9.幼なじみにドキドキする俺
翌日の朝、リーゼは約束通りギルドに現れた。
昨日と同じ栗色のショートボブに、昨日とは違う戦闘用の装備。深い藍色のローブの下にはしっかりした革鎧を着込んでいて、背には昨日の杖よりも一回り大きな戦闘杖を背負っている。その表情は、険しいを通り越して殺気立っていた。
ギルドに入った瞬間、俺と目が合う。翡翠色の瞳が「覚悟はできてるでしょうね」と無言で告げていた。こわい。
「おはよう、リーゼ」
アルたんが声をかけると、リーゼの表情がほんの少しだけ緩んだ。ほんの少しだけ。
「おはよう。で、依頼はどうするの?」
「ちょうど良さそうなのを見つけた」
アルたんが掲示板から剥がしてきた依頼書を広げる。全員で覗き込んだ。
──依頼:古代遺跡の調査および魔物討伐
──難度:B
──内容:町の北東に位置する古代遺跡より魔力の異常な高まりが観測された。
遺跡内部の調査および魔物の排除を依頼する。
宝物の持ち帰りは自由とする。
──報酬:金貨三十枚(成功報酬)+持ち帰り品の所有権
「B級なら、うちのパーティーなら問題ない」
アルたんが自信ありげに言う。確かにこのパーティーの実力なら、B級依頼は適正範囲だろう。
「古代遺跡ってことは、魔法の罠があるかもしれないわね。あたしの出番じゃない」
リーゼが得意げに胸を張った。それからちらりと俺を見て、挑発的に付け加える。
「魔法の罠を解除するには実戦経験と知識が必要なの。ステータスだけじゃどうにもならないわよ?」
それは完全にその通りだった。俺は魔術の「ま」の字も実践したことがない。スキル欄にどれだけ立派な文字が並んでいようと、使い方がわからなければ宝の持ち腐れだ。
「拙僧としては、遺跡は大変興味深いですな。太古の信仰の痕跡があるやもしれませぬ」
ゲオルクが糸目を細めて言った。こいつの場合、「信仰の痕跡」って言葉を額面通りに受け取れないんだよな。太古のご神体が女性の裸像だったりしたら、このスケベ僧侶は何時間でも拝んでそうだ。
「ははっ、遺跡か。壊していいもんと駄目なもんの区別がつかないかもな、ははっ」
カールが戦斧を肩で弾ませながら笑う。頼むから遺跡を丸ごと潰さないでくれよ。
「まぁ、悪くはないんじゃね」
壁に寄りかかっていたクルトが、短くそれだけ呟いた。視線は弓の弦を弄る自分の指先に向いている。興味がないのか、あるのか──この少年の考えは、すでにパーティーを組んでいた俺にも読めなかった。
ただ、一瞬だけ。ほんの一瞬、クルトの視線が俺のほうに動いたのを、俺は見逃さなかった。目が合う前に逸らされたけれど。
「よし、じゃあ受諾する。各自準備できたら北門に集合だ」
北門を出て、街道を外れ森の中の獣道を進む。木漏れ日が地面にまだら模様を落として、梢の間からは小鳥のさえずりが聞こえてくる。穏やかな朝だった。
隊列はアルたんが先頭、その後ろにカール。中衛に俺とリーゼとゲオルク、最後尾にクルトという布陣だ。
「ねえ、あんた。魔術使えるの?」
横を歩くリーゼが、唐突に聞いてきた。
「……正直に言うと、使ったことがない」
「はぁ?」
リーゼの顔が露骨に歪んだ。呆れているのか怒っているのか、たぶん両方だ。
「大魔術師のくせに魔術使ったことないって、なにそれ。意味わかんない」
「わ、わたしにもよくわからないんだけど……ちょっと事情があって」
「事情って?」
事情を説明しようにも、『実は昔は男で、謎の祠のガスで女になって、そのときに元の持ち主の能力を受け継いだんです』なんて言えるわけがない。頭がおかしいと思われるか、嘘つきと罵られるかのどちらかだ。
「……言えません」
「ふーん」
リーゼは不満そうに鼻を鳴らしたが、それ以上追及はしてこなかった。案外、距離感の取り方を心得ている子なのかもしれない。
「まあいいわ。使えないなら後ろにいなさい。前に出てきたら邪魔だから」
「うん、そうする」
「……素直ね」
リーゼが少し拍子抜けした顔をした。きっと反発されると思っていたのだろう。でも俺は自分が実戦の足手まといであることを、嫌というほど知っている。村人としてパーティーの後ろをちょろちょろしていた三十レベル分の経験があるのだ。足手まといのプロと呼んでほしい。
「エミ、大丈夫か?」
前からアルたんが振り返った。道が木の根で荒れているのを気にしてくれたらしい。
「気を付けて歩いてくれ。このあたりは足場が悪い」
「うん、大丈夫──あっ」
言った傍から木の根に躓きかけた。ロングスカートの裾を踏んだのだ。動きやすい服を選んだつもりだったけど、男の頃とは体の重心も歩幅も違うから、まだ感覚が掴みきれていない。
バランスを崩した俺の手を、アルたんが素早く掴んだ。引き寄せられて、思わずアルたんの胸元に顔が近づく。革鎧と汗のかすかな匂いがした。
「……っ」
アルたんの顔が間近にあった。整った顔立ちが、みるみるうちに赤くなっていく。目が泳いでいる。
「だ、大丈夫か」
「う、うん。ありがとう……」
手を離されて、なんだか妙にどきどきしている自分に気付いた。いやいやいや。こいつは俺を追放した張本人だぞ。アルたんだぞ。幼なじみのアルたん。男同士の──いやもう男じゃないんだけど、精神は男なんだけど、心臓はそんなこと知ったこっちゃないらしくてばくばく鳴っている。この体の野郎、勝手に反応するんじゃない。
「ちっ」
小さな舌打ちが聞こえた。リーゼだ。翡翠の瞳が忌々しそうにこちらを見ていた。ああ、そうか。この子、アルたんのことが……。
「気のせいよ」
俺の視線に気付いたリーゼが、先手を打って釘を刺した。気のせいじゃないだろ、どう見ても。
「傍目には初々しいお二人ですが、拙僧にはお二人の間に漂う淡い色気が──」
「「「黙れ(黙って)」」」
アルたんと俺とリーゼ、三人の声が重なった。ゲオルクだけが楽しそうに糸目の奥で目を光らせている。
「ははっ、なんか楽しそうだな。ははっ」
カールが能天気に笑い、クルトは我関せずと後方を警戒している。……と思いきや、なぜか耳が少しだけ赤い気がするのは、気のせいだろうか。日焼けかもしれない。日焼けだな、うん、間違いない。




