16.帰路の俺
「さて、帰るか」
アルたんがキメラの体から素材を回収し終えて、立ち上がった。暗紫色の角や鱗、魔石のコアなど、かなりの高額で売れそうなものばかりだ。依頼の報酬と合わせれば、相当な実入りになるだろう。
「B級でこのレベルの魔物が出たことは、ギルドに報告しないとな。他のパーティーが同じ目に遭ったら洒落にならない」
アルたんの言葉に全員が頷く。勇者らしい判断だ。自分たちが危うかったからこそ、他の冒険者への警告を優先する。
遺跡の帰り道は、行きとは雰囲気が違っていた。
あれだけの死闘を共にした後なのに、空気が和らいでいる。全員がそれぞれの形で疲れていて、けれどどこか充実した表情をしていた。
「あの術、なんて名前なの?」
横を歩くリーゼが聞いてきた。以前の好戦的な調子ではなく、純粋な好奇心で。
「えーっと……万象の軛を解き放ち……五素の渦紋を重ね合わせ……この手に還れ、だったかな。自分で言ったはずなのに、あんまり覚えてなくて」
「五つの属性を一つの魔術に組み合わせて放出する……異なる五つを秩序立てて制御するなんて、目の前で見てもまだ信じられないわ。あたしが学院で習ったのとは、異なる魔術体系なのかもしれないわ。ひょっとしたら、あの遺跡を作った古代文明の魔術かも」
「詳しいね」
「魔法使いだもの。当然でしょ」
リーゼが胸を張った。彼女の誇りの灯が戻っている。よかった。
「でも全属性同時制御って、ほんっとにありえないことなのよ? 普通の魔法使いは二属性が限度。三属性を扱える人は帝国にも片手で数えるほどしかいないって、教授が言ってたわ」
「そうなの?」
「そうなの。あんたは自分のやったことの規模がわかってないのよ」
呆れたような口調だけど、その目には学術的な興味が明確に宿っていた。
「ねえ、今度あたしが魔術制御を教えてあげる」
予想外の申し出に、俺は目を瞬かせた。
「えっ、いいの?」
「あんたのスキルは本物だけど、制御がまるでなってない。暴発したら自分も味方も危ないでしょ。あたしが基礎から叩き込んであげるわ」
リーゼは鼻を高くして言った。教える側に立つことで、自分の存在価値を確保しているのだろう。けれどそれは、負け惜しみじゃなく、彼女なりの誠実な歩み寄りだと感じた。
「……ありがとう、リーゼ。お願いするよ」
「感謝するなら、ちゃんと練習すること。サボったら容赦しないから」
「はい、先生」
「せ、先生って呼ぶな!」
リーゼの声が裏返った。耳まで真っ赤だ。
「照れすぎだろ、あの嬢ちゃん」
前方を歩くカールがぼそっと呟いたが、リーゼには聞こえなかったようだ。助かった。聞こえていたら火炎蛇が飛んできていただろう。
「若いというのは良いものですな。拙僧の目にも実に美しい光景──」
「ゲオルク、黙れ」
アルたんが横から遮った。ゲオルクの美しい光景は十中八九ろくなことを指していない。
「それにしても……」
アルたんが歩きながら、ぽつりと呟いた。
「まさか、あんなに強いとはな」
キメラの話か。いや──俺の話か。
「魔法使い一人入れるつもりが、優秀な魔術師が二人手に入るとは。俺たちついてるよ」
「二人って……あたしも一応計算に入れてくれてるの?」
リーゼがやや上目遣いで聞くと、アルたんは当然のように答えた。
「当たり前だ。お前のバシリスク討伐と遺跡知識がなかったら、あそこまで辿り着けてない。戦闘だけが実力じゃないんだよ」
リーゼの目が一瞬だけ大きく見開かれて、すぐに逸らされた。頬が赤い。
「……ふ、ふーん。わかってるじゃないの」
……あのさアルたん。そういう台詞をさらっと言うのが、モテる原因だってわかってるのか。たぶんわかってないんだろうな。天然ジゴロめ。俺を追放するときも、もうちょっと優しい言い方があっただろうに。
「ん? どうかしたか、エミ? なんか俺の顔じっと見てるけど」
「なんでもない」
とりあえず、俺はまだアルたんのことを許してはいないのだった。
森を抜けて、街道に出た。夕日が地平線に近づいていて、樹々の影が長く伸びている。
歩きながら、ぼんやりと考えていた。
今日、俺は初めて誰かの役に立った。
村人だった三十レベル分の冒険で、一度もできなかったことが、今日初めてできた。みんなを守れた。それは、俺の力じゃないかもしれない。あの美女から受け取った、借り物の力かもしれない。
でも、あの瞬間──みんなを守りたいと思った気持ちは、間違いなく俺自身のものだった。
それだけは、胸を張っていいはずだ。
「エミ」
アルたんが振り向いた。夕焼けを背にした横顔が、逆光の中で妙に絵になっている。顔がいい奴はズルい。
「改めて聞きたい。……俺たちのパーティーに、入ってくれるか?」
夕日に染まる街道で、勇者が金色の髪をなびかせた俺に向かって、正面から頼んでいる。今の俺の姿は、決してアルたんに見劣りしていないはずだ。巨乳の美女だけど。
この構図、端から見たらどう見えるんだろう。告白にしか見えないんじゃないか?
リーゼの視線が刺さっている。ゲオルクはにやにやしている。カールは何も考えてなさそうだ。クルトは──なぜか少しだけ目を逸らしている。
「……うん」
俺は、頷いた。
「よろしくお願いします。みんな」
アルたんがふっと笑った。追放を言い渡した時のうんざりした顔とも、照れて目を逸らしていた顔とも違う、穏やかで温かい笑みだった。
「こちらこそ。歓迎するよ、エミ」
「ようこそ、ですな。これからは拙僧が、身も心も手厚く──」
「ゲオルク、それ以上言ったら杖で殴る」
「おぉ、リーゼ殿も歓迎派ですかな?」
「違うわ! あんたを牽制したの!」
「ははっ、賑やかになるな。ははっ」
カールだけが純粋に楽しそうだ。こいつは本当に裏も表もないな。
クルトは何も言わなかった。でも、ほんの少しだけ──口の端が持ち上がったように見えた。見間違いかもしれない。けれど、見間違いであってほしくない。
こうして俺は、自分を追い出したパーティーに、別人として再び加わった。
皮肉が過ぎるだろ、と思わなくはない。けれどこの体に宿った力がある限り、俺にしかできないことがあるのだと、今日は思い知らされた。
それに──こんなに胸が温かいのは、追放されてから初めて知った感覚だった。
いつか、真実を話す日が来るのかもしれない。
本当の俺を知った時、このメンバーがどんな顔をするのか。想像すると──少しだけ怖くて、少しだけ楽しみだった。




