことだ」


 それを聞いて軽く眩暈《めまい》を覚える。

 市内だけといっても、深霧市は県内で最も広い。

 鶴喰七花はその隅々を調査していたようで、これを全部洗い直すとなると相当な時間がかかるだろう。

 放課後の短い時間で行ける場所は限られているのも痛いところだ。


 ところが、七花はそこまで深刻に捉えていない様子だった。


「まあ、何らかの逸話が残っているところや私が気になったところに絞って調査すればそんなに時間はかからないだろう。それに、君の手も借りられるからね」

「僕の、ですか?」

「私に取り憑いた張本人の前まで行けば、君の目には何かしら怪しいものが映る。そうじゃないか?」


 僕の話を信じて頼りにしてくれている。

 初めての体験に胸がいっぱいになり、一瞬言葉が詰まる。

 

「そうですね。可能性はあると思います」

「よし、決まりだな」


 そう言って彼女は僕の手からノートを受け取って小脇に抱える。


「調査先の候補は私が絞っておくとして……今日は色々あってお互い疲れているだろう。調査は明日からにしよう」


 夕陽を背に微笑む彼女の姿は、とても眩しく見えた。

 僕を信頼してくれた彼女のことをなんとしてでも助けなければならない。

 そのような決意が胸の内から湧き上がってきた。

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