敗残者 その2『レモア』
私は国王の側妃レモア。
婚姻前の私は、生家のアカシア伯爵家で地獄のような日々を送りました。
祖父の代でアカシア伯爵家は斜陽貴族となり、そのまま消えてなくなる運命でした。
ですが私の父親となるクロストは、絹の貿易で成功を収めたルアン子爵家に目を付け、再起を図ったのです。
私の母親となるルアン子爵令嬢、ロビアに愛を囁いて恋人となり、兄を妊娠してから結婚したそうです。
私の母親は、私が10歳の時に亡くなりました。寂しかった私は、亡くなった母親の部屋に入り浸り泣いていました。
そして日記を見つけたのです。
(この後に続くお話は、母の日記からの抜粋なので母のことは『私』、父のことは『クロスト』となっています)
私は情熱的で美しいクロストと出会い、運命の人だと舞い上がった。彼なしではもう、生きていけない程強く愛していたの。だから身も心も彼に捧げたのに。
けれど妊娠すると、彼の態度は冷たくなっていった。微笑みが消え、「結婚してやるのだからありがたく思え。せいぜい俺に尽くせ」と高圧的な態度までみせて。
私は父親に相談した。
けれど「結婚前に妊娠したことは事実で、たとえ堕胎しても純潔でない娘の結婚は難しくなる」と言われたの。責めてはいなかったが、悲しそうだったわ。
母親は「辛いなら結婚しなくて良いから、ずっと家にいなさい」と、泣きながら抱きしめてくれたけど、家を継ぐ兄夫婦は何にも言ってはくれなかった。
兄夫婦との仲は悪くないけど、このまま家にいることは考えどころなのだろう。
私は結局クロストと結婚し、嫡男となるルシアンを出産した。
クロストは私の家から金を引き出し、子爵家と伯爵家の人脈をうまく繋げながら事業を成功させた。彼は元々、頭の良い人なのだろう。
この時には私の父親への借金も返済し、伯爵家を立て直した手腕を認められていた。
私の母親も、「これでもう立派な伯爵夫人になれたわね」と微笑んでいた。
クロストは私にだけは、蔑むような冷たい態度を取り続ける。母親は「貴女に甘えているのよ」と、当たり障りのないことしか言わなくなった。
彼の本性が出たのではなく、憎んでいるように思えた。
不仲だと思わせないようになのか、彼はまた私と子供を作った。今度は女の子でレモアと名付けた。
ルシアンもレモアも可愛い。
けれど見ていると辛くなる時がある。
彼が酔うと言う言葉で。
「俺は金の為にお前を抱いて、結婚したんだ。俺は男娼のような、汚い存在なのだ!」
その言葉は私を深く傷付けた。
急に冷たくなったのではなく、最初から愛はなかったのだと知ったから。
私は最近、酷く体調が悪い。
再び妊娠したのかもしれないと思ったが、医師に見て貰うと毒の蓄積があるようだと顔を歪められた。
取りあえずお金を渡し、口外しないように頼んだ。
警察に届ければ、クロストは捕まるはずだ。
けれど子供達はどうなるのだろう?
いろいろ考えてみるが答えは出ない。
どうやら私の体は、回復の見込みがないくらい悪いようだ。徐々に弱る道しか、残されていないらしい。
だから私は幼い時からの友人である、メイドのグラスと馭者のルドに子供達を託した。
結婚した際、斜陽だった伯爵家にも付いて来てくれた兄と姉のような存在だ。きっと子供達を守ってくれるでしょう。
グラスとルドは貴族の血が流れている。
彼らは先代国王が、逆賊と粛清した貴族の子孫だった。けれど今ではその逆賊の判断も、先代国王が諫言されたことで怒ったとも、宰相により力を削ぐべき嵌められたとの話も流れていた。
時代が代わったことで、王家の醜聞も全ては隠し切れなくなっている。表出ってではないものの、市井を通して事実が流出していると言う。
グラスとルドは生き証人だ。
幼い時に孤児院で彼らと友人になった時、彼らの生き残った親族は悲惨な状況下に置かれていたらしい。
私はよく考えず、祖母が内緒でくれた生前贈与の小切手を彼らに渡した。
「これで少しは助けになるかしら? 私は欲しい物がないからあげるわ」
受け取れないと言われたが、私も話を聞いた以上黙ってはいられなかった。
「じゃあ、グラスとルドがずっと傍にいてくれたら嬉しいわ。私が死んでも子供達を守って。これはその代金よ」
