2.日常の中に、微かなズレ。
「おい、聞いたか? 我妻さんと劣等生、一緒に遅刻してきた……って」
「……はぁ? 劣等生が遅刻するならともかく、なんで我妻さんも?」
「分からねぇよ。なんでも二人で一緒に走ってきたらしいぞ」
「お前それ、まるでさ――」
――完全に失敗した。
俺と梨花はあの後、二人揃って眠りこけてしまった。
母親が様子を見にこなければ間違いなく、午前中の授業には欠席することになっていただろう。幸い二時限目の合同授業からは参加できそうだが、昼休みに職員室へ呼び出しを食らうのは確定だった。
「……しかも、変に噂になってやがる」
クラスメイトの視線が鋭くこの身に突き刺さる。
劣等生の俺と優等生であり高嶺の花である梨花が、二人で校門に駆け込んできたのだ。噂にならないのも無理な話かもしれないが、陰口のように噂をされているのは気分がよろしくない。
そう思いながらも、俺が次の授業の準備を進めていると――。
「えへへ……噂になってるね」
「学校ではむやみに話しかけるな、って言ってるだろ?」
「今さらじゃないかな。幼馴染みってことは、知られてるんだし」
「そうだとしても、妙なのはそっちも困るだろ?」
「困らないよー?」
「……なに喜んでんだよ、困れよ」
その幼馴染みが、どこか嬉しそうに話しかけてきた。
俺は思わず一瞬だけ硬直し、彼女の笑顔から目を逸らして少し肩を落としながらため息をつく。すると梨花が不満げに頬を膨らすので、慌てて話題を変えることにした。
「そういえば、今日の二限って合同授業らしいけど、なんなんだ?」
「初心者向けのダンジョンで、魔法の実習だよ!」
その説明があったから遅刻できなかったの、と彼女は唇を尖らせながら言う。
そんな幼馴染みの訴えを軽く流しながら考えた。――なるほど。だからクラスの違う彼女が、俺の教室まで迎えにきたのか。
俺と梨花は学年こそ同じだが、成績の差があるために教室が違っていた。
彼女は俗にいう将来有望な生徒の集まるクラスで、こちらは言うまでもない。
「でも、それくらいなら焦らなくても良いんじゃないか?」
「担当の先生が、楠木さんだとしても?」
「げ……アイツかよ」
俺は梨花から与えられた情報に、思わずげんなりとしてしまった。
楠木というのは、俺らの学年の主任教員。
ただ、少しばかり難があって――。
「楠木のやつ、ネチネチと小言が多いんだよな……」
何かと生徒に難癖をつけては、嫌味を口にするのが趣味とでもいわんばかりの人物だった。そのため学生たちからは、陰で『粘着物質』と呼ばれている。
あるいは本人もそれを承知しているだろうけど、改める様子は欠片もなかった。
しかし、楠木が絡むなら早々に移動した方が良いだろう。
「とりあえず、行くか」
「……うん!」
そう思って俺が言うと、梨花は満面の笑みで頷くのだった。
◆
「えー……今回のダンジョンは、政府から認定を受けている初心者専用の安全なものであるが――」
――ダンジョン前に、生徒たちが集合している。
その前で小柄でメガネをかけた痩せた初老の男性こと、楠木教員が話していた。だが、真剣に彼の話へ耳を傾ける生徒は少ない。なにせ今日の授業で入るダンジョンは、訓練用と呼んでも過言ではないからだ。
日本政府認定というのは要するに、教育教材として認められている、という意味。
出現するのはスライムに限られるので、事故の起こりようがなかった。
「あー……こんなの、合同でやる必要あるのかよ」
「これで訓練になるのって、最下級の生徒たちだけだろ?」
そんな授業に対して、特に不満を口にするのは優等生クラスの生徒たち。
たしかに、彼らにしてみれば暇で簡単なものに違いなかった。
かくいう俺もそう思い、少し肩の力を抜いている。
「それでは各々、怪我のないように注意しながら中を進むように!」
「はーい」
そして楠木の話が終わり、学生たちが順番にダンジョンへ入っていく。
俺たちのクラスは最後に足を踏み入れることになり、その中でも最も成績の低い自分は最後尾で中に入ったのだが――。
「――――ん?」
その瞬間、何か違和感を覚えた。
ホント微かな歪みやズレ、とでもいえばいいのか。言語化はなかなかに難しいのだが、魔力の流れが想像よりも速い……。
「まぁ、気のせいか……?」
俺はそこまで考えてから、そう思うことにする。
そして、少し小走りに先を行くクラスメイトのもとへ向かうのだった。




