滅亡者 その1『ニコル』
「…………何でこうなったんだ……俺は正当な地位に戻りたかっただけなのに……何処が悪いと言うのだ……そうだ、きっとこれは悪い夢なんだ……早く夢から覚めないと……今頃の俺は綺麗なベッドで女に囲まれて眠っているのだから……早く戻ろう…………早く、早く、フハハハハハッ…………」
王宮の地下深く。泥と血にまみれた傷だらけの壁と手垢の付いた柵は、姿を隠すことも許されない。毛布の一枚も与えられず、置かれたものは用を足す壺とニコルだけ。自らの薄汚れた姿を嘆くこともとうに忘れ、焦点の合わない瞳でただブツブツと何かを呟く。
床面は土が固められただけで、行き交うのは鼠だけ。普段は人気のない場所だから、もしかしたら先住しているのは彼らの方だと思っているかもしれない。
窓もなく周囲から隔離され、遮音された場所。ここで起こったことは一部の者にしか知らされない。王族やそれに連なる者の重罪を、秘密裏に裁く時に使う場所だから。
ただ一度ここに落とされた者が地上に出ることは、二度と再び訪れない。もう既に彼らがここにいる時点で、『身分違いの恋に心を痛め、それでも手を取り合いながら他国へ逃亡した』とか『画家になりたい夢を追う為、身分を捨てて留学した』などの物語が噂として流され、気にも留められなくなるからだ。
国の経済を担う重鎮達はそれを察して黙し、知らぬ貴族達は「責任も持たずお気楽なものだ」と笑い、市井の者は「身分を捨ててまで愛を貫き通すのは素敵だ」と憧れさえした。時には舞台の演目になることも。
第三王子ダグラスと手を組み、姪のアルティディアから両親を奪った上で彼らの資産を食い荒らしたニコル。罪の意識は露ほどもなく、正当なことだと疑わなかった罪は、自身の命で償うことになった。
綺麗なまま、一瞬などでは終わらせない。
贅沢な彼が最悪だと考える汚れた場所で、1日一度、固くなったパンと水だけを与える生活。最初の半日こそ「こんな物、俺様が食えるか」と吐き捨てたが、今では食事が来るのを待ち構えている。
黒のレースで顔を覆ったシスターは、「懺悔する気持ちはありますか?」と、食事を運ぶ毎に彼へ問うが、まともに返ってきた言葉はない。
「俺は悪くない!」と叫ぶだけだ。
父が悪い、母が悪い、妹が悪い、姪が悪い、元婚約者が悪い、嫁が悪い、義父が悪い、王子が悪いと、他者を責め続ける。
シスターはそれ以上言わず、静かにそこを後にする。
(ここまで堕ちても、反省の一つないとは……。救われないな)
前王妃は第三王子と境遇の似たニコルを思い、深い息を吐いた。たとえ性根が悪くとも、教育が行き届けば救われたのかと。
「いや、無理か。あのアルマン侯爵でもうまくいかなかったのだ……。優秀な妹に嫉妬し、他者の命さえ軽んじた罪は消えん」
前王妃の靴音が消えると、完全な静寂が支配した。
◇◇◇
かつて彼の父親であるアルマン侯爵は、歴史ある家を守る為に、男爵令嬢ルビーナと結婚すると言い張るニコルを後継者から外し、男爵家の婿へと押し込んだ。
本来なら伯爵令嬢アイナとの婚約を蔑ろにし、家の信頼を落とした彼は絶縁して放逐されてもおかしくはなかった。
けれど両親は伯爵に頭を下げ、多額の慰謝料を支払うことで矛を収めて貰うことを選んだ。愚かでも可愛い息子だからだ。それ故に苦労しないよう、家門の力が強く有事には後ろ楯となる優秀な婚約者まで選び抜いていたのに。
伯爵家と決定的な断絶にならなかったのはアルティディアの母であるマルガリーテと、アイナが友人であったことも影響していた。
伯爵家の当主も、ニコルが優秀でないことは知っていた。
彼は「アルマン侯爵の善良さと堅実さがあれば、今は未熟なニコルも成長して次期当主として立てるのではないか。それまでの間は大目に見ながら支えていこう」と思い、成り立ったもの。まさかこれ程の裏切りが起きることなど、予想さえしていなかった。
