6.事件を終えて、呼び出し。
「この馬鹿者がああああああああああああああああああああああああ!!」
職員室内に、楠木の怒号が響き渡った。
怒号とはいいながらも、しゃがれた老爺の声。甲高く鳴ったそれに恐怖心は感じず、むしろ耳への物理的ダメージの方が大きいように思われた。
他の教員たちもとっさに耳を塞いでおり、気持ちとしては俺と同じらしい。
だけど癇癪を起している指導教員は、声を上げ続けた。
「退避を命じたというのに、単独で特攻するとは何事かァ!?」
「いやー……ホントに、そうですねぇ」
「分かっているのか、この劣等生が!!」
「……あはは」
こうなってしまっては、仕方がない。
楠木の説教はとにかく長いことで有名で、こちらの精神を削りきるまで続くと聞いたことがあった。俺は愛想笑いをしながら頷き返すのだが、ネチネチとした小言は一向に終わる様子がない。
メガネの位置を何度もくいくいと直しながら、彼は言った。
「まったく……足止めをしてくださったのが我妻くんだったから、怪我一つなかったが、少しは痛い目に遭った方が薬になるんじゃないか?」
「かもですねぇ……」
余談だが、ドラゴンを倒したのは梨花、ということになっている。
あくまで俺は無謀にも首を突っ込んで幼馴染みに命を救われた、そんな無能学生のテイだった。実態が異なっていたとしても、俺はそれで構わない。
なにより目立つことの方が嫌なのだから。
ただ一点だけ、現在進行形で問題が発生していて――。
「むむむぅ……!」
「………………あちゃあ」
職員室のドアの陰から、こちらを見ているのは我が幼馴染み。
梨花は明らかに不服といった様子で、楠木のことを睨んでいた。いいや、それだけならまだ可愛らしいもの。問題というのは、
「ひっ……!?」
「……なんだこの、圧倒的な魔力は」
「我妻さん、なんで怒ってるんだ……?」
怒りのあまりに、自身の魔力をコントロールできなくなっていることだった。
梨花から漏れ出している災害とも呼べるそれによって、職員室にいた他の教員たちが完全に震え上がっている。それだけでは飽き足らず、廊下を歩く生徒たちも何事かと怯えていた。
これではマズい、と思うのだが――。
「まったく、お前という奴はいい加減、身の程を弁えて――」
叱責に夢中になっているのか、楠木は状況に気付いていない。
このままでは、本当の意味で災害が起こってしまう。
俺の頬に一筋の焦りが伝った。その時だ。
「すみません、楠木先生。……荒垣くんに用があるのですが」
「――西宮先生、なんですかな?」
一人のひょろっとした男性教員が、そう間に割って入ってきたのは。
無精髭にボサボサの黒髪、白衣姿の彼――西宮先生は、俺なんかよりも大粒の汗をかきながら頬を掻いていた。その上でちらり、梨花の方をどこか品定めするような視線を投げる。
そして、
「理事長が、彼のことを呼んでいるらしくて……」
「……理事長が、ですかな?」
「え、えぇ……はい」
困ったように笑いつつ、そう口にした。
理事長というのはもちろん、梨花の親父さんのこと。学園のトップであり、傑出した魔法使い、と名高い人物だった。
そんな彼に声をかけられるというのは、一種の異常事態。
楠木はそれを聞いて、軽く鼻を鳴らしてから言った。
「はん……いよいよ、問題児も退学処分ですかな?」
それが捨て台詞だったのだろう。
彼はまだブツブツ言いながら、自分の席へと戻っていった。残された俺と西宮先生は互いに顔を見合わせて、苦笑いを浮かべている。
そうしていると、彼は気持ちを切り替えるように言うのだ。
「キミにとっては知り合いだろうけど、とにかく失礼のないようにね?」
そんな言葉に見送られて、俺はようやく職員室から解放された。
◆
「どうして才人くんが、あんなに怒られなきゃいけないの……!?」
「仕方ないだろ。向こうは事情を知らないんだからさ」
「そうだとしても! 才人くんは――」
「あー……それ以上は、ストップな?」
「――むぅ」
理事長室までの道すがら、梨花は先ほどまでの鬱憤を吐き出し続けていた。すれ違う学生は、みな一様に何事かと振り返る。
俺はそんな注目にヒヤヒヤしながら、とにかく幼馴染みをなだめていた。
ここはいったん、話題を変えるべきかもしれない……。
「しかし、なんだろうな。……梨花の親父さん」
「うーん……私も分からない、かな」
そう思って俺が言うと、彼女も同じように首を傾げた。
俺のアレを知っているのは当然、梨花を除いて誰もいない。だから自分が彼女を助けた、という出来事は関係がないはずだった。
だったら、なんだろうか。
「あー、いよいよガチで退学か?」
「もしそうなったら、私は親子の縁を切るよ!?」
「……じょ、冗談だっての」
思いつく範囲で仮説を立て、軽口交じりに言ってみた。
すると藪蛇だったのか、梨花はまた頬を膨らして俺の腕にしがみついてくる。周囲からの視線が、またしてもこちらに集まってしまった。
俺は苦笑しながら、でも改めて真剣に考える。
高名な魔法使いである彼が、なぜ俺のことを呼び出したのか。
家族ぐるみで仲良くしているから、というのは関係ない。
それだったら、休日の時間でいいはずだ。
「……ついた、な」
そんな思考を巡らせているといつの間にやら、理事長室に到着してしまった。
さすがの梨花も改まったらしく、絡めていた腕を離す。
そして、言い様のない緊張感を抱きながら――。
「――失礼します」
ノックをしてから、そのドアを開いた。
すると、
「やあ、久しぶりだね。……才人くん」
穏やかな口調の中に、威厳を感じさせる声をした初老の男性。
整えられた顎髭、そして鋭い眼差しの端正な顔立ち。紺のスーツに袖を通して黒革の手袋を着用した彼――我妻遼太郎は、静かに相好を崩した。
そして、まるですべてを見透かすかのように。
「娘がいつも、お世話になっているね」
そう言った。
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