第86話
【視点変更:水無月篝】
シャワーを浴び、部屋着に着替える。
スマートフォンを確認する。
着信は無し。
メッセージ類も受信していない。
「……フユトさん。」
今日の面会を思い出す。
早く声が聞きたい。他愛ない話をして、笑顔が見たい。
思いは募るばかり。
しばらくそんな考え事をしつつ、時計を見上げると夕食の時間が近づいていた。
コンコン。
「はい。」
「篝ちゃん、そろそろ行くわよ?」
廻だった。
「うん。」
お互い会話は無い。お屋敷の通路は誰がどこで話を聞いているか分からないので余計な会話をしないのが暗黙のルールだ。
食堂に着くと、テーブルには配膳の準備がされている。
それぞれ定位置に着席する。
そのまましばらく待ち、お母様とお父様が食堂へと顔を出す。
「やあ、篝。」
お父様が軽く手を上げる。
「おかえりなさいませ、お父様。」
「ただいま。篝もおかえり。」
「はい。ただいまです。」
それから配膳担当の人がご飯を準備する。
「食事をしながらで悪いけど、今日は病院に行ったそうだね?」
お父様の耳にも入っているようだ。
「はい。勝手に訪問してしまい、ご迷惑をおかけしました。」
「どこか悪いのか?」
「いえ、私の体のことではなく、お見舞いに伺いました。」
「お見舞い?」
「はい。私の……その…大切な人が入院しておりますので。」
「え?大切な人って言うと?」
「……その、それは……恋人です。」
「は!?」
お父様が立ち上がる。
「秋伸さん、行儀が悪いわ。」
お母様が着席を促す。
「あ、ごめん。いや、なんだ、篝って、か、彼氏……居たのか?」
「……はい。」
「マジかよ……。花音、お前知ってたか?」
「私も知らなかったわ。」
「それで篝、その人とはどこまでいったんだ?」
「え?どこまでと言いますと?」
「だから、その、恋人らしい事はしたかって意味だ。」
「え!?」
そこまで聞いてくるの?と内心驚くけど、お父様は相当動揺しているようだ。
「秋伸さん。篝のプライバシーもあるんだから、そこまで聞かないの。」
「くっ。篝、お前はまだ学生だ。学生らしい……その…お付き合いをしなさい。」
「はい。」
「でも、入院ということは彼はどこか体でも悪いのか?」
「はい。事故に遭い、意識が戻らないようなのです。」
「……そうか。」
「でもな篝。物事には手順というものがある。気持ちは分かるけど、今日みたいな衝動的な行動は控えるようにね。」
「はい。申し訳ありませんでした。」
「それに廻。」
お父様が廻に視線を移す。
「はい。」
廻は立ち上がり、頭を伏せる。
「君も、篝の事はあまり甘やかさないように、時には厳しく、優しくで頼むよ。」
「はい。申し訳ございません。以後留意いたします。」
「うん。頼むよ。」
「それじゃ、食事を楽しもうか。」
思ったより叱られることもなく、ちょっと安心した。
■■■■■
食事を終え、私は廻と一緒に部屋に戻る。
「あ~。疲れたぁぁぁぁ。」
廻は何度目かの同じセリフを吐き、モフモフクッションを抱きしめて寝転がる。
「思ったより怒られなくてよかったね。」
「……そうね。ほんと勘弁してよ篝ちゃん。」
「ごめんって。」
「ま、愛の力ってやつ?」
「ちょっ、何言ってるのよ!」
「自分の親に彼氏を紹介するなんて、篝ちゃんって恋愛には大胆なタイプよね。」
「うるさいわよ。」
「でも、反対しなかったわね。」
「……うん。」
水無月家は男系しか家を継ぐことができない。でも、水無月の血をどちらかが持っていれば問題はない。
今の水無月家は当主がお父様になっているけど、実際水無月の血をひいているのはお母様のほうだ。
それに、お父様自身は高貴な身分ではなく一般民だったそうだ。
「お父様は、高貴な身分ではないから何も言えないのかも。」
「秋伸様って確か一般市民だったわね。」
「うん。だから、私にもチャンスは……あるのかな?」
「……愛よ。」
「もう!私は真剣なのに!」
「あはは。ごめんごめん。あとは早く目覚めてもらうだけね。」
「うん。」
こればかりは時間を待つしかない。
「あ、篝ちゃんごめん、ちょっと電話。」
そういうと部屋を出て行こうとする。
「モトキさん?」
「う、うるさいわよ!」
そのまま部屋を出て行く。
廻、顔が真っ赤だった。
……。
今のところ、お爺様が唯一事情を知る一人。
とりあえず明日はもう一度お見舞いに行ったあと、お爺様ともお話しがしたい。
私は立ち上がり、鏡の前に立つ。
フユトさん。私はいつでもあなたのことを思い、願っています。
必ずもう一度、あの時みたいな時間を取り戻してみせます。
待っていてください。