勉強は出来ない(学ぼうとする姿勢さえない)ニコルだったが、彼には小狡いところがあり、ぎりぎりまでルビーナとの交際を表面に出すことを避け続けた。
露呈したのはルビーナが、いつまでも日陰者でいる立場に我慢できなくなったからだ。いつかは自分を侯爵夫人にすると微笑むニコルだが、その瞬間は付き合って2年が過ぎても訪れなかった。
「私はニコル様に大切にされているわ。婚約者よりもずっとね。だって私達は既に、心も体も愛し合っているのですもの」
「まあ、それは素敵」
「でも……お可哀想に。悲恋ですわよねぇ?」
「あちらには既に、優秀な婚約者がおられますもの。では結婚は無理では? 愛する者同士なのに?」
ただの慰めではない探るような言葉に、裏を読むこともせず嬉しそうに応えるルビーナ。余程誰かに聞いて欲しかったのだろう。
「そうなんです~。私、悲しくて。でも愛しい心は変わりませんわ。愛は永遠なのです」
社交界で高位貴族を追い落とせる行動は、微笑みながら食い付いて広がる。敵対する勢力ならば余計に、わざと尾ひれを付けながら。
面白い醜聞は、関係のない者にも格好の話題だ。嘘でも本当でも構わない。
その後は侯爵家、アイナの生家である伯爵家、何も知らされていなかった男爵家が、一斉に頭を抱えていた。
「私、どうしても我慢できなくて。頼りがいのある貴方のことを、ついお話してしまったの。うっ、迷惑をかけてごめんなさい。でも、でも、いつもお慕いしていますの。今さら貴方を諦められないのです……」
「ルビーナ。俺も君を愛しているよ」
ピンクブロンドの可愛いルビーナに泣いて縋りつかれ気を良くしたニコルは、彼女を抱きしめた後、父親へアイナとの婚約解消を告げた。ルビーナを愛しているから、結婚したいと熱に浮かされたように続けながら。
「そうか…………。お前の覚悟は分かった」
喉の奥から漸く吐き出したその後には、溜め息だけが一つ落ちた。止められる言葉もなかった為、ニコルは安心していた。納得して貰えたのだと思い、寧ろ楽しげに口角をあげる。
「てっきり怒られると思っていたのに。もしかしたら殴られるかもと、さすがに俺もそれくらいは覚悟していたさ。やはり侯爵家を継ぐのは、長男の俺しかいないから当然の処遇だな。ハハハッ」
平穏な数日が経った頃。
「男爵家の婿入りが決まったぞ。お前はこれから侯爵家の後継を外れ、男爵となるのだ。一当主となるからには、心して励むことだ」
その言葉と共に馬車に押し込まれ、アルマンの命を受けた複数の騎士と共に、休憩さえなく
男爵家へ到着したのだった。
男爵家の当主であるマッシュは、多額の支度金を渡され拒むことは出来なかった。娘のせいで侯爵家の婚約が流れたのだ。家が潰れても、慰謝料を支払うことが当たり前だと考えていたが、支払いは要らないと伝えられた。
迷惑をかけた侯爵家の命令には逆らえず、領民の為にもニコルを婿に迎えるしかなかった。
愚かで役立たずのニコルを。
その時ばかりは可愛がっていた愛娘を、もっと厳しく育てるべきだったと絶望したマッシュだった。
◇◇◇
思った通り、ニコルは男爵となることに不満だった。家の金で飲み歩き、浮気し、家に帰らない日々が続く。勿論仕事はしない。
前男爵となったマッシュは今まで通り執務を熟し、領民と共に話し合いながら働いていた。最初は侯爵夫人になれなかった悔しさと恥ずかしさで、侍女やメイドに八つ当たりしていた彼女も、ニコルと父親を見比べて漸く何かを気付いたようだ。
彼女は食卓の席で俯き、掠れるような声でポツリと呟いた。握りしめている手に、大粒の涙を落としながら。
「私は夢を見ていたのね。世界にニコル様しかいないように思い込んで。あの方は絵本に描かれた美しくて強い、まるで王子様みたいだったから、私を幸せにする為に迎えに来てくれたと信じてしまったの。…………ごめんなさい、お父様。私が馬鹿でした。うっ、うっ、うわ~ん」
