11.見守る俺
遺跡の内部は、外の明るさが嘘のように薄暗かった。
壁や天井は切り出した石のブロックで組まれており、等間隔に配置された魔石の灯りが青白い光を放って通路を照らしている。朽ちているかと思ったが、千年以上経っても灯りが機能しているあたり、古代の魔術文明の技術力は侮れない。
空気はひんやりとしていて、微かに湿った土と古い石の匂いがする。足音が石の床に反響して、嫌に大きく聞こえた。
「罠に注意しろ。前に出すぎるな」
アルたんが低い声で指示を出す。先頭をアルたんとカール、中衛に俺とリーゼとゲオルク、殿はクルト。森を歩いた時と同じ隊列だが、緊張感が段違いだ。
「クルト、なにか気配は?」
「……前方に複数。小型の魔物だな。たぶんゴブリンかコボルト」
クルトが耳を澄ませて報告した。シーフの索敵能力は流石で、まだ姿も見えない距離から敵の存在を感知している。
「数は?」
「四、いや五か。散開してる」
「よし」
アルたんが剣を抜いた。白銀の刃が魔石灯の青い光を受けて冷たく輝く。
「カール、俺と一緒に前に出ろ。リーゼ、後方から火力支援を頼む。ゲオルクは回復待機。クルト、好きに動け」
クルトが「了解」とだけ答え、音もなく壁際の影に溶け込んだ。恐ろしいほどの隠密能力だ。こいつ一人だけ、存在感の消し方が異次元だった。
「エミは……」
アルたんがちらりと俺を見て、少し迷ってから言った。
「後ろにいてくれ。無理はするな」
「……うん」
ここで「俺も戦う」なんて啖呵を切れるほど、俺は身の程知らずじゃない。さっき封印を解いた時にどうやって魔力を出したのかすら理解できていないのだ。戦闘中に暴発でもしたら味方を巻き込みかねない。
通路を進んでいくと、広間に出た。
天井が高く、壁面にはかつて壁画だったであろう剥がれかけた絵が残っている。そして広間の各所に──いた。
緑色の小さな体に尖った耳。使い古した短剣や棍棒を握った、五匹のゴブリンだ。
「ギギッ!?」
こちらに気付いたゴブリンの一匹が甲高い声を上げた瞬間、アルたんが駆け出した。
速い。一歩で間合いを詰め、横薙ぎの一閃でゴブリンを斬り伏せる。返す刃で二匹目を切り上げ、宙に浮いたところに蹴りを叩き込んで壁に叩きつけた。無駄のない動き。美しいとすら思えるほどの剣技だ。
やっぱり、アルたんは強い。追放された恨みはあるけれど、その実力に対する敬意まで消えたわけじゃない。
「おらァ!」
カールが雄叫びと共に戦斧を振り下ろした。石の床ごとゴブリンを叩き潰す。粉砕。文字通りの意味での粉砕だった。威力がおかしい。床に大穴が開いている。
「カール、床を壊すな!」
「ははっ、悪い悪い。ははっ」
悪びれもしないカール。頼むから遺跡を崩壊させないでくれ。
残った二匹が散開して逃げようとした。一匹は通路の奥へ、もう一匹は壁際の影に向かって。
「逃がさないわ!」
リーゼの杖が翡翠色に輝いた。
「《火炎弾》!」
短い詠唱と共に、火球が放たれる。正確にゴブリンの逃走経路を塞ぐように着弾し、爆炎が広がった。炎に包まれたゴブリンが悲鳴を上げて転がる。
──上手い。単にぶつけるのではなく、逃走経路を読んで先回りしている。これが実戦経験か。
壁際に逃げたもう一匹は、影の中から飛び出した矢に射抜かれて崩れ落ちた。クルトだ。いつの間に移動していたのか、まったく見えなかった。
「殲滅完了」
クルトが影の中から姿を現して、淡々と報告した。
「よし。全員問題ないな」
アルたんが確認して、全員が頷いた。リーゼは少し息が荒いけれど、誇らしげな顔をしている。
「どう? これが実戦よ」
リーゼが肩越しに俺を見た。挑発的だが、嫌みじゃない。自分の力を正当に誇示している。
「すごい。本当に」
素直にそう言った。お世辞じゃない。的確な判断と正確な魔術、そして冷静な戦場認識。三年の研鑽に裏打ちされたリーゼの実力は、間違いなく本物だった。
「……ふん」
リーゼは少し面食らったように目を逸らした。褒められると思ってなかったのか、耳の先が赤い。
「当然でしょ。あたしを誰だと思ってるの」
「魔術学院の三年間で模擬戦を何百回と──」
「いちいち覚えてるんじゃないわよ……」
リーゼの声が小さくなった。なんだか照れている。意外と可愛いところがあるじゃないか。
「感動の余韻に水を差すようですが」
ゲオルクが前方を指差した。
「奥から、さらに気配がいたします。先ほどより大きい」
広間の奥に続く通路の暗がりから、重く低い唸り声が聞こえてきた。石の床を引っ掻く鋭い音が、複数。
「来るぞ。構えろ」
アルたんが剣を構え直した。




