1-12.天神様の桜(前)
予定していた宵浜海岸に一応訪れてみて空振りを確認した後、僕たちは電車に乗り込み、籠目坂駅の何駅か手前で降車した。
深霧山から流れる一級河川、霧渡川。その堤防沿いを上流に向かって歩いたところに、目的地である深霧天満宮は建っていた。
先輩の後に続いて、一礼してから赤い鳥居をくぐるとそこには静謐な空間が広がっていた。
地方の小さな神社であるためか人影は少ない。境内の掃除をしている宮司以外には、年配の参拝客が2,3人見える程度だ。
「ここには調査活動で来たわけじゃないんだ。私も人並みに受験生だから、学業のお守りでも貰おうと思ってね」
「そういえば先輩3年生でしたね」
……オカルト部の活動なんてやっている場合じゃないのではないだろうか。
ああ、でも隣の席の女子生徒……葦火エレナから聞いた噂では頭が良いと評価されていた覚えがある。
時間を見つけてちゃんと勉強しているのか、はたまた授業に出るだけで大抵のことは身につくのか。
「天満宮に祀られている者といえば学問の神、菅原道真であるのは誰もが知るところだと思うが……彼にまつわる『飛梅伝説』というものは知っているかな?」
「飛梅……桜じゃなくて、ですか?」
「あくまで梅が主役だね。主である道真が左遷されることを知った梅は、主を慕う強い気持ちから空を飛び、一夜にして道真の邸宅があった都から大宰府まで飛んで行ったという話だ」
それはまた随分と荒唐無稽な話だ。
逆に言うと、そんな話が残るくらい道真は梅を大切にしていたのだろう。
「さて、飛梅伝説には他にも道真を慕う樹が出てくる。そのうち松は梅と同じように主の後を追うも力尽きて途中で着陸し……桜は悲しみのあまり主を追いかけることもせず、みるみる内に枯れてしまったんだ」
「……枯れた桜が出てきますね」
「ああ。私に刺さっているという桜が既にこの世のものでなくなっているのだとしたら……ここはピッタリの舞台だろう」
その言葉に僕は頷く。
飛梅伝説の桜そのものは、桜の花の儚さから生まれた単なる言い伝えに過ぎないのかもしれない。
ただ、今まで訪れてきた場所よりはずっと手掛かりに近づいているような気がした。
「実は、以前来た時に気になる場所があってね。桜とは関係ないと思い込んでいたから、今回の調査候補には挙げていなかったが」
「……さっき、ここには学業成就のお参りに来たって言ってませんでした?」
「歴史ある場所に訪れる用事があればついでに一通り見て回るのは、怪奇譚蒐集家としての嗜みだよ」
常日頃からそんな調子だったのか。
筋金入りだと感心すると同時に、不用意に怪異と遭遇して当然だと少々呆れてしまう。
先輩に連れられて辿り着いたのは、神社の裏手だった。
開けて明るかった参道付近に比べると、こちらは葉を茂らせた木々や刈り込まれた低木のせいで鬱蒼とした雰囲気がある。
椿に似た光沢のある葉だが、神社に植えられているのなら多分榊だろう。
神事で使われるあの葉っぱがそんな名前だったような覚えがある。
そんな榊の樹がゆるい円形に並んでいる、その中心に向かって先輩は歩き出す。
「ここだけポッカリ空間が空いている気がしてね。元々何かあったんじゃないかと睨んでいたんだが――」
「先輩には……本当に何も無いように見えているんですか?」
空き地だなんてとんでもない。
鶴喰七花の背後には、空を覆いかくさんとするほどに幾本も枝を伸ばした桜の大樹があった。
今まで訪れた場所に生えていた桜は役目を終えて花を散らしていたが、この桜は違った。
桜の雨を降らせるその姿を見ていると、冴えた冷たさがじわじわと迫ってくるように感じた。
「……どうやら当たりだったみたいだね」
降りしきる淡色の花びらの下で鶴喰七花が微笑む。
その胸に咲かせた桜の花は、大樹から落ちる花弁と同じ色をしていた。
やっと、進むことができた。
でも、まだ一歩進んだだけだ。
「まだです。まだ元凶を突き止めただけで、何をしたらいいのかはわかっていないんですから」
「それでも前進したのは確かだよ」
そう言って鶴喰七花は来た道を引き返していく。
「さあ、さっそく手掛かりを聞きに行こう」
「え、聞きに行くって……」
「この神社のことに詳しそうな人がさっきいただろう」
彼女が視線を向けた参道の方には……紫色の袴を穿いて竹ぼうきを手に持った男性が立っていた。




