第93話
「篝ちゃーん。」
廻が脱衣所に入った私を後を追いかけてきた。
「どうしたの?」
「あのさ、今日は一緒に浴場でお風呂に入らない?」
「どうしたの急に?」
「いや、なんか一緒に入りたいなって思って。」
「いいわよ。ごはんを食べたら一緒に入ろうか?」
「うん。それじゃ、私は先に部屋に戻るわね。食堂で。」
「うん。」
いつもは一緒に入ることはないのに、一体どうしたんだろう?
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夕食後。私は約束通りお屋敷の浴場に来た。
ここは旅館の温泉みたいな作りになっている。
お婆様が生前、とても温泉が好きでお家でも同じ体験がしたいと改装したらしい。
「篝ちゃん、お待たせ。」
温泉へ来たかのようにお着替え入浴セットを持って脱衣所に訪れた廻。
「早く入りましょ。」
「あれ?篝ちゃん?」
「何?」
「篝ちゃんの入浴セット、可愛くなった?」
「あ、これ?うん。猫さんバックに変えたの。」
私は猫が好きなので、着替えを入れるバックをすべて猫さん絵柄のものに変えた。
「なになに?早坂が猫好きだから私もって?」
「ち、違うわよ!私が好きなの!」
もう。廻はここぞとばかりにニヤニヤしながら私をいじる。
「早坂が犬が好きって言ったらどうするのよ?犬と猫は犬猿の仲って言うでしょ?」
「犬と猫さんが仲良くなってもいいじゃない。ロミオとジュリエットみたいで。」
「篝ちゃんったら、恋愛になると積極的だしロマンティストになるのね。」
「う、うるさいわね。早く入りましょ!」
廻は軽くバスタオルで体を隠す程度で浴場へ向かう。
私は女の子同士とは言え恥ずかしいのでバスタオルを体に巻いてそのあとに続く。
「なんで隠すのよ?」
廻が予想通り突っ込む。
「恥ずかしいでしょ。廻と最後に一緒にお風呂に入ったのって子供の頃でしょ。」
「そうね。従事は本来一緒にお風呂なんて入れないからね。」
「あら?今日は許可でもいただいたの?」
「うん。花音様からお許しをもらってるわ。」
「お母様から?」
「ええ。私が今日は背中を流してあげる。」
「……。」
今日の出来事で気を遣っているのだろうか?
廻はお母様に頼まれて提案したのだろうか?
「ごめんね廻。ゆっくりいつも通りにお風呂に入りたかったでしょ?」
「もう篝ちゃんったら。どうせ私が花音様から頼まれて一緒に入浴しましょうって提案したとでも思ってるんでしょ?」
「さすが廻ね。」
「違うわよ。私が一緒に入りたくてお願いしたの。」
「どうして急に?」
「いろいろと聞きたい事があったからよ。裸の付き合いってやつよ。こういうところなら気兼ねなく語れるかなって思って。」
「聞きたい事?」
「ええ。翁様とのやり取りの事とか、今日の事とかね。」
「……。」
廻は体を流しながら湯船に入る。
私も続く。
「はぁ~、生き返るわ~。」
湯船に浸かった廻は気持ちよさそうに大の字にくつろぐ。
「もう、はしたないわよ廻。」
「別に家なんだからいいじゃないの~。篝ちゃんもやってみなよ。気持ちいいから。」
「できるわけないでしょ。」
「私たちしかいないんだから、遠慮しないでやりなって!」
「もう。しょうがないわね。」
私も廻の真似をして、大の字にくつろぐ。
そのまま天井を眺めると、天井には富士の山の絵が綺麗に描かれていた。
「気持ちいい。」
「でしょ~、たまにはこういう風に何も気にしないでくつろぐことも大事だよ。」
「いろいろ気を遣わせてごめんね、廻。」
「よしてよ今更。」
「あと篝ちゃん。」
「何?」
「湯船に入るのにバスタオルを巻いたままってマナー違反よ?取りなさい?」
「気兼ねなくくつろげって今言ったの廻でしょ?」
「言ったけどさ、バスタオルは取ろうよ。なんで隠すのよ?」
「だ、だって!恥ずかしいし。」
「取れ!」
