10.封印を解除する俺
森を抜けて一時間ほど歩くと、木々の間から石造りの構造物が見えてきた。
古代遺跡だ。
苔と蔦に覆われた巨大な石門が、口を開けた獣のように暗い入口を晒している。石門の左右には朽ちかけた柱が立ち並び、柱の表面には見覚えのある文様が刻まれていた。──あの祠と、同じ種類の文様だ。
嫌な予感がした。いや、嫌というよりは、なにか引き寄せられるような不思議な感覚だ。胸の奥で、微かに何かが脈打っている。
「結構大きい遺跡だな。古代魔術文明のものか」
アルたんが石門を見上げて呟いた。
「ええ。この文様は古代ルーン体系のものね。少なくとも千年以上前の遺跡だわ」
リーゼが近づいて柱の文様を指でなぞった。感心する。俺にはただの幾何学模様にしか見えないのに、彼女にはちゃんと読めるらしい。三年間の学院での研鑽は伊達じゃないということだ。
「入口に封印がかかってるわ。見て、この門の上部に魔法陣があるでしょう? 侵入者を拒む防衛術式よ。力ずくで入ろうとすると、術式が発動して攻撃が飛んでくる」
言われて見上げると、確かに石門のアーチ部分に淡く光る紋様がある。俺には見えている──いや、見えていると言うよりは、感じ取れている。魔力の流れが、まるで血管のように石門全体に行き渡っているのが、この体にはわかるのだ。
「あたしが解除するわ。ちょっと時間がかかるけど」
リーゼが杖を構えて、詠唱を始めた。低く早い呪文が紡がれ、杖の先端から翡翠色の光が伸びて封印の魔法陣に触れる。
魔法陣が反発するように赤く点滅した。リーゼの眉間に皺が寄る。
「くっ……かなり強固ね。でも、ここの解除パターンは学院で習った古代ルーン式に近い。あと少し……」
汗が額を伝い、リーゼの呼吸が荒くなっていく。杖を握る手が震えている。それでも諦めずに魔力を注ぎ続ける姿は、素直にかっこいいと思った。
けれど、封印は頑固だった。五分、十分と時間が経っても、赤い点滅は治まらない。
「リーゼ、無理をするな。休め」
アルたんが声をかけた。
「うるさい、もう少しなの!」
リーゼは聞く耳を持たない。意地だろう。ここで引き下がったら、自分がパーティーにいる意味を証明できないと思っているのだ。その気持ちは痛いほどわかる。
だけど──このままじゃ、リーゼが魔力切れで倒れてしまう。
「あの」
気がつくと、俺は前に出ていた。
「……なによ。邪魔しないでって言ったでしょ」
息も絶え絶えのリーゼが、それでも睨んでくる。
「邪魔するんじゃないよ。ただ……ここ、こうしたらどうかなって」
自分でもなぜそう思ったのかわからない。ただ、封印の魔法陣を見ていたら──いや、感じていたら、なんとなくわかったのだ。魔力の流れの中に、一箇所だけ〝結び目〟のような部分がある。そこを解けば、全体がほどけるような気がした。
理屈じゃない。理論でもない。体が覚えている、としか言いようのない感覚だった。
俺は右手を挙げて、石門に向けた。
指先から金色の光が溢れた。自分でも驚くほど自然に──まるで息をするように──魔力が体の奥から湧き上がって、指先に集中する。
光は一筋の線となって封印の魔法陣に触れ、あの〝結び目〟をするりとほどいた。
静かに、あっけなく。
赤く点滅していた魔法陣が、音もなく消滅した。石門がゆっくりと開いていく。
「…………」
沈黙が落ちた。
全員が俺を見ていた。
「あ……えと」
何か言わなきゃと思ったけど、言葉が見つからなかった。だって自分でもなにをしたのかよくわからないのだ。体が勝手に動いて、できてしまった。
「エミ……今、なにをしたんだ?」
アルたんが慎重な声で尋ねた。
「え、えーと……封印を解いた、のかな……?」
「それは見ればわかる。どうやって、だ」
「……なんとなく?」
アルたんの表情が引きつった。なんとなくで古代遺跡の封印を解かれたら、そりゃそういう顔にもなるか。
「あたしが、十五分かけて解けなかった封印を……なんとなくで……?」
リーゼの声は、震えていた。怒りなのか悔しさなのか、あるいはその両方か。杖を握る手が白くなるほど力が籠もっている。
しまった。リーゼのことを考えるべきだった。彼女が必死で取り組んでいたものを、横から来てあっさり片付けてしまったのだ。それがどれほどプライドを傷つけるか、少し想像すればわかったはずなのに。
「ご、ごめん。出しゃばるつもりはなかったんだけど……」
「謝らないで」
リーゼが遮った。唇を硬く結んで、一度だけ目を閉じて、それから開いた時にはもう泣きそうな顔は消えていた。
「結果を出したのはあんたでしょ。謝るのは、あたしに対する侮辱よ」
その言葉に、俺は息を呑んだ。強い子だ。本当に強い。
リーゼは背筋を伸ばして、先に遺跡の中へ歩き出した。その後ろ姿は小さいけれど、挫けてはいなかった。
「なかなかの気骨ですな」
ゲオルクが珍しく下心なしに感心している。
「ははっ、あの嬢ちゃん根性あるな。ははっ」
カールも素直に感心していた。
「……行くぞ」
クルトが、ぼそりと促した。なにも言わないのがクルトらしい。でも、遺跡に入る前にほんの一瞬だけ、俺に視線を向けたのを感じた。いつもの無関心な目じゃなくて、なにかを計るような目。
「あぁ。行こう」
アルたんの号令で、俺たちは遺跡の中へ足を踏み入れた。




