2-12.状況整理 in ファミレス(後)
「本題に戻ろう」
そう言いながら、先輩はスマートフォンを操作し始めた。
「例のカエルたちは、住処と思われる哮虎岳を守るだけではなく、町へと降りて人に襲い掛かっている。そして、その影響だと決まったわけではないが……梅雨前線が籠目坂周辺で停滞しているらしい」
先輩が差し出したスマートフォンには、ここ最近の雨模様に関するニュース記事が表示されていた。
確かにこの辺りだけ降水量が一段と多い。しかも、来週半ばからは更に激しく降る可能性があると書かれている。
河川氾濫や土砂災害の発生も予想され、来週から6月末までは警戒する必要がある――と、そのページは締めくくられていた。
「……思った以上にマズい状況になってませんか?」
「ああ。もし何らかのアクションを起こすとしたら、この土日がタイムリミットだろう。それ以降はしばらく外に出るのも危険な状況になるかもしれない」
これが数年に一度の豪雨というだけならば、単なる自然災害の線が濃いと考えていただろう。
しかし、複数の怪異が絡み合っている現状を考慮すると、単なる天災だとは思えなかった。
「……ここまでが、私が今わかっていることだ」
鶴喰七花は空になったグラスの氷をストローでつつきながら、僕とエレナへ視線を向ける。
「猶予はあまりないが、焦ってもいけない。市立図書館に行って、私たちに何ができそうか調べてから行動しよう。……ここまでで質問や共有したい情報はないか?」
「ああ、それなら――」
切り出すタイミングが無かった、『カエルたちに生気を吸い取られて倒れたこと』と『首の無いてるてる坊主にはカエルたちを退ける力が無かった』ことを二人に伝える。
エレナは小さく息を飲んでいたが、先輩はどこか納得した様子だった。
「童謡の歌詞では、天気を晴れにできなかったてるてる坊主は首を切られてしまうけれど……より強力な怪異が哮虎岳付近に陣取っていて、てるてる坊主を打ち破ったのかな」
「逆に言えば、あの辺りにカエルの親玉がいるってことになりませんか?」
「その可能性は高い。なんにせよ、退ける手立てがないかも調べないといけないね」
鶴喰七花は相槌を打ちながら手帳にメモを取っていた。
「それから……先輩と葦火さんは、カエルに追いかけられる夢を見たりしていないですか?」
僕の質問に二人はそろって首を横に振る。
カエルが背中にぴったりと張り付いていた水島美奈が見たという、『山中でカエルに追いかけられる夢』。
二人ともそのような夢は見ていないようだった。
僕の目にもカエルがくっついている様子は映っていないので、本当に大丈夫そうだ。
胸をなで下ろすと共に、ひとつ疑問が生まれた。
先輩は無事家に帰ったところを僕が見届けたし、てるてる坊主の場所も伝えていたので回避できたのだろう。
だが、葦火エレナは?
僕が倒れたところにエレナが駆け付けたのであれば、そこには大量のカエルがいたわけで、何事もなかったとは思えない。
しかし、彼女に取り憑いている怪異である白い羽織と角隠しが、あの時は淡く光っていた気がした。
てるてる坊主もエレナに憑依している者も、龍神伝説と関係があるのならば……もしかしたら、エレナを守ってくれているのだろうか。
その辺りも、明日の調査でハッキリさせられれば少しは安心できるだろう。
「よし。それじゃあ、明日の9時ごろに籠目坂駅に集合して、それから市立図書館に向かうことにしよう。本格的に動くのは明後日だ」
「今日から調査しなくていいんですか?」
今の時刻は14時を過ぎたところだ。いつもの平日放課後の活動と比べれば、時間の余裕はずっとある。
けれど、先輩は首を横に振った。
「後輩君も私も、一応病み上がりだからね。しっかり体を休めないと」
先輩の言葉に、葦火エレナがこくこくと何度も頷く。
……どうやら、倒れたことでよほど心配させてしまったようだ。ここは素直に従おう。
僕たちは残りわずかになったフライドポテトを均等に分け合ってから、ファミレスを後にした。
◇
『先輩』
籠目坂駅までバスで戻って解散した後、僕はチャットにメッセージを入れる。
『どうしたんだい?』
『実は、葦火さんの前では話しにくかったことがありまして』
そう前置きして、僕は素早く文字を打ち込む。
カエルたちは見境なく人を襲っているのではなく、女性を選んで取り憑いていること。
カエルの卵のこと。
そして、エレナの友人がカエルに取り憑かれていることを、鶴喰七花に伝達する。
『人がカエルや他の動物の卵を産んでしまう伝承は日本各地にあるから、それも混ざっているのかもね』
『卵のことはとりあえず伏せておこうか。今エレナ君に伝えても混乱させてしまうだけだろう』
怪奇譚の知識を交えた所感の後に送られてきた意見は、概ね僕の考えと一致していた。
だが、先刻あのような約束をしたばかりなのに、隠し事をするのは後ろめたく思う気持ちもあった。
そうして返事を迷っていると、先輩から追加でメッセージが届いた。
『どうしても必要になれば私から話すよ。ただ、全てを明かしてしまわない方がいいこともある』
『伝えるべき形に情報を整えるのも、奇譚蒐集編纂部の活動の内だからね』
そのメッセージを指でなぞってから、短く了承の返事を送る。
葦火エレナを傷つけないための隠し事。
僕と先輩はその秘密を一度預かることにした。