愛娘の涙に席から立ち上がる父親は、ただただ優しい声で語りかけながら、その小さな手を大きな自分の手で包みこむ。
「良いんだ。お前だけのせいじゃない。母親のいないお前が苦労しないようにお金を残してあげたくて、お前に関わるより仕事に力を入れてしまったことも原因なんだ。もう少し一緒にいて、話を聞けば良かったのにな。だからお互い様だ。泣かなくて良いんだよ」
「ふえ~ん、お父様ぁ、お父様あぁ。私は悪い娘です、ふっ、うっ、うぐっ」
「っ、あぁ、泣くなルビーナ……」
10歳になる頃、病で亡くなったルビーナの母親ジルバは美しかった。けれど美人薄命と言われるように脆弱な体質で、子供を望めないと諦めていた。
二人は恋愛結婚だから、お互いがいれば良いはずだった。結婚前には、養子を貰い育てる約束もしていた。
けれどジルバは愛するマッシュの為に、子供を生みたいと願ってしまったのだ。
マッシュは止めたが、ジルバの決意は固かった。ジルバは体力を付ける為に体を鍛え、食事にも不味くても滋養の良い物を選んで食したりしながら。
結果として根負けしたマッシュ。ジルバはルビーナを生んでその後もずっと生き延びたが、ある年の流行り病には勝てず、多くの者と同じように命を落とす。
けれどその死に顔はとても穏やかで、「マッシュとルビーナと出会えて、幸せだった。ありがとう……」と最後まで家族を思いやって逝ったのだった。
マッシュがルビーナを溺愛するには、十分過ぎる理由だった。
けれど守り過ぎたせいで男性への免疫が弱くなり、ルビーナを不幸に落とす未来が来るとは、夢にも思わなかった。
◇◇◇
ルビーナはニコルと話し合おうとしたが、いつも家にいない為、なかなかその機会が訪れなかった。
たまに帰ってくれば「男爵家は狭いし、汚くて気が滅入る。こんなはずじゃなかった」と不満ばかりをぶつけてくる。懸命に働き家を整えているマッシュや使用人達の耳にも、その言葉は聞こえていると言うのに。
ルビーナは思った。自分のことは何を言われても構わないが、他に当たるのは止めて欲しい。大事な人達をこれ以上貶して欲しくない。
「ねえ、ニコル様。その言い方は傷付くから止めて欲しいの。それにお金も使い過ぎだわ。侯爵家から持参金はとうに底をついているし、男爵家は侯爵家より領地からの収入も少ないのよ」
「それで? 我慢してここにいる俺に、何か文句でもあるの? ねえ、ルビーナ」
ニコルは睨み付けてくるものの、ルビーナは怯みながらも両手を強く握り伝えた。
「ええ。もっと倹約して、仕事も手伝って欲しいの。今の男爵はニコル様なのだから。私もお手伝いをしますから、だから……」
「キャアア!!!」
バシンッと破裂音がした後、頬をぶたれたルビーナはドサリッと床へ倒れ伏した。ニコルとルビーナは体格差もあり、容赦のない男性の力は凶器だ。
頬は赤く腫れ、衝撃でルビーナの目には幾多の星が浮かぶように見えた。
マッシュと使用人達からも、小さな悲鳴があがる。
「大丈夫か、ルビーナ。ニコル殿、いくらなんでも酷いではないですか!」
マッシュはルビーナを抱えあげ、ニコルを睨みつける。もう気持ちを抑えることは出来なかった。
「煩いぞ、マッシュ。ルビーナが生意気を言うから悪いんだ! そもそも男爵家の仕事なんて、俺がするわけないだろう? ルビーナのせいで俺は侯爵家を継げなかったのに。二度と文句など言うな! クソッ、もう出掛けるぞ。今日は帰らんからな!」
音を立ててドタドタと玄関を出て行くニコルと、それを良かったと思ってしまう男爵家の一同。
「ルビーナ……何て危険なことを。お前ならあの男の性格は分かっていただろう。こうなることも」
「お父様、ごめんなさい。でも私、完全にあの人のことを嫌いになれないの。可能なら真面目になったニコル様と、ちゃんとした夫婦になりたい。何もしないで諦めたくないの」
