2-13.蛙と龍の伝承
翌日の土曜日、籠目坂駅で集合した僕たちは先日と同じルートを辿って市立図書館へと向かっていた。
カエルたちは相変わらず点在していて、道端をぴょこぴょこと歩いている。
迂回してもこの前と結果は同じだろう。だから、今度は近づいてみる。
昨日立てた予想が外れたとしても、てるてる坊主のある場所まではすぐ逃げ込める位置だった。
すると、カエルは僕たちから――正確には葦火エレナから距離を取るように離れていった。
「やっぱり、葦火さんに憑いている者はカエルを退ける力があるようですね」
「そうなんだ……。でも、そんなすごい人がどうして私に……?」
「エレナ君には心当たりはないのか?」
怪奇譚に詳しい鶴喰七花も取り憑かれている本人である葦火エレナも、頭を悩ませている様子だった。
ただの偶然なのか何か理由があるのか、答えは出ないまま、僕たちは市立籠目坂図書館に到着した。
籠目坂図書館は2階建ての建物であり、1階には専門書や小説、絵本などが並べられていた。
しかし先輩はそちらには目もくれず、2階に続く階段を上がっていく。
彼女の背中についていき階段を昇り切ると、古い紙の匂いが鼻をついた。
2階に保管されていたのは、地方新聞のアーカイブや郷土資料だった。
柱や棚の側面には『館内閲覧のみ』と注意書きが貼られており、1階と比べて棚の間隔が狭く密集していた。
僕たちは閲覧用のスペースに置かれた4人掛けの机に荷物を降ろし、メモ用に持ってきたノートを開いた。
「手分けして探そうか。エレナ君は龍神伝説に関する情報を、後輩君はカエルにまつわる伝承を探してくれ。郷土資料のコーナーだけでなく、1階にも民間信仰や民話についての本があるから、そこも見てみるといい」
「先輩はどうするんですか?」
「新聞や雑誌のバックナンバーにそれらしい記事が載ってないか、探してみるよ」
そう言って先輩は書架の奥へと消えた。
……僕とエレナに比べて、先輩の方が見るべきところが多いように思う。後で手が空いたら、手伝えることが無いか聞きに行こう。
◇
市内にはもっと大きな図書館があるとはいえ、この籠目坂図書館も蔵書はそれなりに充実していて、それらしい書物に一通り目を通した時にはお昼になっていた。
カエルにまつわる伝承は予想以上に多かった。
たとえば、昨日先輩が話していた『哮虎岳の雨乞蛙』。哮虎岳には3本足のカエルが住んでおり、そのカエルが鳴くと普通のカエルも連鎖して鳴き出して、直に梅雨が訪れる、という物語だった。
他にもカエルは田んぼの神様の遣いであるという全国的に見られる伝承だとか、県外某所のある城に置かれたカエルのような形の石から堀に身投げする人が後を絶たなかったという怪談だとか。
和やかなものから背筋の凍るようなものまで、様々な話があった。
中でも気になったのは、籠目坂のとある農村の女性がカエルの卵を産んだという話だ。
それを受けて『人に化けたカエルが村に紛れ込んでいるのではないか』と考えた村長は、近隣に建っていた神社の神主と相談する。
その結果、春祭の後の宴会で村の男たちにマムシ酒を振る舞うことにした。
すると、一人の男が文字通り顔を青くして逃げ出した。
それを追いかけると男は山へと逃げ込み、山中にあった井戸へと身を投げた。
中を覗き込んでみると、一匹のカエルが井戸水の底の方へと潜っていった。
……という内容だった。
山の名前は明記されていなかった。
だが、先日見たカエルの卵、そこから孵化したオタマジャクシが向かった方向を考えると、哮虎岳のことで間違いないだろう。
「あの辺りに井戸ってあったっけ……?」
「軽く調べた限りでは見つからないな……現在の登山道からは外れたルートにあるのかもしれない」
エレナの独り言のような質問に先輩が答える。
女性がカエルの卵を産んだくだりについては省略してエレナに伝えていた。
先輩がエレナに龍神伝説を調べるよう指示したのは、これを見越してのことだったのだろう。
一方の龍神伝説に関する伝承はというと、枝垂れ桜の立て看板に書かれていたのと同じような話ばかりだった。
ただ、新しく得られた2つの情報は今回の件と密接に関係していそうだった。
1つは、150年ほど前に先代の枝垂れ桜が寿命を迎えるまでは、そこに白無垢姿の龍姫を象った人形を吊るす習慣があったこと。
そしてもう1つは、『カエルが鳴きやまず雨が降り続いた年に、龍神の番を祀った神社の巫女が白衣に身を包んで、哮虎岳の山頂で祈りを捧げた』という言い伝え。
哮虎岳の雨乞蛙との関連が想像できる話だった。
古い新聞記事に載っていた民話であったため、先輩も見逃していたようだ。
「……カエルと龍神伝説が繋がった」
小さく呟いた鶴喰七花の目には、かすかに興奮の色が浮かんでいた。
「もしかしたら、エレナ君が今回の件の鍵なのかもしれないな」
「わ、私ですか?」
「ああ。龍姫と思しき人物が君に取り憑いて、カエルから君を守っているんだ。この話と何か関係がありそうじゃないか?」
エレナは相変わらず心当たりがないのか、当惑している様子だった。
ただ、話の流れはある程度把握しているようだ。
「私が哮虎岳に行けば何かが起こる……ということでしょうか」
「ああ……きっと山頂を目指すことになるだろう。麓から山頂まで2時間と少しの初心者向けの山だが……それでもこの雨だとレインウェアは必須だな」
先輩は外での調査活動のために登山用のかなり良いレインウェアを持っているらしく、僕もそれなりに防水透湿性のあるレインウェアを所持していた。
一方でエレナは、ポンチョ型のレインコート以外だと、普段あまり使っていない安物のレインウェアしか無いとのことだった。
「ちゃんとしたのを買ってきた方がいいですか?」
「うーん、物によってはそのレインウェアでも大丈夫かもしれないが……念のため、私の予備も持っていくことにしよう。ちょっと小さいと思うけど、それでも良ければ」
「いいんですか? じゃあ、お願いします」
ひとまず、明日向かう場所は決まったようだ。
哮虎岳の山頂。それと、山のどこかにある井戸。
メインの目標は山頂への到達とし、所在のわからない井戸に関しては道中で手掛かりが見つかれば訪れる、という話でまとまった。
「あとは龍姫を祀った神社に参拝できれば理想的なんだが……」
伝承を忠実になぞるなら、その方が良いだろう。
しかし、新聞記事にはその神社の詳細までは記載されていなかった。
Web上の地図や図書館に保管されていた古い地図を調べてみて、霧渡川周辺に建っている神社はいくつか見つかったが、『霧渡川の龍神伝説』との関連は不明だった。
「情報が文献として残っていないだけで、現地に行けば何か見つかるかもしれない。今日はまだ少し時間があるから行ってみようか」
そこで図書館での調査は切り上げて、僕たちは手分けして資料を元の場所に返していった。
その途中で、ある本の表紙に目が留まった。
(桜……)
それは籠目坂周辺の民間信仰についてまとめた小冊子だった。
表紙には枝垂れ桜が写ったセピア調の写真が載せられている。
僕の記憶にある枝垂れ桜と少し見た目が異なるため、恐らくこれが先代の枝垂れ桜なのだろう。
そこで一つ、思い出したことがあった。
もしかすると……彼女なら何か知っているかもしれない。




