8.ライバル視される俺
振り向いた先に立っていたのは、赤みがかった栗色のショートボブを風に揺らした少女だった。小柄で華奢な体躯だが、翡翠色の瞳はこちらを射殺さんばかりに燃えている。背に負った杖には複雑な魔法陣の装飾が施されていて、彼女が魔法使いであることを雄弁に物語っていた。
つかつかとこちらに歩み寄ってきた彼女は、俺ではなくアルたんの前に立ち、胸──俺のに比べるとずいぶん慎ましやかな──を張って宣言する。
「アルフレッド、約束忘れてないでしょうね? あたしが、あんたたちのパーティーに入るって話!」
アルたんの顔が固まった。どうやら、忘れていたらしい。
「リーゼロッテ……」
「リーゼよ。何回言ったらわかるの? リーゼロッテなんて長ったらしい名前で呼ばないでって言ったでしょ」
リーゼロッテ──リーゼと呼ばれた少女は、腰に手を当ててアルたんを睨み上げている。百八十近いアルたんと、百六十あるかないかのリーゼでは身長差がかなりあるのに、その迫力は互角以上だった。
「約束はしてる。ただ──」
「ただ?」
リーゼの眉がつり上がる。アルたんは明らかにたじろいでいた。勇者が小柄な少女にたじたじになっている図は、不謹慎だけどちょっと面白い。
「事情が変わったんだ」
「事情? どんな事情よ」
アルたんの視線が、ちらりと俺に向いた。リーゼの視線がそれを追って、初めて俺の存在を認識する。
翡翠色の瞳が俺を頭のてっぺんからつま先まで舐めるように見て、ぴたりと止まった。胸の位置で。
「……なに、この人」
リーゼの声から、一瞬で温度が消えた。
「昨日助けた人で、エミっていうんだ。それで──」
「で、この人をパーティーに入れるって? あたしの代わりに?」
さすがに勘がいい。というか、アルたんがわかりやすすぎるのか。
「代わりってわけじゃ……」
「じゃあなんなのよ! あたし、ずっとこの日を待ってたのに! やっと魔法使い枠が空くからって、あんたが声かけてきたんじゃない!」
リーゼの声が震えている。怒りだけじゃない。その奥に、悔しさと不安が滲んでいるのがわかった。ずっと待ってた、という言葉の重さが、俺には痛いほど理解できる。
だって俺も、ずっと待っていたのだ。いつかスキルが目覚める日を、仲間として認めてもらえる日を。結局その日は来なくて、追放という形で終わった。
「あの……」
俺は、二人の間に割って入った。
「わたしは、まだパーティーに入るとは言ってません」
リーゼの鋭い視線が俺に突き刺さる。近くで見ると、整った顔立ちの女の子だ。怒っているのに、頬がうっすら紅潮しているのが可愛らしい──なんて感想を抱いてしまうのは、まだ俺の中に男の感性がしっかり残っている証拠だろう。
「じゃあ入らないの?」
「それも、まだ決めていません」
「はぁ? なにそれ、はっきりしなさいよ」
リーゼは呆れたように頬を膨らませた。それから、俺のカードがまだカウンターに置かれたままなのに気付いたらしく、視線を落とす。
見るな──と思ったけど、遅かった。
「…………」
リーゼの目が、音を立てて見開かれた。
「大魔術師……? レベル30で……全属性S……並列詠唱A……?」
声はどんどん小さくなっていって、最後はほとんど呟きに近かった。
リーゼの肩が落ちるのが見えた。自信に満ちていた翡翠の瞳が、一瞬だけ揺らぐ。それは自分のステータスと比較してしまったからだろう。魔法使いとして真摯に研鑽を積んできた彼女には、このカードに刻まれた数値の異常さが誰よりもわかるのだ。
しかし、その動揺は本当に一瞬だった。
「──ふん」
リーゼは、鼻を鳴らした。
「ステータスが高けりゃ強いってわけじゃないでしょ。実戦経験は? パーティー戦闘の連携は? 魔術の制御技術は?」
全部ない。どれもこれも、まったくない。反論のしようがなかった。
「あたしは三年間、魔術学院で実戦訓練を積んできたの。チーム戦闘の連携だって、座学だけじゃなく模擬戦で何百回と経験してる。ステータスだけの素人に負けるつもりはないわ」
リーゼは背筋を伸ばして、まっすぐに俺を見据えた。翡翠の瞳に灯った炎は、もう揺らいではいなかった。
──強い子だ。
俺が同じ立場だったら、あのステータスカードを見てここまですぐに立ち直れただろうか。たぶん無理だ。現に俺は、『スキルなし』の表示を見るたびに笑って誤魔化すことしかできなかった。
「リーゼ、落ち着け。誰も君を外すとは言っていない」
アルたんが、両手を広げてリーゼを宥めにかかった。
「パーティーの定員は六人だ。今は四人だから、二人とも入れる」
「「はぁ!?」」
リーゼと俺の声が、綺麗に重なった。なら俺を追放する必要なかっただろ?
「いや、まだ入るとは……」
「あたしはこんな得体の知れない女と一緒にパーティー組むなんて──」
「どっちも黙れ!」
アルたんが、勇者の威圧を発動した。俺とリーゼだけでなく、ギルド中が一瞬だけ静まる。こいつ、こういう時はリーダ気質発揮するんだよな。
「エミには、まだ返事をもらってない。リーゼとの約束も守る。結論を急ぐ必要はないだろ。まずは一緒に依頼を一つこなしてみればいい。それから判断すればいいだろう?」
ふむ、と横でゲオルクが腕を組んで頷いている。
「勇者殿の仰る通りですな。百の言葉より一の実戦。美しいお二人の力、この目でしかと見届けたいものです」
誰がお前に見届けてもらいたいんだ。
「…………」
リーゼは唇を噛んでしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……わかった。一回だけよ。でも、絶対あたしのほうが役に立つって証明してみせるから」
そう言って、リーゼは踵を返した。ギルドの出口に向かいながら、一度だけ振り返って俺を見る。
「覚悟しときなさい。あたし、手加減とか嫌いなんだから」
バン、と扉が閉まった。嵐のような女の子だった。
でも嫌いじゃないな、ああいうの。まっすぐで、自分の力に誇りを持っていて、負けたくないって気持ちを隠さない。かつての俺にはなかった強さだ。
「すまない、エミ。面倒なことに巻き込んで」
アルたんが申し訳なさそうに頭を掻いた。
「いいんだよ。……ううん、いいんです。なんだかちょっと、面白くなってきたかも」
自分でも驚いたけど、本心だった。
村人だった俺には、誰かに必要とされることも、誰かとぶつかることもなかった。いつだって俺は、パーティーの隅っこで空気みたいに存在しているだけだったのだ。
でも今は違う。アルたんが必要だと言った。リーゼが自分から挑んできた。
まだ自分の力の使い方なんてわからない。魔術師としての最初の一歩すら踏み出していない。……けど、あの夢の中で消えていった彼女の最後の言葉が、胸の奥でまだ温かく灯っている。
──忘れないで。あなたはもう、村人なんかじゃないわ。
「さて」
アルたんがギルドの掲示板に目を向けた。依頼書がびっしりと貼り出されている。
「ちょうどいい依頼を探すか。エミ、なにか希望はあるか?」
「できれば、死なないやつがいいです」
「ははは。善処する」
笑ったアルたんの顔は、昔のアルたんにちょっとだけ似ていた。
あの頃の、俺がまだ〝エミっち〟だった頃の──。