「そうか……。でも無理はしないで欲しい。俺は心配なんだよ」
「ええ、分かっているわ。でも私も逃げていられないの。だって母親になるのだもの」
「えっ、それでは」
ルビーナは頷き、言葉を続ける。
「でも……まだニコル様には言わないで欲しいの。あの人が子供に危害を加える可能性も、悲しいけれどあるでしょう。子供が出来れば、教育費などで使えるお金も減ってしまうもの。だから暫くは内緒にしていて、お願い……」
マッシュも使用人達も、悩みながらその提案を受け入れた。
ニコルがいないと生きていけないと泣き、闇雲に心酔してしていた子供はもういないと知ったから。
その後もルビーナは、ニコルに意見を伝えていた。初めての時よりは弱いが、話し合いをする毎に何度か頬を打たれながらも。怖くても前を向いて逃げなかった。時には胸ぐらを掴まれて乱暴に殴られそうになり、使用人が慌てて庇い代わりに暴力を受けることもあった。マッシュがいる時は度々前に出て、ルビーナを庇う日々を繰り返す。
勿論ルビーナが頼んだわけではなく、みんなは愛情の為に動いたのだ。夢見がちではあるが、ルビーナは素直で優しいので家の者には好かれていた。愛されていたから。
とうとうルビーナも、この頃になるとニコルとの対話を諦めていた。お腹の子だけはすこぶる順調だと、昔からお世話になっている医師が伝えてくれるも、傍にいることが殆どないニコルは気付かないままだ。少し太ったくらいにしか、感じていないのだろう。
ルビーナはもう、ニコルよりお腹の子を優先することに決めた。
「この子を守ろう。お父様とお母様が、私を慈しんでくれたように。ニコル様の分は私が愛して育てるから、安心して生まれておいでね」
恐らく父親であるニコルは、子供を可愛がってくれないだろう。結婚後の様子から、悲しいけれどルビーナには分かってしまった。
真面目に働くマッシュ達だったが、ニコルの散財で蓄えも次第に減り、借金を重ねるようになると、前侯爵アルマン(ニコルの父親)より訪問の先触れが届く。
彼は人を使って男爵家のことを調査し、既に内情を知っていた。曲がりなりにもニコルを婿に出したのも、マッシュが有能だったからだ。
そんなアルマンも、自分の考えが甘かったことに痛感していた。いくらマッシュ達が有能でも、ニコルが改心しない現状では男爵家の迷惑にしかならない。下手をすれば、ニコルのせいで没落させてしまう可能性だって見えてしまった。
(ニコルだけが騙されたわけではなかった。今までは息子を誑かした憎い娘だと思っていたが、すっかり考え方が大人になっている。寧ろ甘えた考えのまま年だけとったのは、ニコルだけで……)
「愚息を押し付けて、申し訳なかった。わしが生きているうちは、息子の使った金は私財から支払おう。勿論今まで使った分も。ルビーナさんは安心して、元気な子を生んでおくれ。
そしてこのことは、ニコルやマルガリーテには内緒にな。この始末は必ず、わしの手でつけるから」
アルマンはマッシュとルビーナへ、今までの迷惑料を含めた金銭を渡した。二人は受け取れないと固辞したが、「わしもその子の祖父になる。生まれて来る子の為に渡すのだから、遠慮はいらない。生まれたら是非、わしにも会わせておくれ。愚息があてにならず、済まない」と、寂しそうに頭を下げたのだった。
マッシュとルビーナは、もどかしい気持ちを抱えながらそれを受け取る。生まれてくる子供の為に、治める領民の生活の為に使うことを誓いながら。
ニコルは生活を変えずに散財を繰り返し、時には侯爵家当主となった妹へも金の無心をする。彼の美貌は衰えることなく、「渋味が増して憧れますわ」と未だちやほやされていたが、その中には愚かな彼を財布代わりにする者も。
彼の愚かさに目をつけたのは、女達だけではなく、最悪な組み合わせとなる第三王子ダグラスの姿もあった。彼単体ではなく、側妃が元凶のようなところもあったが。
