12.また見守る俺
通路の暗がりから這い出てきたのは、甲殻に覆われた巨大なトカゲだった。ゴブリンとは比較にならないサイズで、体長は三メートルはある。暗赤色の鱗がぬらぬらと光り、黄色い瞳が鋭くこちらを捉えている。その口元からは涎とともに白い蒸気が漏れていた。
バシリスクだ。視線を合わせれば即座に石化する、とまではいかないが、その吐息には麻痺毒が含まれている厄介な中級魔物。
「二匹か。散開して挟むぞ。リーゼ、火属性が通る。頼めるか?」
「愚問ね」
リーゼが杖を構えた。今度の詠唱は先ほどより長い。
「《燃え盛る業火の蛇よ、地を這い敵を喰い尽くせ》!」
杖の先端から放たれたのは、生き物のように蛇行しながら地面を走る火炎の帯だった。先ほどの火球とは威力も制御技術も段違いだ。炎の蛇は一匹目のバシリスクに巻きつき、鱗を焦がして絶叫させる。
だがバシリスクも頑強だった。炎を振り払うように体をくねらせ、大きく口を開けて白い息を吹きかけてくる。
「リーゼ、避けろ!」
アルたんが叫ぶと同時に、リーゼは転がるようにして吐息をかわした。麻痺毒の白煙が通過した石壁が、みるみる白く変色していく。あれを浴びたら即座に行動不能だ。
「やっかいな息してやがるな!」
カールが横から突進して、戦斧でバシリスクの脇腹を殴りつけた。鱗が砕け、赤い肉が覗く。だが致命傷には至らない。バシリスクは苦悶しながらも尾を振ってカールを跳ね飛ばした。
「ぐはっ!」
「カール!」
壁に叩きつけられたカールだったが、すぐに起き上がる。
「ははっ、効いたぜ。ははっ」
笑ってるけど、結構痛かったんじゃないのか。
二匹目のバシリスクが広間の柱を盾にしてこちらに迫ってきた。柱の影から影へ移動しながら間合いを詰めてくる。賢い。本能なのか、ゴブリンより余程嫌らしい行動をしてくる。
アルたんが一匹目に斬りかかっている隙に、二匹目の狙いは──俺だ。
後方にいる俺とゲオルクに向かって、二匹目が突進してきた。
「下がってくだされ、エミ殿」
ゲオルクが一歩前に出て、両手を掲げた。
「《聖なる障壁よ、我が信仰を楯としてここに顕現せよ》!」
金色の光壁が出現し、突進してきたバシリスクを弾き返した。ゲオルクの防護術式だ。衝撃で空気が震え、俺の髪がばさばさと揺れる。
「なかなかの強敵ですな。拙僧の障壁もそう何度も持ちませぬぞ」
ゲオルクの額にも汗が滲んでいるが、その声は落ち着いていた。戦闘中のゲオルクは、普段のむっつりスケベとは別人のように頼もしい。こういう時だけは、この僧侶を心から信頼できる。
弾かれた二匹目が体勢を立て直す前に、影から矢が三連射された。喉、左目、右の前脚の付け根──クルトの狙撃が続けざまに急所を貫く。二匹目のバシリスクが激しく身悶えし、動きが鈍る。
「今だ!」
アルたんが一匹目を深手を負わせて牽制し、二匹目に跳躍して上段から剣を叩き込んだ。頭と胴を繋ぐ甲殻の継ぎ目、わずかな隙間を正確に突いて、聖剣が深く突き刺さる。
二匹目のバシリスクが最後の痙攣を見せて、崩れ落ちた。
残る一匹に、リーゼが二発目の火炎蛇を叩き込む。今度は先ほどの傷口を正確に狙って──鱗が剥がれて露出した肉に、炎が直接食い込んだ。
「ギャアアアァッ!」
断末魔の叫びが広間に反響して、一匹目も倒れた。
「……ふぅ」
リーゼが額の汗を拭って、深呼吸した。杖を支えにしている。連続の大型魔術で消耗しているのだ。
「お疲れ様です。癒しましょう」
ゲオルクか近づいて──リーゼの肩に手を伸ばした。
「触んないで」
「いや拙僧は回復を──」
「手が肩より下に行こうとしてたでしょ。見えてたわよ」
ゲオルクの手がぴたりと止まった。さすがリーゼ、目ざとい。
「……仕方ありませぬ。では、非接触で」
少し離れた位置からゲオルクが回復術式を放ち、リーゼの疲労が緩和される。できるじゃないか、最初からそうしろ。
俺はと言えば、戦闘中ずっと後ろで見ているだけだった。また、足手まといの位置だ。封印の解除はできたのに、戦闘になると体が竦んでしまう。魔力の出し方もまだわからない。あの封印の時は無意識にできたのに、意識すると途端にわからなくなる。
自分が情けなかった。この体にはスキルがある。力がある。でも、使いこなせない。それは──ある意味、村人だった頃と変わらないんじゃないか。持っているのに使えない。宝の持ち腐れ。
「エミ」
アルたんが声をかけてきた。
「大丈夫だったか?」
「うん。わたしはなにもしてないし」
自嘲が滲んでしまう。アルたんが少し眉を曇らせた。
「焦ることはない。さっき封印を解いた力は本物だ。いずれ戦闘でも使えるようになるさ」
「……ありがとう」
励ましの言葉が嬉しいのか悔しいのか、自分でもわからなかった。




