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連載版 羽ばたいていく、あなたへ  作者: ねこまんまときみどりのことり


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敗残者 その1『ジャナール』 時々視点が代わり読みづらい部分があります。

 国王ジャナールには二人の兄がいた。


 生まれつき体が弱いが、学者肌で優秀なエトナル。人望厚く弱者に優しい、剣技に優れたパルスタン。


 幼い時には仲が良かった兄弟だが、成長するごとに関係性が変化していく。


 ジャナールは愚かではなかったが、あまりにカリスマ性のある兄達の陰になり、窮屈さを感じていた。兄達は優しくて頼もしい。嫌いではないが比べられるのが辛い。


 それでもジャナールは自分で出来ることを探し、国の役に立とうとしていた。何れ自分は臣下となり、彼らを支える立場になるのだからと。未来には逃げ道があった。



 長兄エトナルは王太子として国王の補佐を行い、次兄パルスタンは兵を率いて戦争や民の起こす暴動鎮圧にあたっていた。


 そんなある日。

 現政権に反発する勢力がある街を占拠し、街道を通る商人達の荷を次々に襲撃しているとの報告が届く。鎮圧を抑える為にパルスタンが出向こうとした時、重鎮の一人である宰相がそれを止めた。

「今回の件は、ジャナール様にお願いしてはいかがでしょう? エトナル様の体調も思わしくないようですし」


 家臣達の中にはエトナルが脆弱であるがゆえ、不測の事態に備えてパルスタンを城に残す案が出されていた。その代わりにジャナールを前線へ向かわせるべきだとして。その考えを支持する者は多く、宰相は代表して声を発したのだ。


 有能だから選ばれたわけではなく、有能な者を守る為に選ばれたことに、ジャナールは悔しくて一瞬だけ強く目を瞑る。だが次の瞬間には必死で笑顔を張り付け、「ええ、それが最善でしょう。私が兵を率いて鎮圧へ向かいます」と自分でも納得しているように見せかけた。


 ジャナールは卒なくそれらを鎮圧し、城に戻る。彼もまた、王族の教育を真面目に受けてきた正当な王子なのだ。ただどんなに努力しても兄達と比較され、心ない言葉で傷付くことは是非もないことだった。


 その後も危険な場所には(ジャナール)が派遣され、その度に生き残り続けた。反対に保護されたパルスタンの力の発露は、戦いから女性に向けられていた。

 英雄色を好むではないが、今までは王都から離れることが多く婚約者一筋だった彼の心は、あっけなく霧散し色欲に溺れていく。残念なことに時間的な余裕は政務ではなく、娯楽に費やされてしまったのだ。


 そして悲劇は訪れた。

 パルスタンは女性とのトラブルから腹部を刺され病院へ運び込まれる。最悪なことにそこで死亡が確認された。


 女性の強行は、彼が熟睡している時に起こったらしい。既に加害者女性の姿はなく、男性の断末魔を聞いた隣人からの通報で、事件が発覚したのだった。



 国王夫妻は悲しみに沈む。そしてかつては英雄と呼ばれた息子が、痴情のもつれから亡くなったことを隠蔽することにした。

 関係者には金と権力で口を閉じさせた。(パルスタン)を恨む敵国兵が自国の民に偽装して近付き、命を奪ったとのだと嘘で処理までして。


 その数年後に長兄エトナルが亡くなると、ジャナールが立太子として冊りくされた。彼はそれを望んでおらず、いつか臣下となり比較されずに済む逃げ道を完全に閉ざされた絶望でもあった。


 婚約者のいなかった彼の妻となったのは、かつてパルスタンの婚約者であったダイアナであった。スペアだった彼に拒否権はなく、従う道しか残されていない。


 優秀な公爵令嬢ダイアナとジャナールが結婚すると、ダイアナの父である宰相イアンの口出しが一層増していった。国王である父親は宰相を信じており、ジャナールよりもイアンの意見を優先させる。