ダグラスは頃合いを見て接触し、ニコルに悪魔の囁きを送った。
◇◇◇
人格者であったアルマンは自責の念もあり、ニコルを再教育しようとしていた。
幼い時の怒られた思い出から、ニコルはアルマンに逆らえないものの、表面だけをなぞるだけで一向に考えは変わらない。
アルマンは領地経営の補佐の為、王都と領地への往復と、男爵家の援助、ニコルの再教育で疲労が蓄積していった。アルマンの妻、メアリーはいつも心配していたが、彼の補佐をできる才覚は持ち合わせていなかった。
ただただ、「ニコルをちゃんと育てられなかった私のせいね。ごめんなさい」と心を病んでいく。そして極度の疲労から起き上がれなくなったアルマンは、軽い風邪で命を落とした。
メアリーは悲しみで心神喪失となり、ニコルとダグラスはその隙に忍びこんだ。
「お母様、心配しないで下さい。俺は心を入れ替えて頑張りますから」
嘘であると分かるものの、メアリーには抗う術も気力もなかった。
「そう……お願いね…………」と、呟くことしか出来ないまま。
その後にルビーナへ、謝罪の言葉一つなく慰謝料を叩きつけて離縁したニコル。
「これだけあれば文句はあるまいな。下手な噂が流れたら、潰してやるから覚悟しろよ。お前達と俺は、今後何があろうと関わりはないものとする。二度と縋ることも許さんぞ。分かったか、ルビーナ?」
醜悪な笑顔で威圧するも、もう馴れきったルビーナにそれは効かない。けれど黙って受け入れるのだ。
「今までありがとうございました。縋ることは致しませんので、ご安心下さい」
「物分かりが良くてけっこう。いつもそうしていれば、離縁まではしなかったのにな。さらばだ」
男爵家は、ニコルと縁が切れることに安堵していた。
だが離縁金の出所や、アルマンの死因が過労から来るものだと分かった後は深く悲しんだ。
「アルマン様はずっと、約束を守ろうとしていました。ご無理なさったのでしょう」
「ああ。子供に会って欲しかったな。生きていて貰いたかった」
男爵家ではアルマンの死を深く嘆き、毎年命日には家族と使用人が(留守番以外の)全員で、墓に花を供えて祈りを捧げ続けた。無事に生まれてきた、ルビーナの子もそれに加わって。
「とても大事な方なのよ。あなたのお祖父様で、恩人で、感謝してもしきれない素敵な方なの。一緒に祈りましょう」
「うん。おじいさま、いつもありがとう。はい、お花もあげる」
女の子は道で摘んだ小花を墓に捧げた。
その子が大好きな、良い香りのするピンクの花を。
穏やかな風が吹き抜ける温かい午後に、何故だか大人達は泣きたくなった。
ルビーナは、我が子を愛し大切に育てた。
自分の過ちを素直に話し、同じ轍を踏まないようにしながら。男爵家のみんなに愛され、彼女もみんなが大好きだ。きっと素敵な女性になることだろう。
◇◇◇
アルマンの死後、タガが外れたニコルは道を踏み外し、実妹であるマルガリーテ夫妻の殺害に関与した。
妹夫妻が亡くなると、己の利益の為に姪のアルティディアを第三王子ダグラスと婚約させた。
結婚式は花嫁の不調(と言う嘘)で中止となり、その後アルティディアもダグラスも表には出て来なかった。
噂では妻の療養に、夫のダグラスも付き添っていると言う美談が流れたが、王室では肯定も否定もしていない。
◇◇◇
ダグラスとニコル、国王と側妃が企んだ計画は王妃により頓挫し裁かれた。国の実権は王妃が握っており、愚かな国王に従う重臣は皆無であった。
王妃は国王から王位を奪い、王太子にそれを渡した。顛末を知る王太子は失敗を繰り返すことなく、自分の子孫に対しても目を光らすことだろう。
王妃であった母親の苦悩を、多少なりと晴らす為にも。
国王に疎まれてきた王妃と彼女が生んだ王子達は、反面教師としての父親を忘れない。
この国は今後数百年、平和が続いたと言う。
戒めは時に、良い時代を築くのだ。




