大鷲のディア
まるで何かの物語のように、ディアとダグラスの魂は融合していた。
ディアは雛の体で孤独と飢えを感じ、時おり途切れそうな意識を引き戻しながら生き長らえる。
ダグラスには体はなく意識だけの存在だったので、ただただ自分ではコントロールできないまま生命力を注いでいた。
ダグラスの意識はディアと繋がり、痛みや熱を半分引き受け、代わりにディアが摂取する食べ物で命を繋いでいく。
巣から落ちた後に融合した為、落下の経験はないはずなのに、記憶を共有していることで恐怖はダグラスにも伝わる。
ディアが眠っている時は特に顕著で、夢のように怖かった気持ちがダグラスへ伝わって来た。きっとディアが何度も思い出しているのだろう。
野性動物は危機的状況を決して忘れないことで、再び同じ轍を踏まず生き延びると言う。けれど巣から落ちる、若しくは落とされた記憶は、ただ辛い記憶にしかならない気がした。
自力で飛べないちっぽけな雛が、地上へ落ちるだけの映像は、ダグラスの心にも痛みをもたらした。
(これが自然界なんだ。人間の赤ん坊よりよっぽど死線を潜り抜けてきたんだな。空を飛べるまでに、どんなに生きる選択を繰り返したのだろう? 生き延びるのは奇跡のようだな)
素直にそんな気持ちだった。
ダグラスがディアの気持ちを共有しているように、ディアもまたダグラスの意識が脳裏に流れ込んで来た。
(何なの、これ。この人間の気持ちなのかしら? 食事は運ばれ、身を包むあったかい布もあるのに、幸せそうじゃないわ。何故かしら)
意識が触れるうちに、ダグラスの気持ちが何となく理解できていく。
城と言う巣で暮らすこの人間は、両親の生まれのせいで侮られ嘲られ、けれど王族の生まれだからと学ぶ義務や、責任だけが増えていった。
そして血の繋がりが薄い兄達を羨ましく思って、自分のことを嫌いになっていくのだ。そう思うことも両親への罪悪感になり、自分を好きになれない悪循環に陥るのだった。
(わたしの両親は夫婦交代で卵を温め、餌も運んでくれたわ。わたしの場合、3つ生まれた卵の最後に孵ったから、餌が先に孵った雛と同じ大きさで消化できなかったの。今思うと、運がなかったのね。
でもこの人間の家にはオス1体にメスが2体いて、生まれ順が3番目。両親には大事にされたのに、狭い場所に一緒にいる親でない他の個体が彼を虐めたのね。何で街にいる人間のように、家族だけで暮らさないのかしら? 嫌なら出て行けば良いのに。
それに神様が言っていたけど、この人間はわたしの大好きなアルティディアを過去に殺そうとした。いや、殆ど殺したも同然の人間らしいじゃない。いくらその罰を償う為にここに来たのだとしても、何だか許せないわ)
ディアは大事なアルティディアのことを思い、嫌悪感を抱いていた。
お互いの記憶を感じるのは、1日に1回と決まっていた。恐らく記憶の混乱を避ける為なのだろう。
お互いに異分子が交ざる感覚に、落ち着かない日々を過ごしていたが、体は離れることはなく月日は過ぎていった。
雛だったディアの追経験を、あっけなく見終わったダグラスは、ディアの頑張りを応援していた。
(空を飛ぶ感覚は今も馴れないなあ。ディアは凄いよ。飛びながら獲物を見つけて、攻撃もするのだから。僕が大鷲なら、獲物を取れなくてすぐに死んでしまうな)
そんな感じで。
そしてディアが眠りに就く時、ダグラスは神に祈りを捧げるのだった。
(僕の犠牲になった人達がこれ以上苦しまず、少しでも穏やかに暮らせますように。亡くなった方達が、良い場所へ生まれ変われますように。アルティディア、ごめんなさい。お父様、お母様、グラス、元気でいてね。うっ、うっ、うわあぁん)
ディアは意識の傍らで泣くダグラスを、いつも感じていた。最初は自分に酔って鬱陶しいと思っていたが、最近は本当に後悔していることが伝わっていたのだ。
(人間って、思ったより楽しくなさそうね。ご飯は美味しいかもしれないけど、嫌みもやっかみも多くて、関係ない人間が幅を利かせているし。ダグラスは王子なんでしょ? 何でこんな風にされるの? もっと強く言い返せば良いのに。もう、何でなのよ!)