 今さらながら王太子教育を受けさせられるジャナールと、幼い頃より王妃となる学びを強制させられてきたダイアナ。

 ここでも彼は即戦力となるダイアナと比較されるのだから、心労は増すばかりだ。


 それは国王になってからも同じで、完璧な王妃と影の国王と言われる宰相イアン(王妃の父親)、ジャナールは棚ぼたの国王と囁かれ屈辱は続いていく。

 何をしても普通と評価され、意見を出してもやんわりと家臣達の望むものへと誘導される。


「国王は存在だけで尊いのです。些事は我々にお任せ下さい」

「ああ、分かっている。今回の通行税率も、判断はそなた達に任せよう」

「ご用命、心して承ります」


 礼儀正しいだけで意見を譲らない家臣と気を許せない王妃、王子達も王妃の手駒のように思えた。


 削られるだけの日々で、ただ生きている人形のような感覚に陥るジャナールは、ある夜会で側妃となる女性と出会う。


 まるで運命のように出会った伯爵令嬢のレモアは、ジャナールより20歳近く年下であった。


 向日葵色の長い髪と控えめな笑顔は、彼の空虚な世界に灯火を照らし始めた。彼女の裏表のない言葉は、凝り固まったジャナールの心を優しく癒していく。

 彼女は亡き先代伯爵夫人の遺児であった。義母となる後妻に虐げられている彼女のドレスは型遅れで、逆に大勢の中で目立っていた。

 後妻の方はと言えば、伯爵と合わせた流行品を身に纏うのだから、顕著さを浮き彫りにした形だ。どちらに寵があるかは、一目瞭然である。


 そもそも後妻は若く、伯爵よりもレモアに近い年齢であった。それぞれに事情はあれど、継子に配慮できる感じではないことだけは明確だった。レモアのドレスに対し何の口も出さない伯爵を見れば、生家での待遇も想像に難くなかった。


 ジャナールとレモアは、どちらからともなくただ相手を見つめていた。そして距離を縮め近付いたのはジャナールの方だ。同じような痛みと寂しさが滲み出していたのを気付き、惹かれ合ったのかもしれない。




◇◇◇

 その後にジャナールは宰相イアンへ、レモアと結婚する為に退位してから離縁したい旨を伝えた。王太子は成人しており、お飾りの国王が退いても問題なく政治はまわる。寧ろそれが最適解だと思えた。

 けれどたかが伯爵令嬢との色恋の為に退位するとなれば、周辺国に示しがつかないと宰相は受け入れない。

 問題になるような大国でもない我が国。似たような力の国では、王族の離縁はままあることだから問題にはならないはずだ。認めないのは偏に、王妃が宰相の娘だからに他ならなかった。


 それでもジャナールは、静かに告げる。

「私は離宮でも、王族の所有する別荘にでも、そなたが都合の良い場所に移り静かにしている。ダイアナは王宮に残り、王子達の補佐を続ければ問題あるまい。王子達がいるのに側妃を娶ることは出来ないのだから、私だけ放逐して終いにしてくれ。頼む」


 レモアは父伯爵と後妻の策略で、資産と引き替えに年寄り商人の元へ嫁がされるのだと泣いていた。やっと出会えた愛する者を奪われることだけは、たとえ死んでも嫌だった。


「では特例で、レモア様を側妃に迎えます。それならば、無理に離縁せずともよろしいですよね」

「……良くはない、が。それしか方法がないのならば、従おう」


 こうしてレモアは、ジャナールの側妃になった。伯爵家からの持参金はなく、結納金だけを伯爵家へ渡す、式も挙げない書類だけの結婚。


 それでも二人は幸福だった。

 ただ王位継承権についての混乱を防ぐ為、秘密裏に避妊薬の投与が行われていた。


 だが権限の殆どない国王と側妃付きの侍女達は、あからさまに仕事の手を抜いていた。食事の一皿に盛った薬が、食されているか確認を怠るほどに。


 そうしてレモアは妊娠し、ダニエルを出産した。年の差があり諦めていた子供の誕生に、ジャナールは心から歓喜した。

 かつてダイアナとの間に生まれた王子達には、これほどまでの多幸感は感じたことはなかった。


 ジャナール達の生活費は、ジャナールの予算で賄っていた。持参金や家からの支援がないレモアには、僅かな費用しか支給されなかったからだ。

 ダニエルが5歳を過ぎた頃から、王族の教育が始まった。だが王妃の生んだ下の兄王子とも15歳も離れた、孫のような年齢だった彼は何の役割も期待されていなかった。



 ダニエルが生まれ落ちた場所は、最初から彼に優しい場所ではなかったのだ。

 幼い時は分からずとも、成長することで立ち位置を知り苦しむことになる。


 両親からは愛されているし、たまに会う兄達は優しい言葉もくれるが、王妃と顔を会わせることは殆どなかった。


 彼なりに勉学を頑張り、将来は国の役に立ちたいと考えていたのに、一部の家臣達は陰で自分達を貶める言葉を囁いていた。


「立派な王子もいると言うのに、老い楽の恋は見苦しいな。若い娘に焦がれて側妃にまでして、おまけに子供まで作るなんて」


「聞くところによると側妃様は、実の親が年寄りに売り払う直前だったと言うではないか。そんな境遇の者を城に入れるなんて、どうかしている。どうせなら家門の後押しのある、有力な方を娶れば良いものを」


