城下に猫又といふものありて-5
左右に揺れる2本の尻尾を追いかけ続け、変わらない景色に気疲れして口数も減ってきた頃、ようやく景色が変化した。
立ち並ぶ木造建築の濃い茶色とは違う色彩が僕たちの目に映る。
「ここって、亀戸くんの話にもあった空き地……?」
その空間には背の高い雑草が生い茂っていた。僕の胸の高さまで伸びた緑の葉が、奥の方へと続いている。
周りの建物や道は整備されているのに、ここだけ長年放棄されたみたいだった。
その草むらの真ん中を通るように、草を踏み倒して作られた細い道が出来ていた。黒猫はその道の先へと進んでいく。
「……行ってみましょうか」
僕はエレナの手を引き猫又の後を追う。時折首筋を撫でようとする草をもう片方の手でかき分けながら。
細道は予想よりもずっと長く続いていた。
目算では既に空き地の端に着いていてもおかしくない頃合いなのに、まだまだ終わりが見えない。
このまま進んで大丈夫なのかと少し不安を覚えたが、戻ったところで他に行く宛はない。とにかく前へ進むしかなかった。
しばらくして現れたのは、雑草を短く刈り取って作られた小さな広場だった。
広場中心の数メートルほどの範囲には草が生えておらず土がむき出しになっており、そこに刺すようにして細長い木の板が立てられている。
黒猫はその木の板の傍へと駆け寄ると、座り込んで毛繕いを始めた。
「これって、卒塔婆って言うんだっけ?」
「……そうですね」
戒名などは何も書かれていないが、形状は確かに卒塔婆のように見えた。
だとすると、ここには猫又の主人が眠っていると考えるのが妥当だろう。あるいは、ここに眠る誰かが生まれ変わって猫又となったのかも。
死期を悟った猫は人目につかない場所に身を隠す、なんて逸話をふと思い出す。ひょっとすると、ここが最期の隠れ家なのかもしれない。
「……もしかして、寂しかったのかな」
エレナがポツリと呟く。
それに呼応するかのように、黒猫は喉をゴロゴロと鳴らして剥き出しの地面に寝そべった。
葦火エレナと共に静かに手を合わせて、名前も知らない誰かに祈りを捧げる。
目を閉じたまましばらくそうしていると、猫が短く鳴く声が聞こえた。
その瞬間、一陣の風が吹き抜けた。
立つのも難しいくらいの突風が身体を包む。草がざわざわと騒々しく音を立てる。
バランスを崩したのか、葦火エレナが僕の腕に抱き着いてきた。彼女を庇うように風から背を向ける。
薄目で周囲の様子を窺うと、僕らの周りで景色が目まぐるしく変わっているのが見えた。
雑草だらけの空き地、軒を連ねている古風な家、白い石畳に雲一つない青空。それらがミキサーにかけられたようにぐるぐると回って混ざり合い、次第に視界が光で満たされていく。
眩しさに目を開けられなくなった僕は、エレナがどこかに行ってしまわないようにしっかり肩を掴んでただ待っていた。
ほどなくして、まぶたを透過する光が少しずつ弱まる。
それと同時に草の擦れ合う音が遠のいていき、代わりに雑踏の喧騒が大きくなってくる。
気が付くとそこは古民家の間にある細い裏道で、僕たちは元の花海長屋通りに戻ってきていた。
◇
「どこ行ってたの?」
昼食をとった古民家カフェの入り口まで戻ってくると、橘咲楽が目を細めてこちらを睨んでいた。
こちらの世界に戻ってきた後、メッセージアプリのグループチャットに大量の通知が届いていたことに気づいた僕たちは、駆け足で指定された待ち合わせ場所まで来たのだった。
「あの、私が迷子になっちゃって、亀戸くんに探しに来てもらってたの」
神隠しのことをどう説明しようかと悩んでいると、葦火エレナがそのように誤魔化した。
「だとしても、もっと早く返信するとか、亀戸も一言声かけてから消えるとかあったでしょ」
「……すみません」
やむにやまれぬ事情が一応あったのだが、素直に頭を下げる。
橘咲楽は大きくため息を吐いて、それ以上責めたりはしなかった。
「美奈ちゃんたちは?」
「先に花海庭園の方に行ってる。『二人とも後からついてくるでしょ』なんて暢気なこと言って、まったく……」
「咲楽ちゃんは心配で残ってくれたんだ」
「……別に」
短く言葉を吐いて僕たちから背を向ける橘咲楽だったが、短い髪から覗かせている耳は赤く染まっていた。
「そんなことより、早くバス停まで行くよ。今の時間だと庭園はスルーして駅前の方で合流することになるかも」
そう説明しながら道を先導する橘咲楽を、エレナは早足で追いかけていく。
バッグに取り付けられた黒猫のキーホルダーが、笑ってこちらを見ているような気がした。




