城下に猫又といふものありて-3
そして訪れた校外学習当日。
午前中の活動を終えて自由行動の時間になった僕たちは、さっそく花海長屋通りを訪れ、古民家を改装したカフェで休憩していた。
「いやー……話長すぎ」
抹茶アイスの乗ったパンケーキをフォークでつつきながら、水島美奈が口を尖らせる。
歴史博物館の映像資料コーナーで見せられた、花海城の歴史をまとめたビデオに不満があるようだった。
「この辺の人なら大体知ってる内容ばかりだったし。マジで時間の無駄」
「あれ見てる時間を午後に回して欲しかったよねー」
次から次へと文句が出てくる彼女らに対して、僕は適当に頷きながら窓の外へと視線を移す。
古民家の2階部分にあたるカフェの席からは、長屋通りの風景をよく見渡すことができた。
石畳を敷いた道に立ち並ぶ木造建築。風流な町並みが五月晴れの太陽に照らされている。
ここで神隠しが起きるという話だが……今のところ怪しいものは何も見つかっていなかった。
「でも、私は花海の御殿様と猫の話は初めて聞いたな」
葦火エレナが遠慮気味に声を発する。
周りにかき消されてしまいそうなボリュームだったが、ちゃんと彼女らに届いたようだ。
「それはそうかも。侍でも猫を可愛がるんだって意外というか、ギャップ萌え?」
「それでお土産とかに猫が描かれていたんだね」
僕は歴史博物館で聞いた話を思い出す。
いわく、花海城の殿様は幼少期に『猫夜叉丸』という幼名をつけられていたそうだ。
成人して諱を与えられ、厳格な城主として花海の地を統治してきた彼だが、その幼名の影響か猫を大事にしていたという逸話があった。
猫が一緒に描かれた肖像画が発見されているほどだ。
「私も猫が好きだから、親近感が湧くというか……」
少し恥ずかしそうにしているエレナの言葉に、同意の声が上がる。
いつしか会話の流れは和やかな方向へと切り替わっていた。
「そういや、結局亀っちってあの先輩とはどうなん」
水島美奈から脈絡もなく話を振られて思わず咳き込む。そんな僕を笹島千百合はケラケラと笑い、橘咲楽は冷めた目で見ていた。
「ど、どうとは……」
「そりゃもちろん、付き合ってるかどうかでしょ。この前は誤魔化してたけど、本当のとこはどうなの?」
「うちらこう見えて口堅いから、正直に言ってみなよ」
そうは言うが、彼女らが秘密を守るとは到底信じられなかったし……そもそも僕は彼女らの面白がるような答えを持ち合わせていなかった。
「だから、先輩とはただの先輩後輩の関係でしか無いですって」
「本当? あんな綺麗な女の子と二人っきりなのに?」
「本当です」
「ふーん?」
信じているのかいないのか、水島さんと笹島さんはニヤニヤと意味深な笑みを浮かべていた。
それ以上は問い詰められることなく、話題はクラスの誰がカッコいだかとか好きな芸能人だとか、そのような浮いた話へと流れていった。
蚊帳の外となった僕は、ふと葦火エレナが沈黙していることに気づく。
こういった話に耐性がないのだろうか。彼女は顔を赤くして俯き、目の前のパンケーキを小さく切り分けていた。
◇
会計を済ませた僕たちは古民家を出て石畳の通りに出る。
平日の午後ではあるが観光客はそれなりに多く、時折聞き慣れない言葉も混ざっていた。
「ごめん待たせちゃって」
「いいよ、全然待ってないし」
少し遅れて出てきた葦火エレナに対して、笹島千百合は笑いながら手をひらひらと振る。
エレナは家族に頼まれていたというお土産を、カフェの下にあった雑貨屋で見つけたので買っていたのだった。
「あれ、2つ買ったんだ」
「うん。可愛かったから自分用にと思って」
エレナは話しながら持っていたバッグにそれを取り付ける。
黒い猫が鎧を着たデザインのキーホルダー。なんでも、花海城の御殿様が可愛がっていた飼い猫をモデルにしているらしい。
「じゃあ、次どこ行こっか」
「とりあえず適当に歩いて、良さげなお店入ろう」
水島美奈たち3人は人の波に乗って、さっさと先に行ってしまう。
僕とエレナもそのすぐ後ろをついていこうとした、その時だった。
「にゃあん」
話し声と足音でごった返す雑踏の中、背後から猫の声が聞こえた。やけにはっきりとした、鈴のように澄んだ声だった。
それと同時に隣にいた葦火エレナの足が止まる。
どうしたのか、と声をかける間もなく……エレナは身を翻して鳴き声がした方向へと歩き出した。
「ちょっと、葦火さん!」
声を張って呼ぶが止まる気配はない。
考えるよりも先に足が動き、僕は彼女を追いかける。
人の多さに時折ぶつかりそうになる僕と違って、彼女は人の間をすり抜けるように進んでいく。
まるでどこに向かうべきか知っているような、迷いのない足取りだった。
それでも見失わないようにくらいついて、じりじりと距離を縮めていく。右や左に何度も曲がり、欧米から来たと思しき観光客の集団や柳の木の横を通り過ぎながら、手を伸ばせば肩を掴めそうなところまで近づく。
しかし、葦火エレナが角を曲がったのを追って、僕も道を曲がると……先ほどまで目の前にいたはずの彼女の姿は消えていた。
立ち止まって周囲を見回す。土塀と古い木造建築がどこまでも続き、談笑している観光客の姿が見える。その風景の中に見知ったセーラー服の少女はいない。
焦燥感が周りから音を消し、心臓と血流の音に飲まれる。
神隠し。まさか本当に、それも目の前で起きるなんて。
「……落ち着け」
小声で己を叱りつけ、大きく息を吐く。
エレナとは距離を離されていたわけではない。何かがあるならきっとこの辺りだろう。
それが怪異によるものなら、僕の目に異変が映るかもしれない。
とはいえ、あからさまにおかしいものがあれば既に見つかっているはずだが……。目を凝らしてもう一度、周りを観察してみる。
「……?」
すぐ横の土壁が視界に入った時、違和感を覚えた。
目を細めてジッと見つめる。一見すると普通の土塀だ。積み上げられた石を土台とした、黄土色の壁。
その一部がやや黒っぽく変色している。
最初は汚れだと思っていたのだが……よく見ると現実感が薄いというべきか、周りから浮いているように見える。
壁にできた裂け目のような、その模様に触れてみる。
水面が揺れるような波紋が起こり、指先が壁をすり抜ける。
これは、と思ったのもつかの間。
「うわっ!」
僕はものすごい力で引っ張られ、裂け目の中へと吸い込まれていった。