「まあ、国王は宰相の傀儡だから、王妃の邪魔になるような有力な家門なら、そもそも城に入れなかっただろうさ」


「そうだな……。ダニエル様は可哀想だな。側妃様の家の後ろ楯が期待出来ないから、あまり条件の良い家へ婿に入れないだろうし」


「みんな酷いぞ。美しい方だから、それを望む方もいるはずだ」


「確かにな。仮にこの国が駄目だとしても、他国からならあの美貌は望まれそうだ」


「力のない王子は大変だな」


「それと比べれば、我らは気楽なものだな。家を継げなければ平民になるが、ある程度の職は選べるし、好きな女とも結婚できる」


「お前なぁ。王宮で働く高給取りの貴族の文官が、適当なことを言うなよ。信憑性に欠けるぞ」


「俺は息子達のことを言ったんだよ。子爵を継げるのは一人だから、他の子は平民になる可能性があるんだ。十分心配だぞ」


「そうか、結婚も大変だな。子供は一人だけで止めておくべきか?」


「そう簡単なものじゃないんだよ、実際は。流行り病や病気や事故で亡くなることもあるから、親族は3人は生ませろと煩いし。娘がいれば家の事業を繋ぐ時の架け橋にもなるからとかで、いろいろ難しいんだぞ」


「そうか。でも王族よりは自由度が高いよな。いくら結婚相手が嫌でも、それを拒んで平民になりますとか、ならないもんな」


「言えてる。下手に婚約解消とか破棄にしたら、慰謝料も莫大になる。王族側が悪いなら、それ相応になるだろうからな」


「結婚一つでも大変だな。惚れてくれる相手と結ばれれば良いけど、実際はお互いに我慢してやり過ごす日々を送るんだろうからな」


「婿養子なら、おれら貴族も同じだろ。妥協して生きていかなきゃ」


「そうだな。家を継げない子供は大変だ」


「ハハハッ。お前はまず相手を探せよ。格好よくない文官はモテないんだぞ。もっと焦ろよ」


「フッ、厳しいこと言うなよ」

「 冗談はここまでにして、仕事に戻るぞ」

「おう。午後も頑張るとするか!」



 そんな貴族のやり取りを偶然に聞いてしまった思春期のダニエルは、多くのことに絶望してしまう。


「後ろ楯の弱い僕は、頑張っても無駄なのか? 愛されない結婚をして、我慢する生き方しか残されていないのか? 両親の結婚も、私が生まれたことも間違っていたのか?」


 と、そんな風に思ってしまったのだ。




◇◇◇

 ジャナールとレモアはそれを聞き、深く悲しんだ。二人はあの時の出会いで救われたが、ダニエルにとっては辛い思いしかないのだろうかと。

 更に味方が少ない為、自分達の死後にダニエルの未来はどうなるのかと悩み抜いた。


 自分達はどうなっても良いから、ダニエルだけは幸せにしたいと願うジャナールとレモア。


 考えた上で二人は宰相イアンに頼み込み、財力と娘の性格も穏やかであるフレイル侯爵家のアルティディアとの婚約を希望した。

 無理強いすることも出来ず結果的に断られてしまったが、数年経ても婚約者を決めない彼女は狙われることになってしまった。


 いっそのこと王命を出せれば良かったのだが、そんなことに力を使えば貴族達からの反発されると恐れた宰相イアンはそれを拒んだ。国王の願いを宰相が断ったのである。


 正しい判断ではあるが、ダニエルの幸福を願うジャナールとしては納得出来ないことだった。



 ダニエルは美しいが、ある時期から研鑽を止めてしまい、自堕落な面が目立っていた。令嬢が爵位を継ぐ家では、ダニエルも一度は婿候補にあがったが却下されていた。いくら令嬢が「ダニエル様と結婚したら、きっと幸福でしょう」と頬を染め、女性のエスコートに優れている彼を好ましく思っても、親達はそれに頷かなかった。彼はきっと家の助けにならず、それどころか浮気をして娘を悲しませるだろうと確信していた。

