第92話
お屋敷に到着。
いつものようにお爺様は一人、お花を眺めていた。
「やあ、おかえり篝、廻。」
お爺様から声をかけられるのは珍しい。
「ただいま戻りました。」
私と廻は一礼する。
「なんだか今日はさえない顔をしておるの?」
「はい。申し訳ありません。またお家にご迷惑をかけてしまいました。」
「……篝はまだまだ子供じゃ。そんなことをいちいち気にするでない。そういうフォローは保護者の役割なんだから。」
「ですが……。」
「そういえば篝、今日は伝言があるぞ。」
「伝言……ですか?」
「ああ。篝にとっては最高の伝言かもしれんぞ?」
「それは楽しみです。教えていただけますか?」
「ふむ。廻、ちょっと席を外してはくれまいか?」
「え?あ、はい。」
突然呼ばれたことに拍子抜けしたような返事とともに、廻は先にお屋敷へ戻る。
「さて、篝、ここに座りなさい。」
お婆様が生前座っていた椅子を招く。
「恐れ多すぎます!お婆様の席に座るなど!」
「篝。」
お爺様はただ優しく私の名前を呼び、再び椅子へ招く。
「失礼します。」
恐る恐る座る。実はお婆様も水無月の直系でお爺様はお婿さんだ。直系の祖先の席にお家もまだ継いでいない娘が座ることは本来許されない。
お爺様と同じ視線になる。
私は最初で最後かもしれないこの椅子の眺めを目に焼き付ける。
この位置は咲き誇るお花がすごく綺麗に見えるような角度にでも調整されているのだろうか?
夕陽の光を浴び、すごく綺麗に輝いている。
スプリンクラーから少し水を浴びたような輝きがある。
「では篝、本題なんじゃが。」
「はい。」
「実はな、早坂君から伝言がある。」
「え!?フユトさんから!?」
「ああ。とびきり嬉しい伝言じゃぞ?」
「早く教えていただけませんか!?」
「ほほほ。嬉しそうじゃの。伝言はな、「必ず迎えに行くから待っていて」との事じゃ。」
「フユトさん……。」
「お爺様はいつフユトさんとお会いしたのですか?」
「本当に最近じゃ。曜日感覚がちょっとおかしくての。いつだったかまでは思い出せん。すまんな。」
「いえ!ありがとうございます!」
「元気は出たかの?」
「はい。フユトさんは私の中で心の支えになっています。」
「愛じゃの。」
「恥ずかしいです。」
「篝ももうそんな歳になったんじゃなぁ。時間の流れは早いものじゃの。」
「そんなことはありませんよ。」
「篝。」
「はい。」
「今起きている事は、尋常なことではない。普通、こんな体験などすることは絶対にない。そこはしっかり認識しておきなさい。」
「え?はい。」
「いいか篝。今、お前は正体の知れぬ者から何らかの攻撃を受けておると言っても過言ではない。その証拠に愛する人と離別され、おかしな時間をさまよっておる。」
「……はい。」
「それと篝。わしの勘違いかもしれぬが、ひとつ教えてくれまいか?」
「なんでしょうか?」
「廻から、精気が感じられん。心当たりはないか?」
「精気ですか?」
「うむ。生命根源の力が廻からは見えぬ。魂がないように見えるんじゃ。」
お爺様は廻が一度、亡くなったことを知らないようだ。
でも、廻は生きている。
フユトさんが眠り続けている以上、あの出来事が起きることはない。
廻が死ぬことはあり得ない。
現に今も生きている。
「何か心当たりがありそうじゃの?」
「いえ。ありません。」
でも、言ってしまうと現実になってしまいそうで怖い。
私はあの出来事をそっと胸の奥にしまう。
「そうか。まあええじゃろう。」
「お爺様。」
「ん?」
「どうすればフユトさんと同じ時間を過ごす事ができるのでしょうか?」
「……今のわしにもそれは分からぬ。ただ、いつでも篝の相談にはのろう。約束する。」
「ありがとうございます。」
「して篝。」
「なんでしょうか?」
「早坂君とはどこまでいったのかの?もうチューはしたかの?」
優しい笑みで冗談っぽく言う。
「ふぇっ!?」
「い、いえ、その……キスは……はい。す、済ませました。」
顔が暑い。
耳まで赤くなっていくのが自分でも分かる。
「ほっほっほ。若いのぉ。」
「もう!お爺様ったら!」
「いいんじゃいいんじゃ。篝も年頃の女の子じゃ。青春は楽しんだもの勝ちじゃ。」
「……もう。」
「さて、長く引き留めてしまったの。もうお屋敷に戻りなさい。今日の事は言及しないように指示してある。花音や秋伸君から今日は何も言われないだろう。ゆっくり休んで、明日みんなに説明してあげなさい。」
「はい。ご配慮感謝します。」
「ふむ。おやすみ、篝。わしはもう少し、この景色を楽しむとするよ。」
「はい。ありがとうございました。おやすみなさい。」
「うむ。」
私は立ち上がり一礼してお屋敷へと足を向ける。
「篝。」
背後から呼び止められる。
「近々、篝には試練が訪れるじゃろう。自分の信じる道を見失うでないぞ?」
「え?はい。」
どういうことだろう?
それだけ言うとお爺様は立ち上がり、庭の中心の咲く大きなお花のほうへ歩いて行った。
「……。」
お爺さまはどうしてフユトさんと同じ時間にいられるのだろう?
なぜ、私と時間軸は同じなのだろう?
もしかしたら、お爺様が本来の時間に戻してくれるんじゃないかと心のどこかで感じていた。
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「篝ちゃん、ちょっと時間がかかったようね。」
「ごめんね廻。お待たせ。」
「それじゃ行きましょうか。」
廻は何も聞いてこない。
「廻、何も聞かないの?」
「……聞いてほしくない顔をしてるわよ?」
「ありがと。」
「落ち着いたらお話しするから、ごめんね廻。」
「いいのよ。気にしないで。」
「篝!」
お母様が出迎えてくれて私を抱きしめる。
「大丈夫だった篝?平気?」
「……はい。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
「いいのよ。気にしないで。今日はゆっくり休むといいわ。」
「はい。」
お母様と一緒にお屋敷に入り、いつものように自室へと戻る。
もちろん廻も一緒。
「ふぁぁぁぁぁ。疲れたぁぁ。」
いつものモフモフクッションを抱きしめて寝そべる廻。
「廻は何が起きてもいつものルーティーンなのね。」
「そうよぉ。篝ちゃんが無事な限り、この日課は続くのよ。」
「もう。廻らしいわね。」
「でしょう?それが私なの。」
ごろごろと転がる。
「制服、シワになっちゃうわよ?」
「いいのよ。」
「もう。」
とりあえずシャワーを浴びたくて、私はモフモフクッションを抱きしめる廻を放っておいて自室にある簡易浴室へと向かった。




