22.密着した訓練を続ける俺
こうして──毎朝、リーゼに背後から抱きつかれながら魔術制御の訓練をする日々が始まった。
最初の数日は地獄だった。いや、感覚的には天国に近い地獄というか──リーゼの体温が背中に伝わり、呼吸を合わせるたびに互いの胸郭の動きが重なり、魔力が流れ込んでくる度に全身が痺れるような快感に襲われる──しかもそれが、一回の訓練で何十回と繰り返されるのだ。
慣れるなんて、無理だった。
密着した訓練を初めてから四日目の訓練が終わった後のことだ。
草原に座り込んだ俺とリーゼは、二人とも汗だくだった。朝の涼しい空気の中で訓練しているのに、魔力の行使は想像以上に体力を消耗する。ブラウスの背中が汗で張り付いて、腕を動かすたびに嫌な感触がする。首筋から鎖骨を伝って胸元に流れ落ちた汗が、ブラウスの前合わせを湿らせていた。
「暑い……」
リーゼがローブの前を開いた。下に着ているのは薄手のインナーだけで、汗で生地が半ば透けている。首筋を伝った汗が、鎖骨の窪みに液溜まりを作っていた。白い肌が薄桃色に上気していて、呼吸のたびに細い肩が小さく上下する。インナーの襟から覗くうなじの産毛に、朝の光が金の縁取りを落としていた。
「リーゼ、あの……それ、結構、見えて……」
「なにが。あんたも同じくらい汗かいてるでしょ。お互い様よ」
確かに俺も相当な状態だった。フィーネに教わった通り、訓練用に着てきた動きやすい薄手のブラウスは、汗を吸って肌に貼り付いている。しかもこの体は──その、出るところが出ているので、汗で張り付くと輪郭がはっきり浮き出てしまう。腕を組んだだけで胸の谷間が強調されてしまうし、髪を掻き上げると首筋が露出する。女の体の不便さを、こんなところで痛感させられるとは思わなかった。
「って、ちょっと、あんたこそもうちょっとこう、隠しなさいよ!」
「えっ、あ、ごめん!」
慌ててブラウスの前を手で押さえる。リーゼが顔を赤くして睨んでいた。翡翠の瞳が据わっている。こわい。
「訓練中はいいけど休憩中は身だしなみを整えなさい。じゃないと──」
「じゃないと?」
「──あたしが目のやり場に困るでしょうが!」
リーゼが草を引き抜いて投げつけてきた。照れている。こいつ、照れると暴力に訴える癖がある。投げつけられた草が顔にぺたりと張り付いて、俺は苦笑しながら剥がした。
でも動揺しているのは俺も同じだった。訓練中の密着では魔術に集中しているから意識しないようにできたが、こうして訓練が終わって汗だくで並んでいると、互いの体温と匂いが妙に生々しく感覚に入り込んでくる。リーゼの肌は白くて、汗を搔くと薄い桜色になって、うなじの髪の生え際に汗の雫が光っていて──栗色の短い髪が耳の後ろに張り付いている様が、おさな子の寝癖みたいで妙にいとおしかった。
いかん。男の頃の目線で見てしまっている。
「着替え持ってきてよかったわね」
リーゼが背嚢から予備の服を取り出した。畳まれた清潔なインナーと替えのローブ、それから手拭い。几帳面に折り畳まれたそれらは、リーゼの性格をそのまま映している。
「あ、うん。あたし──わたしも着替える」
背を向け合って着替える。けれど草原には遮蔽物がない。互いの衣擦れの音が嫌に鮮明に聞こえる。ブラウスを脱ぐ湿った音──汗で肌に張り付いた布が剥がれる、ぺたりとした感触が音になったもの。乾いた布を通す腕の動き。背後でリーゼが「ん……」と小さく声を漏らしたのは、汗で張り付いたインナーを引き剥がすのに苦労しているからだろう。
──意識するな、意識するな、と念じるのに、耳が勝手に拾ってしまう。
この体になってから、感覚が鋭くなった──というより、意識の向く方向が変わった気がする。男の頃は見ることに意識が向いていたのに、女の体になってからは、触覚と聴覚が異様に敏感になっている。人の吐息、衣擦れ、指先が触れたときの温度の移り変わり。そういう些細なものが、以前の十倍の解像度で感覚に飛び込んでくるのだ。
「着替えた?」
「うん」
「振り向くわよ」
「うん」
乾いた服に袖を通したリーゼは、先ほどまでの汗だくの姿から一転して、清潔感のある佇まいに戻っていた。けれど頬はまだ赤みが残っていて、その上気した顔が妙に艶っぽかった。額に張り付いていた前髪を指で払い、翡翠の瞳が「見た?」と問うように細める。
「見てないよ」
「聞いてないんだけど」
先回りしすぎて墓穴を掘った。リーゼが呆れた顔をしたが、口元は笑っていた。