 令嬢がブーブーと不満を言いながら別の婚約者を決め、ダニエルはいつまでも残されていたままであった。




◇◇◇

 その後に焦りを見せたレモアは、後妻が来るまで彼女に仕えてくれた、実母と共に伯爵家に付いて来てくれたメイドと馭者へ手紙を送った。


 彼らは実母が通う孤児院で知り合った、実母の友人達だった。大人になってからは実母の生家である子爵家に勤め、嫁ぎ先まで付いて来てくれたのだ。結婚前から実母に厳しい父伯爵だったから、待遇は良くないだろうと知っていても。


 そして思った通り実母が亡くなった後、あっさりと愛人だった女性を後妻として迎えたのだ。彼女の父親は平民となった元男爵令息で、当然彼女も平民だった。けれど伯爵家の金の力で貴族家の養女となり、父伯爵と結婚したのだった。


 そんな後妻はレモアを憎んでいた。年が変わらないのに、不幸そうな顔で綺麗な服を着て不自由なく生活している彼女を。

 自分は成り上がる為、見目も良くない中年男へ、娼婦のように媚びへつらいここまで来たというのに。


「全て奪って、本当の惨めさを教えてあげるわ」


 完全に八つ当たりだが、嫡男以外に関心がない父伯爵は、後妻の行動を止めなかった。元からレモアのことに関心がなかったからだ。


 後妻は嫡男の機嫌も上手に取り、時にレモアが追い込まれるような嘘を付きながら、次第に立場を奪っていった。子爵家から付いてきたメイドと馭者は彼女を庇い、伯爵の反感を勝って追い出されてしまう。貴族の怒りを受けた二人は再就職できず、今は孤児院の手伝いをして暮らしていると言う。



 レモアが彼らを利用した。

 彼らは友人であった、レモアの実母の遺言を守れず辛い思いをしていた為、利用された等とは思ってはいなかったが。


 レモアの元メイドは、後継者から外され不満のあるニコルと接触を図り、アルティディアの母であるマルガリーテと父であるファルゼンの殺害計画を実行した。

 亡くなっても重体で生き残ったとしても、実権がニコルとなるように細工をしながら。既にニコルの父であるアルマンは亡くなっており、残された母は衰弱して彼の言いなりだった。


 レモアの元馭者は馬車に細工し、侯爵夫妻と共に崖から転落して死んだ。その後も元メイドは連絡係として、レモアとニコルの間を行き来していた。


 フレイル侯爵家では、アルティディアの伯父ニコルが残された血縁である祖母メアリーの代理として、次期女侯爵となる彼女(アルティディア)の後見人になる。

 そのニコルは彼女の為に、第三王子ダニエルを婿に迎えたいと釣書を王宮に送って来た。


 彼女の両親はこちらから打診した際に、丁重な断りを入れてきたと言うのに。

(これはニコル殿の考えなのだろうか? 聡明なアルティディア嬢が希望したとは、到底思えないのだが……。何れにしてもダニエル様の行く末には頭を痛めていたから、こちらからすればありがたい。だが、本当にこれで良いのだろうか?)


 宰相イアンは暫し悩むものの、フレイル侯爵家の利益が国に還元され、更に第三王子の結婚問題が片付くならと、無理に納得したのだった。

 政務に多忙な王妃には、些事と言えるこの報告はあげないまま処理されていた。いや、言えば調査をしろと言われて面倒となることが予測された為、避けたと言っても過言ではなかった。



 その後に婚約は結ばれ、結婚式の2日前にアルティディアは崖から落とされた。


 さすがのレモアも、これを予測することは出来なかった。ローズマリーと言う愛人がいることは知っていたが、まさかアルティディアを殺害するなんて。


(馬鹿な子……。でも今さら切り捨てることも出来ないわ。だってこの子には、ジャナール様の血が巡っているのよ。愛する方との間に生まれた、大切な子なのだもの)



 ダニエルと共にフレイル家に訪れた女達は王宮の侍女ではなく、ダニエルに頼まれてニコルが用意した彼の愛人達だった。

 彼女達はニコルに金を貢がれて、大事にされていた。集められたのはニコルから見て、口が固いと思われる女達だ。いつかは彼の妻になることを夢見ていた者や、今さら捨てられるのが嫌で付いて来た者、犯罪をネタに金をせびろうとする者が集まっていた。