二人は片膝を床につけ、右腕を心臓に当てて頭を垂れた。この国で忠誠を誓う姿勢だった。
「「はい。慎んで、賜ります」」
「うん。よろしくね」
当時の私は、そこまで重く考えていなかったが、二人は生涯の忠誠を捧げてくれたらしかった。
祖母の小切手はこの国の国家予算並みだったらしく、もうすぐ病気で寿命が来るらしいが、それを祖父に渡したくないようだった。
「あの男……。私が死んだら、このお金で愛人の宝石を買うと笑ってたわ。だから私財については弁護士に大金を払って、使途を明かさないよう契約をしたの。ロビアに全部あげたことは、誰も知らないのよ。いらないなら捨てても良いからね」
捨てても良いと言うくらいだから、私は大金だと思ってなかったの。お祖父様と喧嘩したから、私にくれるって言うし。印象も良くないから、あんまり見ていなかったし。
グラスとルドはその資金で身売りをしていた者達を全員救い出し、隣国の自由都市と呼ばれる場所へ一族で集結して、商会を立ち上げて成功したそうなの。時間はかかったみたいだけどね。
グラスとルドは元孤児の身分のまま、市井の学校に通っていたことにして、成人後に私のところへ戻ってくれたの。年は彼らの方が上だったから、いろいろ頼ってしまったわ。
私がいなくなっても、グラスとルドがいればきっと大丈夫。
でもちゃんと生きて、ルシアンとレモアの結婚相手を見たかったな。
そんな感じの日記だった。
衝撃を受けた私は、日記を誰にも見られない天井裏に隠し、内容も忘れかけていった。
◇◇◇
母親の死後に後妻に入ったデメルに、父親クロストはメロメロだった。若くて綺麗で口調も優しい。
フワフワした綿菓子みたいな人で、父親と兄、他の使用人にも優しかった。でも私のことは嫌いみたいで、時々睨んでくるのだ。
私が信じられるのは、グラスとルドだけだった。
デメルは私が彼女の悪口を言ったとか、服を汚したとか、酷い時は叩いたとか足を踏んだとかと冤罪を被せてきた。
私は否定したけれど、グラスとルド以外は、デメルのことを信じた。
「私が悪いのです。きっと身分が低い私が義母になったから。でも元は平民だったのですから、仕方ないです、うっ、でも、悲しいわ。レモアさんと仲良くなりたかったのに……」
「君の父親は男爵令息だ。貴族の血は残っているんだから、卑下しなくて良い」
父親クロストは彼女を庇い、兄のルシアンは私に暴言をぶつけた。
「デメルさんが綺麗で心も優しいから、お前は嫉妬しているのだろう。見苦しいぞ、謝れ!」
「私は何もしていないわ。信じてお兄様」
「黙れ、外道が!」
言い訳だと思われ、頬を打たれた私は泣きながら部屋にこもった。抗議をしたルドはクビになり、味方はグラスだけになった。
使用人達は普段からデメルにお菓子や装飾品を貰い、優しい言葉もかけられていたらしく、すっかり彼女の味方だった。
古参の使用人達はデメルに夫人教育(家政業務など)を教えていたが、彼女が泣いてあることないことを父親に訴えたらしい。彼女の願いで再婚数日後に、彼女の嫌がった者は解雇されていた。
新しく入った使用人は、彼女の手下のように彼女を崇めていた。
ある日デメルの兄と言う男が訪ねて来た。父親と兄がいない昼間で、私の部屋に押し入り私を押し倒した。
気付いたグラスが助けてくれたが、デメルは「レモアさんが兄を誘ったのです。婚約者もいるのに……。うっ、悲しいことです」と私を批難した。
私は貞操を失ってはいなかったが、父親と兄は「ふしだらな者はいらない。早々にどこぞの後妻に出してやる」と息巻いていた。
デメルは泣き真似をしながら、私だけに見えるように口元に笑みを浮かべた。
私は悔しくて下を向いた。血の繋がりのある父親と兄に信じて貰えず、辛くて死んでしまいたかった。
まだ14歳の私がふしだらだと、身持ちが悪いと疑われた。いつもの意地悪の比ではないくらい、心をぼろぼろにされた。
その後にグラスも、いつの間にか邸から追い出されていた。別れの挨拶も許されなかったことが、更に辛くて胸が痛んだ。
「とうとう一人になってしまったわ……」
