城下に猫又といふものありて-2
「ミナって亀戸くんと仲良かったっけ?」
「うーん、普通? あのオカ研の先輩が来た時に話したっきり」
「じゃあなんで?」
急遽男子を引き入れることになり文句を言いたげだった2人の女子を、ミナと呼ばれた生徒は手招きして少し離れた場所に誘導する。
そして何かをひそひそ話したかと思うと、他の2人も納得したような雰囲気で戻ってきた。……いったい何を話したのか気になるところだったが、教えてくれないだろうとも思った。
「改めて自己紹介しよ。あたしは水島美奈。部活は小学校からずっとバスケ部」
「うちは笹島千百合。エレナと一緒に吹奏楽部やってるー」
「橘咲楽。陸上部」
水島美奈はハキハキと、笹島千百合はおっとりとした口調で僕を歓迎したが、3人目の橘咲楽だけ口調の端々に棘を感じた。
先輩との関係性について質問攻めされた時はこんなに刺々しくなかった気がするのだが、これが素なのだろうか……。
とりあえず鋭い視線は無視して自分も名乗ることにする。
「亀戸空です。よろしくお願いします」
「えっと、葦火エレナです。改めてよろしくね」
それから自由行動でどこに行くかを早速話し合うことになったが……。
「駅前には絶対寄るとして、あとどこ行く?」
「せっかくだし花海庭園行って写真撮ろー」
「映えスポットなら美術館とか神社も良くない?」
目まぐるしく話題が変わっていき、口を挟む余裕がない。エレナの方も彼女らについていくのに精一杯のようだ。
会話の主導権は完全に彼女ら3人に握られていた。
「亀っちってオカルト部なんでしょ。なんかあの辺で面白い話ない?」
唐突に水島美奈から無茶振りが飛んでくる。
面白いかはともかく、ネタは先輩から聞かされたばかりだった。
話して良いものか少し迷ったけれど、こちらを注視する女子たちに気圧されて口を開く。
「これは先輩から聞いた話なんだけど――」
花海城の城下町の風景が色濃く残る花海長屋通り。
長屋を改修して建てられた雑貨店や茶房などが並び多くの人で賑わう観光スポットなのだが、時折人がフッといなくなるという噂がある。
そのまま行方不明になる、というわけではなく、消えた人間は決まって数十分から一時間ほどで戻ってくるのだが……どこに行っていたのか尋ねると大抵似たような答えが返ってくる。
「誰かに呼ばれた気がした」「気が付いたら周りから人の気配が消えていて、進んでいる内に殺風景な空き地に辿り着いた」と。
不思議なことに、彼らの記憶を頼りに探してみてもその『殺風景な空き地』は見つからなかった。そもそも長屋通りは観光のため景観も整えられており、彼らの言うような手入れされていない土地など無いはずだ。
もしかすると彼らは、どこか別の世界に迷い込んでいたのではないだろうか。
「……というのが、『花海長屋の神隠し』の噂です」
「おー、雰囲気あるねー」
水島美奈がパチパチと小さく手を叩く。
一方、橘咲楽は訝し気な顔で口を開いた。
「でもそれって迷子になった話を盛ってるだけだったりしない? あの辺の道入り組んでるし」
彼女の言葉を曖昧に笑って誤魔化す。
正直僕も同じことを思ったし、先輩に同じことを聞いた。
『そうかもしれないし、別の真実が隠れているかもしれない。それを確かめるのが私たち奇譚蒐集編纂部だ』と、先輩は言っていたけれど……それを彼女らに話しても微妙な反応が返って来るだけだろう。
「まあ、せっかくだし長屋通りの方も寄ってみようよ。いろいろ美味しいものもありそうだしさ」
笹島千百合が話をまとめて、僕たちは長屋通り・花海庭園・駅前のデパートを巡って集合場所の花海城に戻るルートを取ることにした。
◇
ホームルームが終わって放課後になり、教室を出て旧校舎へと向かおうとした時だった。
「亀戸」
背後から声をかけられて振り返る。
そこに立っていたのは、先ほどの話し合いの最中も時折鋭い視線をこちらに向けていた、橘咲楽だった。
「ちょっと話があるんだけど、来てくれる?」
質問の体を取ってはいたが、声には有無を言わさない圧がこもっていた。
いつ何をして機嫌を損ねたのか全く心当たりがないまま、僕は黙って彼女の後についていく。
連れて来られたのは4階の階段をさらに上った、屋上に続く扉前のスペースだった。
そして、彼女は眉間に皺を寄せた硬い表情で口を開く。
「聞きたいことがあるんだけど……ちょっと前に深霧天満宮に行かなかった?」
予期しなかった質問に少しの間固まってしまう。
鶴喰七花に取り憑いていた桜の怪異の正体を探しに訪れたのは記憶に新しい。しかし、なぜ彼女がそのことを?
疑問に思いながらひとまず素直に頷いておくと、彼女は大きなため息をついた。
「お父さんから髪の長い女子と背の高い男子が来たって聞いた時はもしかしてと思ったけど……」
「……えっと、お父さん、ってことは……」
「あそこ、うちの神社」
まさか同じクラスに深霧天満宮の宮司の娘がいるとは。
しかしそう言われてみれば目鼻立ちが似ているような気がするし……何より、『咲楽』という名前をつけられた理由が少し想像できた。
「それで、オカルト部がうちで何を調べてたの?」
そう問い詰める橘咲楽の様子には見覚えがあった。
疑心に満ちた目。嫌悪感を隠しきれていない口調。小学生の頃に僕の周りにいた同級生たちと似ている。
胃の奥から何かがせり上がりそうになる。逃げ出したい気持ちが脚に絡みつこうとする。
……でも、僕の過去と目の前の人間は別物だと、鶴喰七花が教えてくれた。
「春だから桜にまつわる伝承を調べていたんです。それで、先輩があそこに昔は桜があったって言っていたので」
「怪談目当てとかじゃなくて?」
「はい。うちは必ずしも怖い話を追いかけているわけじゃなくて、神話とか伝説とかそういった不思議な話も調べています」
「……そう」
じっとこちらの表情を窺う橘咲楽の顔からは、刺々しさがいくらか薄まっていた。
しかし、完全には信用していないようだ。
「ならいいけど……変な噂とか流したら殺すから」
そう言い残して橘咲楽は階段を下りていく。
彼女の足音が聞こえなくなってから、僕はその場にしゃがみ込んで大きく息を吐いた。
橘咲楽が不信感を抱くのはもっともだ。彼女にとっては自分の生活圏を嗅ぎまわられていたことになるのだから。
夏が近づいているというのに身体が底から冷えている。
だが、この冷たさから背を向けても逃げ切ることなどできない。ちゃんと向かい合う方がずっとマシだ。
鶴喰七花との出会いから得た経験のおかげで、そう考えることが出来るようになっていた。