 眠り薬はダニエルが用意し、馭者は女達の伝手で集めた金で動く男を雇った。


 行き当たりばったりの杜撰な計画は、彼らから全ての未来を奪ってしまう。アルティディアの両親を奪った時から、こうなることは決まっていたのかもしれない。



 全ての調査を終え、それぞれに与える罰が決まった時。

 ニコルがアルティディアの殺害に関与したことを王妃ダイアナ自らが、ニコルの母親であるメアリーに告げる為、療養している病院へと訪れた。


「あの子が、そんな恐ろしいことを? 愚かだけど優しいところもあると、うっ、ぐすっ、思っていたのですが……、間違いだったようです…………申し訳ありません……っ、あ、あぁ……アルティディアは何も悪くないのに…………、何で、どうして! これが現実なんて、信じられないです、うっ、ああっ…………」

 

 これが夢ならば…………。

 どんなに願っても、いつまでも目は覚めないままだ。


 元々衰弱しており、か細い声だがやっとの思いで王妃に言葉を伝えたメアリーは、その後も泣き続けた。

 その後ダイアナは、メアリーの訃報を聞いた。訪問した日の夜間に儚くなったそうだ。


「人生は儘ならないものだな……。メアリーもアルマンも善良であった。そして息子を愛していたのにな……」



 ダイアナには愛すると言うことが分からない。大事だと、大切だと思うことは理解できるが、親から子への無償の愛などが分からないのだ。

 思えばダイアナも、宰相イアンの手駒のように育てられた子供だった。ダイアナには姉がいるが、両親に逆らわず勉学が好きなのはダイアナの方だった。その為に次期王妃となるべく、期待をかけられ育てられた。


 けれど父親に構われない兄や姉の方が、とても伸び伸びと自由そうにしているのを見て、自分は幸せなのだろうか?と、成長と共に疑問を生じていた。


 極めつけは婚約者のパルスタンが亡くなり、やっと自由になれると思った時に、スライドしてジャナールと結婚したことだった。

 ダイアナはジャナールが、蔑ろに扱われていたことを知っていた。彼が早く城から出て行きたいと考えていたことも。


「私も貴方も、ここから逃げられなかったわね」


 ダイアナはジャナールと自分と重ね、自分達の不自由さを初めて嘆いていたのだ。


 王族になれるのはとても幸せなことで、選らばれた者はその身を尽くさなければならないと、教育と言う名の洗脳を幼い時から受け続けてきたのに…………。王族が輝かしいと思う洗脳はあっけなく解け、義務感だけがその肩にのし掛かった。まだ16歳だったのに。


 ジャナールの父親である国王は、優しいけれど優柔不断な部分があった。重要な局面を自分で判断できず、他者からの最後の後押しが必要だった。

 親子代々宰相職に就き、それを知りながら国王を支えていたイアン。彼の祖父は王弟で、彼らには王家の血が入っている。そのせいもあってか、国王にもどかしさも感じていたようだ。


 イアンが采配を握ろうとしたのは、そこら辺の理由もあったのかもしれない。


 ジャナールが王位に就いてからは、越権行為も増えていた為、王妃となった(ダイアナ)は何度でも諫言した。今や権力は、私の方が上なのだから。


 それでもまだ、娘を駒のように思う父親の気持ちは残っているようで、かってな判断をすることが増えていった。


 全ての調査を終えた後で知ったことだが、ジャナールが側妃を迎えた後、父親は彼から全ての政務を取り上げて私に回していたらしかった。職務を放棄したように見えたのは間違いだったのだ。

 私や周囲の貴族は仕事もせずに呑気なものだとヘイトを募らせていたが、それを誘導したのは父親だった。

 離縁をしようとした彼を、周囲から孤立させようとしていたようだ。




◇◇◇ 

 王子達が成長し、もう少しで王妃の重りを次代に渡せると思っていた。そんな時に恋をしたジャナール。

 今までとは明らかに違い、逢瀬の後の表情は幸福さが滲みでていた。少なくとも私に浮かべる微笑みのような、嘘は孕んでいなかった。


 父親(イアン)から離縁の話を聞いた時、手放してあげたい気持ちと彼だけズルいと思う気持ちが同時に涌き出ていた。勝手だが私は、辛い王宮を生きる同志だと思っていたから。


 結局のところ父親の見栄によって、彼は王宮に残ることになった。側妃のレモアと共に過ごす彼は、幸福そうに見えた。

 だが侍女が避妊させる職務を果たさず、ダニエルが生まれてしまった。味方の少ない今の王宮で生きる王子は、きっと辛い思いをするだろう。


 宰相である父親は、ダニエルの教育費を削っていた。「彼には適当な伯爵家にでも入って貰うから、専門的な学問はいらない」と言い張って。

 いつから宰相は、国王の決めるべきことを判断するようになったのだろうか?