「嫌!」
「ほれほれ!取れ~!」
廻がバスタオルに手を伸ばし、抵抗虚しくはぎとられてしまう。
「もう!」
「篝ちゃんだってスタイルいいんだから、隠す事ないじゃない。」
「廻には負けるもん。」
「そんなの人と比べるもんじゃないわよ?」
「どれどれ、成長した篝ちゃんをじっくり拝ませていただきますかぁ!」
「もう!やめてよ!恥ずかしいんだから!」
私は必死に手で隠す。
「そのうち、早坂の前でもこういう姿になるかもしれないんだから、恥ずかしい恥ずかしいって言ってるといつまでも進展しないわよ?」
「もう!そういう状況になる予定なんてないわよ!」
「女の子の前で脱ぐのと男の子の前で脱ぐのじゃわけが違うのよ?」
「それは……そうだけど、私とフユトさんはまだ学生なんだから、そういうのは無いわよ。」
「一緒にお風呂に入ることも?」
「無いわよ!」
「健全ね篝ちゃん。」
「お、お父様が……学生らしいお付き合いをしなさいって……言ってたし。」
「へぇ。」
「な、なによ?」
「篝ちゃんは恋愛には積極的な子だから、きっとそんなことはないって私は思ってる。」
「うるさいわよ!」
私は廻にお湯をかける。
「わ!ぶっ!」
顔面にお湯をくらった廻は口に入ったお湯を吐き出す。
「やったわねぇ!」
「きゃっ!」
廻がお湯をかけ返してくる。
私はそれに対抗して仕返しする。
子供の遊びのようにお湯をかけあう。
「背中、流してあげる。」
しばらくして、お湯をかけあいすぎた私たちはカランの前に座る。
廻が私の背中を洗う。
「どう篝ちゃん?気持ちいい?」
「うん。」
バスタオルは没収されたので、一糸まとわぬ姿のまま座っている。
跳び箱を飛ぶ瞬間のように、両手をお腹の前に出してさり気なく隠すと軽く咳払いした廻がそっとその手を払う。
そのまま丁寧に前まで洗う。
「廻、なんか恥ずかしい。」
「まぁまぁ。深く考えないの。」
「……う、うん。」
「篝ちゃん。」
「ん?」
「やっぱり今日は何も聞かないわ。なんだか一緒にお風呂に入れて楽しかったから。」
「私も、久しぶりに楽しいお風呂になったわよ。」
「ふふ。」
私たちは笑いあう。
「篝ちゃん。私はこれからも篝ちゃんを助けるわ。ずっと。」
「ありがとう。」
「でもね、廻。私は廻にもちゃんと幸せになってほしいの。」
「え?」
廻が意外そうな顔をする。
「廻だって恋をして、付き合って、将来この人と一緒になりたいって願う時が来たら、ちゃんと私には話してほしいの。」
「篝ちゃん?」
「さみしいけど、その時はおめでとう、幸せになってねって言いながらあなたを解任するわ。」
「バカね、篝ちゃんは。私はずっとあなたと一緒にいるわよ。」
「……モトキさんと幸せになってよ。」
「な…!」
廻の顔が赤い。
「廻には廻の人生があってもいいと思っているの。従事だからとかそういう義務は私の代になったら終わらせたいと思うの。」
「それはダメよ篝ちゃん。」
「え?」
「水無月家が今日まで続いてきたのは、今の関係があってこそのものよ。簡単に手放すのは愚かよ。」
「廻は好きな人と一緒の人生を歩みたくないの?」
「私は従事を続けながら好きな人と一緒にいる人生を歩む予定よ?」
ウィンクする廻。
「私は義務以前に篝ちゃんが大事な人だから、ずっと側に居たいの。」
「……廻。」
「おいで、篝ちゃん。」
まるで母親のように私を抱きしめる廻。
裸同士だから廻の体温が直に伝わってくる。
「今日は本当にごめんなさい。あなたを守れなくて、辛い思いをさせてしまってごめんなさい。」
廻が謝る。
「謝らないで。廻のせいじゃない。私こそ、助けに来てくれてありがとう。」
廻はきっとこの一言を言えるタイミングを待っていたに違いない。
そう思えたのは、廻は私に聞こえないように嗚咽を漏らしていたから。
私は気付かないフリをして抱きしめられたままでいた。




