2-4.レインコール
それから僕たちはもう少し現場周辺を調べてみたが、例のてるてる坊主以外に怪しいものはなく、そこで調査を切り上げることにした。
翌日の昼休み、僕と先輩は二人で情報整理を行っていた。葦火エレナも誘ったのだが、部活を休んだ埋め合わせに昼練習へ向かいたいからと、申し訳なさそうな顔で断られた。
「それで……先輩には何も見えていなかったんですか?」
「ああ。間違いなく怪異が絡んでいるだろう」
僕の目にだけ映って、鶴喰七花には視認することができなかった。
だからこの世のものではないと判断するのは妥当ではあるのだが……。
「でも、葦火さんには見えていたんですよね……」
「不思議なことにね……一応聞くけど、エレナ君はこの旧校舎にいるという怪異に気づいていたか?」
「いえ。だから、僕と同じような目を持っているわけではないと思います」
それに校外学習の時も今回も、彼女は不思議な現象に対して慣れていない様子だった。
鶴喰七花が落ち着きすぎているだけで、普段から怪異が見えていないのであれば、それが普通の反応だろう。
「だとすると、彼女に取り憑いている者の影響で見えるようになっているのだろうね」
僕も先輩と同じ意見だった。
そして、エレナの話を考慮すると、取り憑いている何かというのは彼女が見た『倒れていた誰か』と同じなのだろう。
「それが龍神伝説に出てくる女性なんですかね」
「恐らくは……。龍神伝説に深く関わりのある枝垂れ桜、それに吊り下げられていたてるてる坊主、そしてエレナ君の見た白い着物を着た何者か、状況を見れば密接に繋がっているように思えるが……」
鶴喰七花は何か引っかかることがあるのか、腕を組んで考え込んでいた。
「……まだ真相には程遠い気がするな」
「怪異の正体がほとんど分かったのに、ですか?」
「ああ。龍神の番……仮に龍姫としようか。彼女がエレナ君に取り憑いた目的が何なのか、てるてる坊主が何を示しているのか……その答えが霧渡川の龍神伝説だけではハッキリしない」
確かに、先輩から聞いた話の中の彼女は誰かに取り憑くような幽霊としては描かれていなかった。
てるてる坊主についても、霧渡川の龍神伝説と掃晴娘の伝説が似ているというだけの話だ。
伝承の中の龍姫と僕たちが調べている何かの姿が一致しない。似ているだけの別の存在なのか、はたまた龍神伝説について先輩も把握していないことがまだあるのか。
「……市立図書館に行ってみるか」
鶴喰七花がぼそりと呟く。
「あそこなら学校の図書室よりも郷土資料の蔵書がずっと多いだろう。私が今まで見過ごしていた何かがあるかもしれない」
「籠目坂駅の近くにある小さい図書館ですか?」
「いや、あれは分館だ。電車で少し行ったところにある本館の方に行こうと思う」
先輩がスマートフォンで地図を開く。
深霧市立籠目坂図書館の本館は、籠目坂地区北部でもさらに北寄りの住宅街の中に位置していた。
籠目坂駅から十分足らずで最寄り駅に着くが、電車を降りてからそれなりに歩く必要はありそうだ。
「早くエレナ君を安心させるためにも、今日の放課後行ってみようか」
「ええ、そうしましょう」
先輩の提案に頷いたところで昼休み終了の予鈴が鳴り響き、僕たちは旧校舎を後にすることにした。
年季を感じさせる板張りの廊下を歩きながら、ふと窓の外を見る。
外は相変わらず雨が降り続いていて、カエルの賑やかな鳴き声がどこからか聞こえていた。
◇
念のため葦火エレナにも一声かけたが、今日は合奏練習があるから抜けられないかも、とのことだった。
2日連続で部活を休ませるのも申し訳ないので、僕は七花先輩と2人で籠目坂駅に向かい電車に乗り込んだ。
「……先輩」
電車の座席に隣り合って座った鶴喰七花に僕は小声で話しかける。
同じ車両にいる人の数は少なく、離れた場所に座っているが、なるべく聞かれたくない話だった。
「どうしたんだい?」
「ここに来る途中で、例のてるてる坊主をいくつか見つけました」
それを聞いて鶴喰七花は少し目を丸くして、声のトーンを落とした。
「……一応聞くけど、普通のてるてる坊主という可能性は?」
「見た目は普通でしたけど……雨ざらしの状態でも濡れていないようでしたし、何より駅の入り口にぶら下がっていたてるてる坊主を先輩がスルーしていたので」
「なるほど……」
先輩は少し考えて、それから僕に質問を投げかけた。
「昨日よりも前にそのてるてる坊主を見ていたりしないか? エレナ君に怪異が取り憑いたことがキッカケなのか、あるいは他の何かが原因なのか把握したい」
「これまでの調査活動や登下校中では見たことない……と思いますけど……なにぶん目立ちにくい物なので、見逃していた可能性もあるかと」
「うーん、そうか……」
歯痒そうな表情を見せて、鶴喰七花は沈黙する。
それから何駅かを過ぎた頃、考えがまとまったのか彼女は口を開いた。
「とりあえずはエレナ君の見た物とてるてる坊主に関係があるものと仮定して調べてみようか」
「他の可能性は追わなくていいんですか?」
「それを考えるのは調査に行き詰ってからでいいと思う。現状一番太い線が龍神伝説だから、今はそれを拠り所にする方が目標を見失いにくいかな」
鶴喰七花の言葉に納得したところで、目的の駅名を車内アナウンスが読み上げる。
緊急会議はここで打ち切って僕たちは電車を降りることにした。
市立籠目坂図書館の位置する住宅地は人の気配が希薄で、雨音とカエルの鳴き声がよく響いていた。
おそらく仕事で家を留守にしているのか、この雨で外に出るのを控えているかなのだろう。僕たち以外に外を出歩いている人の姿は見当たらなかった。
そんな道中で、僕はまたしても軒先にぶら下がっているてるてる坊主を見つけた。
「……ここにも、てるてる坊主が」
「思ったよりも広く分布しているようだね」
「いったい、何の意味があるんでしょうか……」
もちろん、てるてる坊主といえば晴れを願うためのものだ。しかし、それが怪異由来のものとなると、ただ願掛けのために吊るしているとは思えなかった。
何が起きてもいいように、僕は周りに警戒しながら先輩と並んで歩いていた。
だから、それに一早く気付けたのかもしれない。
「ちょっと待ってください」
道の先の方で小さな何かが動いているのが見えて、先輩の進行方向を遮るように片腕を伸ばす。
緑色で上下に跳ねているソレは、今はまだ距離があって点のように見えるが、次第にこちらに近づいている。
カエルだろうか。この雨なので住宅地に出没してもおかしくないとは思うが……なんとなく不吉な予感がした。
「先輩、あそこにカエルみたいな何かがいるのが見えますか?」
僕が尋ねると、鶴喰七花は黙って首を横に振った。
「……迂回して図書館に向かう道ってありますかね」
「案内しよう」
深く聞かずとも意図を汲み取ってくれた鶴喰七花は、少し道を戻って交差点を曲がった。僕は周囲に意識を割きながら彼女の後をついていく。
雨の勢いは学校を出た時よりも強くなっていて、僕たちを押し留めるかの如く激しく傘を叩いている。
それに呼応してカエルの鳴き声が少しずつ大きくなっている気がした。