 だから私は自費を削り、ダニエルには相応の教育を受けられるように、教師達へ直接の手配をした。


 最初は真面目に勉学に取り組んでいたが、王宮の者からの心ない態度により、心が折れてしまったように見えた。

 立ち直って欲しいと思ったが、一度挫けた気持ちが浮上することはなかった。



 その後にアルティディアの事件が起こり、彼を断罪することになった。

 これらの処分だけは、宰相に口出しは許さない。王妃権限で更迭すれば、スッキリするだろうか?






◇◇◇

 ダニエルの処分を下した時、ジャナールとレモアも同じ罰を希望したが、それは出来ないと断り、彼らには違う罰を与えた。


 厳密に言えばレモアは元使用人を使い、前侯爵夫妻の殺害に大きく関与していた。


 後手後手で罪を知ったジャナールよりも、格段に罪深い。彼は直接の関与はなく、話を共有していただけなのだ。けれどジャナールは同じように裁いて欲しいと願った。もし死罪なら、私も同じようにして欲しいと。


 そこまで言われ考えたのは、辺境地にある魔獣の出る修道院に送ることだった。

 そこに入れば自給自足を強いられる。寝る場所と食堂(調理場と食器類はある)、浴室はあるものの、食事・洗濯・風呂を沸かすことも自己でしなければならない。

 医師もおらず病気や怪我をすれば、自分達で治さなければならない。


 ほぼ建物があると言うだけの場所だった。

 おまけに管理は、王族に恨みを持つ者が就いていると言う。


「ダニエルの罰も、すぐ死ぬ類いのものではない。生きていれば、いつか会えるかもしれないのだから、まずは苦しくても生き延びてみるのだ。それが先に逝った者への弔いにもなるだろう」


 (ダイアナ)はそう言って、二人を送り出した。




◇◇◇

 辺境の修道院は、若かり日にジャナールが訪れたことがある場所だった。


 先代国王(ジャナールの父親)と先代宰相、そして現在の宰相であるイアンが、隣国との国境の地帯の通行税を不当に上げて、反発した民達を粛清したのだった。

 どちらかと言えば、先代国王達に非があるのに、彼らを罪人として裁こうとしたようだ。


 ジャナール達はそこに派遣され、民達の話を聞いて粛清は間違っていると判断した。共に出向いた兵士と協力し、持ち出す荷造りを手伝ったり家を焼いて偽装し、全員を隣国に逃がすことにしたのだ。国への報告は皆殺しとして、毛髪だけを人数分提出して。


 他国と行き来していた街を滅ぼし、通行税を入らなくした判断は間違っている気がしたが、見せしめと言われれば当時のジャナールは諦めるしかなかった。




 修道院はその時に建てた、臨時の滞在基地だったのだ。辺境伯領で薬物売買等の犯罪が起きて収容者が溢れた時に、使ってないなら有効活用しようと、そこに人を連れて来て反省させたのが始まりなのだそう。


 王家に恨みを持つ者が管理していると言うが、放置されている辺境伯領も、遠方だからと災害支援を受けられない街等も、何らかの蟠りは持っている。


 今は辺境伯領の兵士が管理しているその場所は、寧ろ規律がしっかりしている方だろう。


 あの粛清の時にこの地に訪れたジャナールと共に来た兵士は、今でも英雄扱いだった。不当な王家から民を守った者として。


 王都では知らない事実だが、王妃ダイアナはそれを知り流刑地と決めたのだ。

 食料は自給自足だし、家事は自分でしなければならない。鈍りきった体がそこに馴染めるかの判断は難しい。管理する兵士も手を貸すことはしない決まりになっている。


 けれど土地勘があり、傷に効く草や毒消し草の群生している場所も分かるのであれば、生き延びる確率は格段に上がりそうだ。



 たくさんの罪を犯した元国王と元側妃は、罪を償う意味でも生き残ることを、ダイアナから命じられた。


 今は身分のない平民として、魔獣から逃げつつ果実を収穫して口に入れる日々だ。管理者の報告では、時々笑顔も見られているようだとか。




 今後も生き残れるかどうかは、二人の頑張り次第なのだ。

 












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