2-11.状況整理 in ファミレス(前)
ショッピングモールに着いた頃には13時を過ぎており、店内は閑散としていた。
数年前、より大きなショッピングモールが国道沿いに建ったという話をふと思い出す。
元から花海市駅前の複合商業施設に若い客を取られていたのに、車で移動するような客層がその新しいモールの方へ流出しているのがここの現状だ。
モール内に出店しているファミリーレストランに入っても、僕たち以外の客はほとんどいなかった。
もちろん、平日昼すぎの時間帯であることや、雨が降り続いていることも影響しているだろうけど……。
「ところで、学校はどうしたんですか?」
タブレット端末で注文した料理を待つ間、もう一つ気になっていたことを口にする。
道中で何度か開いたスマートフォンの画面には、今日が金曜日だと表示されていた。
二人そろってお見舞いに来ていたから、土日まで気を失っていたものだと思い込んでいたが……。
「私は昨日まで風邪で休んでいたからね。まだ体調が悪いと言えば、特に疑われなかったよ」
「……サボったんですか?」
「可愛い後輩の危機より大事なことなんて無いからね」
先輩は悪びれる様子もなく、そう言ってのけた。
優等生じみた顔をしておいて、意外と思い切ったことをするというか、ヤンチャというか……。
それだけ心配してくれた、ということにしておこう。
「その、私も似たような感じというか……お母さんに『学校には適当に言っておくから、お見舞いに行って来たらどう?』って言われて……」
エレナの方は取った行動こそ先輩と似たようなものだが、バツが悪そうにしているのが対照的だった。
病院で目を覚ました時の彼女はかなり憔悴していたので、母親もただ事ではないと考えたのだろう。
「そういえば、後輩君は親御さんに連絡したのか? 姿が見えなかったけれど、今頃心配してるんじゃないか」
葦火エレナの話に母親のことが出てきたから、連想したのだろう。鶴喰七花はそう尋ねてきた。
「ああ、僕ひとり暮らしなんです」
「えっ?」
葦火エレナが驚きの声を上げ、鶴喰七花も少し目を丸くしていた。
この年齢でひとり暮らしはかなり珍しいから無理もない。
「両親は遠くの国に住んでいるので、倒れたことを伝えても余計な心配をさせるだけかと思いまして」
「……そうだったのか」
鶴喰七花は小さく呟いて、それから僕の目を覗き込んだ。
「でも……それならなおさら、連絡はまめに取った方がいいよ」
当然の忠告だが、先輩はいつも以上に神妙な顔をしていた。
その理由が気になったが、うまく言葉を選べない内に料理が運ばれてきて、会話はそこでうやむやになった。
◇
「さて、今わかっていることを一度整理しようか」
各々の頼んだ料理を食べ終え、追加で注文したフライドポテトが届いた頃に、鶴喰七花はそう切り出した。
テーブルには彼女が愛用している手帳が広げられている。
「エレナ君が見たという白い着物の人物について調べ始めたのが事の始まりだったが……調査活動をする内に、この籠目坂には現在2つの勢力が広がっていることがわかった」
「てるてる坊主とカエルたちですね」
「そうだ。まず前者、てるてる坊主については、詰め寄ってくるカエルたちを退けて私と後輩君を守ってくれた。それから……まだ確証できる段階ではないが、霧渡川の枝垂れ桜の龍神伝説と関係している可能性が高い。そして、エレナ君が見た謎の人物が恐らく龍神の番……龍姫なのだろう」
てるてる坊主の由来という説がある掃晴娘と、洪水を治めるために龍に嫁いだという娘の共通点。
それと僕の目にだけ映っている、エレナの身を包む白く滑らかな布のことを考えると、そのように捉えるのが自然に思えた。
「そして後者、3本足のカエルたち。足の数や体の色は『青蛙神』の特徴そのものだが……どうにも性質が本来の青蛙神とは異なる気がするな」
「そうなんですか?」
「ああ。青蛙神というのは福の神なんだ。天災を予知する能力から厄除けの象徴とされ、また金貨を食べる性質から金運を招くとも言われている」
「それはまた、なんというか……正反対ですね」
先輩の語る青蛙神と、災厄が身体を得たようなあのカエルたち。とても同じ存在だとは思えない。
「……あるいは、他の伝承と混ざったのかもしれない」
「混ざった?」
少しも予想していなかった言葉を聞かされ、僕はオウム返しに聞き返す。
「私が今語ったのは、あくまで本家本元の青蛙神の話だ。たとえば、青蛙神はガマガエルがモデルなんだが、『青い蛙』という名前からモリアオガエルあたりと取り違えて描かれることもある」
「……僕も、今話を聞くまでアオガエルだと思っていました」
でも言われてみれば、あの3本足のカエルたちにも、ガマガエルの特徴であるイボがあった気がする。
「また、日本においてガマガエルは恐ろしい妖怪として描かれるからか、作品によっては福をもたらすばかりではないこともある。岡本綺堂という作家の戯曲が良い例だな」
僕と先輩が初めて出会った時、彼女は『怪奇譚は伝承を重ねて変容していく』『怪奇譚は生きている』と熱弁していた。
怪異も同じように、混ざり合って変わっていくのかもしれない。
3本足で普通ではない見た目の青蛙神を容れ物として、蛙にまつわる様々な伝承を閉じ込めたのが、あのカエルなのだろう。
「あの、ひとつ聞きたいんですけど……」
そこで、僕たちの話をジッと聞いていたエレナが口を挟んだ。
「3本足のカエルのお化け……私には見えなかったんですけど、亀戸くんが倒れていたあそこにも、多分いたんですよね? 二人には見えるんですか?」
違和感なく同席していたので頭から抜けていたが、そう言えば葦火エレナは僕の目のことをまだ知らないのだった。
いっそ言ってしまった方が作戦会議をしやすいとは思うが、秘密を明かすのはまだ少し怖い自分がいた。
そんな僕の葛藤を見抜いたのか、鶴喰七花が口を開いた。
「私たちは日ごろから怪奇譚に触れてきているから、人一倍不思議な物からの影響を受けやすいのかもしれないね。それで私たちにだけ見えたんじゃないかな」
「そういうものなんですね……?」
実際のところ、先輩にはてるてる坊主やカエルの怪異は見えていないはずだが、僕の目のことを隠すために見えているフリをすることに決めたようだ。
エレナは半信半疑な様子だが、とりあえず受け入れることにしたのか、それ以上は深く追及しなかった。