そして貴族が全員参加する、王宮夜会の日が訪れた。母親の若かり日のドレスを着せられ、まるで見せしめような姿で会場に到着した。周囲の目線が鋭く刺さり、気の毒そうに話しかけてくれる老夫人に感謝して微笑むしかなかった私。
そこで国王ジャナール様と出会い、私は恋に落ちた。年齢はかなり上だったけれど、美しくて哀愁漂うお姿に見惚れていた。
私は金持ち商人の後妻になるくらいなら、死んでしまうつもりだった。覚悟はとうにできていたから、最後の思い出になるようにジャナール様の誘いを受けて結ばれた。その日は15歳の誕生日だった。
別れが来たら死のうと思い、毒薬も購入していた。
けれど別れることなく、側妃になることが出来た。
幸せだった……………………。
ダニエルが生まれて家族になれた。
もう一生分の幸福は使いきった気がした。
私が幸せを享受している間に、ダニエルが成長と共に王宮で暮らすことが辛くなっていった。
ジャナール様の立場の弱さと、私の後ろ楯のなさが関係していた。
何とかしたいと思い策を練るも、失敗ばかりが続く。私が孤児院に慰問に行くと、グラスとルドに再会した。
二人は隣国には向かわず、母親であるロビアとの約束を果たしたくて残っていたと言う。ただクロスト伯爵が手をまわしたことで、周辺の貴族家に勤めて情報を得ることが出来なかったと謝罪された。
側妃になっても会いに行く手段がなく、慰問に来るのを待っていたのだと言うのだ。
二人の家族は私の母親に受けた恩で、鉱山奴隷から解放され隣国で幸せにしているそうだ。彼らの家族だけではなく、親族ごと感謝していると。
それなのに貴族である私をあの環境から連れ出すことも出来ず、救うことも出来ずに後悔していたと言う。
「「私共の忠誠と命は、ロビア様とレモア様のものです。この命、お使い下さい」」
彼らは私に忠誠を誓い、私は彼らを利用した。
フレイル侯爵家の殺害作戦を立てたのも、実行したのも彼らだ。そしてさせたのは私だ。
計画が成功しダニエルが侯爵家に入れば、私は潔く死のう。既にルドは侯爵夫妻と死を共にしている。グラスは隣国で生き伸びれば良い。
計画が発覚した時用に、遺書としてこれまでの計画も認めた。ジャナール様に迷惑はかからないように。
ジャナール様は生きて、ダニエルの子供を抱いて笑っていて欲しい。侯爵家の後ろ楯があれば、ジャナール様もダニエルも、これ以上邪険にされないだろう。過分な幸せをくれた愛しい人を守って逝ければと思ったが、うまくいかなかった。
ダニエルが、アルティディアを殺してしまったのだ。
私はジャナール様を宥め、ダニエルを庇って時が落ち着くことを祈った。最後には全部罪を被り、死罪になろうと心に決めて。
祈りは届かず、全員が罪に問われた。
(誰も救えなかった。神は残酷ね…………)
それでも私は、「ジャナール様は手を下していないから、許して欲しい」と王妃に跪いた。何度も何度も頭を擦り付けて。
なのにジャナール様が、私と同じ罪にしてくれと王妃に頼んでいるではないか。
「どうしてなの? 貴方だけでも助けたいのに」
泣いてジャナール様の胸を叩くと、彼は微笑んで答えた。
「レモアがいなければ、生きていたくないんだ。死ぬ時は一緒にいこう」
「……うっ、うっ、馬鹿よ、王様の癖に、私の為に…………」
「しょうがないよ。大好きなんだから」
「もう、もう……うわあ~ん」
私とジャナール様、グラスは、辺境地の修道院へ送られた。
ジャナール様はいろいろなことを知っているし頼りになるけど、50歳を過ぎている。
今後弱っていくばかりだ。
何とか私とグラスで、この地を攻略するしかない。たくさんの知識を彼から得て、面倒を見ていくことを誓う。
グラスはここに来るよりもましな罰だったのに、王妃に嘆願して私に付いて来てくれたのだ。
筋肉の欠片もない私と、鍛えているけど土地勘のないグラス。そして同じく体力のないジャナール様。
一度入ると空も見えないジャングルは、いろんな物が存在する未知の宝庫だ。
まずは今日を生き延びてみよう。
大好きなジャナール様と信頼するグラスの3人で。
(生きていれば、いつかダニエルにも会えるかしら?)
愛しい子との再会を夢に抱きながら、前だけを向いている。




