第84話
「篝が生きる時間とお前さんが生きる時間は違う。」
「え?」
「わしは篝とお前さんと同じ時間軸に生きておる。」
「あの、どういう意味なんでしょうか?」
「篝の時間ではお前さんは意識不明で眠っておる。お前さんの時間では篝は行方不明になっておる。お互いがすれ違っておるのじゃよ。」
「……。」
なぜそんな事に?
それに、現実的にそんなことって起きるのか?
「翁さん、それって現実的に起こりうることなんですか?」
「この街には、人ならざる者が存在する。知っておるか?」
「……分かりません。」
「代々水無月家は創造主と名乗る人ならざる者と深くかかわりを持ってきた家系なんじゃよ。」
「だが、時に心を惑わす創造主もおる。」
「心を惑わす?」
「そうじゃ。篝とお前さんも、きっと創造主の何かでお互い引き裂かれておるのじゃろう。」
「今回の創造主は水無月家の事をよく思ってないようじゃな。わしの知っている創造主は水無月家には常に友好的で協力的な者が多かった。」
「つまり、水無月家を陥れようとしているということですか?」
「分からぬ。本来わしがでしゃばってここまで話すのは筋違いな事じゃし、危険でもあるのだが……。」
「わしは、篝が好きなんじゃよ。あの子には花音同様幸せになってもらいたい。それだけが願いじゃ。」
「……翁さん。」
「篝が悲しい顔をするんじゃよ。お前さんの事を想い、心を痛めておる。わしはそれを見ていられぬ。」
「だが、わしがすべてを篝に話すことはできん。篝には自分の意思で、自分の未来を切り開く力も養わなければいかん。」
「篝は将来、この水無月を背負う者。心弱きままではいかんのじゃ。」
「だが、お前さんは今は早坂の姓を名乗る者。水無月と関係がないからこそ語れるのじゃよ。」
「そう、❝今は❞の。ほっほっほ。」
「は、恥ずかしいからやめてくださいよ、もう!」
顔が赤くなるのを感じる。翁さんは僕と篝さんの、その、け、結婚には賛成してくれていると思っていいのかな?
でも、それは怖くて聞けない。聞けるはずもない。
「早坂冬登君。」
急に翁さんが僕のフルネームを呼ぶ。
「篝を……わしの愛する孫を……救ってやってくれぬか?」
「篝は今時間の迷路に迷子になっておる。どうか、お前さんがその篝の手を掴んでやってはくれまいか?」
「具体的にはどうすれば?」
「それはわしにも今は分からぬ。だが、協力はしよう。わしはいつでも君の相談に乗ると約束しよう。」
「ありがとうございます。」
そして僕は確認する。
「翁さん、ひとつ確認したいのですが、翁さんは毎日篝さんの時間軸で篝さんと会っていると認識していていいですか?」
「ああ。篝はいつも屋敷で生活しておるし、学園にも通っておる。」
それを聞いて安心する。無事のようだ。
「だが、時間が戻っていても同じ時間を繰り返しているわけではない。この力の意味がわしにも分からぬのじゃ。」
「普通、未来から過去に戻るということは、また同じ出来事を繰り返すのが普通じゃ。今回はその概念が存在しない。」
「……難しいですね。」
「ああ。今回はちょっと厄介かもしれぬな。」
篝さん。きっと今も、寂しく学園生活を送っているに違いない。
僕は急に篝さんが愛おしくてたまらなくなった。
顔を見たい。
声が聞きたい。
……声?
「翁さん、ちょっと失礼します。」
僕は目が覚めてからまったく触っていなかったスマートフォンを手に取る。
【着信通知 1件】
「着信!?」
僕は履歴画面を開く。
【エラー!電話アプリは正常に動作していません。メーカーにお問い合わせください。】
そんなエラーを表示してアプリが落ちてしまう。
「くそっ!」
「電話帳でも見ようとしたのかの?」
「はい。僕は篝さんと電話番号を交換しています。ひょっとしたらその番号に電話すれば通じるのではないかと思ったのですが。」
「どうかしたのか?」
「はい。電話機能のアプリケーションがエラーで起動しません。何度試しても起動しないので電話帳と通話機能が使えません。」
「ではなぜ、着信通知はしておるのかの?」
「……確かに。」
アプリケーションがエラーで機能していないのに、どうして着信通知をしているのか?
エラーが起きる前に着信したのだろうか?
アプリケーションが開けないので着信時間も分からない。
「ふりだしじゃの。まぁ、そう焦ることもない。」
「はい。」
「ところで体の具合はどうじゃ?」
「はい。もう平気です。ありがとうございます。」
「そうかそうか。体が一番の資産じゃ。大切にしなさい。」
「はい。ありがとうございます。」
「ほかに何か聞きたいことはないかの?」
「あの、篝さんに会ったら伝えてくれませんか?」
「おお、伝言ということか?」
「はい。翁さんが僕と篝さんと同じ時間を生きているのなら、きっと伝えられると思うんです。」
「そうかもしれぬな。申してみい。」
「はい。必ず迎えに行くから、待っていてと伝えてください。」
「分かった。篝に会えたら、そう伝えておこう。」
「お願いします。」
「他になにかあるかの?」
「いえ、今はこのくらいです。ちょっと頭の整理もしたいので。」
「そうか。ではわしはそろそろおいとまさせてもらう。お大事にな。」
「はい。わざわざお越しくださってありがとうございます。」
「うむ。では。」
翁さんは病室を出て行き、花音さんが扉から顔を出す。
「ちょっとお爺様をお見送りしたらまた来るわね。」
「はい。」
僕は素直に返事をしてベッドに横になる。
篝さんは無事だということがわかって安心はできた。
でも、一体どうすれば篝さんと再び同じ時間で再会できるのかが全く分からない。
頼るべきものすらも分からない。
頭を巡らせても、それに行きつく人物もいない。
やはり、唯一、翁さんだけが頼りということになる。
一体誰がこんなことをしたのか?
人ならざる者とは誰のことなのか?
こういう時、相坂さんなら行動力がすごくありそうだよな。
ふと相坂さんの事を思い出す。
ん?
待てよ?
モトキは相坂さんのスマートフォンを持っていなかったか?
確か、思い出の画像を見ていたはずだ。
そのスマートフォンにはきっと篝さんの電話番号が入っているはずだ。
まずはモトキに会う必要がある。
電話機能が使えない今、モトキの電話番号すら分からないし、知っていても電話することもできない。
少しの間でも病院を抜けられないだろうか?
本当はモトキがお見舞いに来てくれていればいいんだけど、きっとまだ僕が目覚めたという連絡は届いていないだろう。
「花音さんに頼んでみるか。」
まずはやるべきことを確実にやっていってみよう。
待っていて、篝さん!