共に過ごすことで、お互いを気にするようになっていたディアとダグラス。
お互いに会話することはできないが、何となく気持ちは通じあっていった。
ディアはダグラスが本当は優しいことや、辛い経験から素直になれなかったことを知った。もしプライドを捨ててアルティディアと話し合うことができていれば、違う未来もあったかもしれないと思った。
(もう彼は肉体もないし、今さら遅いけれど……。でも王族でなかったら、やり直せたのかしらね)
アルティディアを見守りながら日課(獲物を捕らえて、摂取する。アルティディアに撫でられる)を熟し、生きていくディアとダグラス。
ダグラスが過去の自分を見てもどかしいように、ディアもまた体のある彼を見て切なくなる。
(ちょっとダグラス、ちゃんとしなさい。変なプライドなんか捨てなさい。ローズマリーなんて金に集る愚かな女よ。あんたの金がなくなれば、すぐに他の男に体を開くみっともなしなのに。なんでうっすら気付いているのに、突き放さないのよ、馬鹿ダグラス!)
ダグラスの待遇や気持ちを知ったことで、ディアの意識は変化していた。彼女の方が生きている年数は少ないのだが、ダグラスを弟のように思っていたのである。
毎日同じ食事をして、祈りを聞いていたせいだろう。
ただディアはダグラスの気持ちは分かるのに、ダグラスはディアの気持ちを知ることが出来なくなっていた。
恐らく体の所有権が、ディアにあるせいなのだろう。ダグラスの存在は以前より、ずいぶんと薄れていた。
けれどディアは自分の身に宿るダグラスの意識を辿れ、同時にこれから後悔することになるダグラスを苦しい思いで見ているのだった。
(神様、これがダグラスの罰なのですね。なんて残酷なのでしょう。やり直す機会もないのに、同じ映像を見せられるなんて)
そんな思いを抱きながらも、アルティディアを必ず助けるという強い思いは健在だった。それはディアもだが、ダグラスも同じ思いだった。
◇◇◇
そしてアルティディアが崖に連れて行かれ、落とされる瞬間が来た。
ディアとダグラスは何度もこの行為が回避されることを願ったが、叶うことはなかった。
アルティディアが落ちた瞬間に、弾丸のようにディアは飛び彼女をキャッチした。
((やったー! 良かった!))
ディアとダグラスは同時に歓喜し、泣きじゃくるアルティディアを優しく撫でていた。
「ディア、ありがとう。お陰で助かったわ」
「ピィ、ピーーーィ」
「心配かけてごめん。でもありがとう」
「ピィピィ、ピピィ」
「…………っ、ふあぁ、怖かったよぉ、本当は滅茶苦茶怖かったの。ディア、ディア」
たくさん泣いたアルティディアだが、落ちたことはトラウマにならず済んだようだ。助かったことの方が、彼女にとっての強い印象として残ったのだ。
その後、更にダグラスの存在は薄れていく。
わたしは彼の両親と侍女の姿を見せてあげる為に、辺境にある修道院へ飛んだ。
少なくとも弱っている感じでないから、安心するかなと思って。思った通り、彼は少し安心したみたいだった。
そして辺境伯キャナル様のところにいる、アルティディアのところにも飛んで行った。彼女の元気な姿を見て、彼は泣いていた。良かったと言って泣いていた。
そしてもう、薄れていた存在のダグラスは、挨拶して天へと還ったのだ。穏やかに微笑んで、楽そうに見えた。
(元気でね、ディア)
(さようなら、貴方もゆっくり休んでね)
わたしも何だか安心して、寂しいけれど泣かなかった。
思えば彼のお陰で、わたしは生き延びた。
元々はアルティディアの両親の願いで生き延びたわたしだけれど、彼の生命力がなければ叶わなかったかもしれないから。
ダグラスは命の恩人なのだ。
けれどわたしはまだ、お礼をしていなかったことを思い出した。
(また会える気がするわ。今度は同じ種族として。お礼はその時にしましょう)
取りあえず今は、誠実なパートナーと番って卵が生まれるのを待っているわたしだ。
(遅れて生まれた子だって、ちゃんと育ててあげるから、安心して生まれておいで。みんな可愛いわたしの子達なのだから)
人間の記憶を見たことで知性がついたディアは、強く賢くなっていた。大鷲の寿命は50歳くらいと言うから、この世界の人間の平均寿命に近いようだ。
これからもディアはアルティディアを見守りながら、人間の世界を興味深く観察していく。
いつか人間に転生しても、困ることがないように。
(安心して生まれて来なさい、ダグラス。今度はわたしが守ってあげるから!)
何となくダグラスは、ディアの弟として生まれてきそうだ。
今度こそダグラスは、幸せになれそうな予感♪♪♪
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完結していたのですが、思いつくまま続きを書いてしまいました。
もしかすると、そのうちアルティディア編が追加になるかもです。ならない可能性もあります。
児童書としては、適しているか悩みどころです。もっとあっさりのつもりでしたので。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました(*^^*)♪♪♪ 感謝です。




