第83話
「んっ……。」
目を覚ます。
僕はそのまま視線を隣に移す。
花音さんはいない。
体調に異常はない。
「篝さん……。」
篝さんの声が聞きたい。顔が見たい。
「はぁ。」
ガラガラ。
入口の扉がゆっくりと静かに開かれる。
「あら?起きてたのね?」
「花音さん、おはようございます。」
「おはよう、早坂君。」
篝さんが大人の女性になったら、きっとこんな雰囲気なんだろうなぁ。
「あら?私の顔に何かついてる?」
「いえ!すみません!なんでもないです。」
「そう?それと大変申し訳ないんだけど。」
「なんですか?」
「今日、お爺様も早坂君のお見舞いに来るそうなの。あまり時間は取らせないようにするから、ちょっとだけ会ってもらえない?」
「え!?お爺様っていうことは!?」
ということは、水無月の現在最高位に居る人じゃないか!
「私の父よ。どうしても一度お見舞いをしたいって言い始めて。とても珍しいことなのよ。私からもお願いするわ。」
「……はい。僕なんかの為に逆に申し訳ないです。」
「今日の10時くらいだけどいい?」
「はい。」
「よかった。ありがとう。」
「それと、早坂君には前もって言っておくけど、お爺様って時々おかしな事を言うの。もし意味が分からない時は適当に愛想笑いしてくれればいいから。」
「おかしな事ですか?」
「ええ。それは直接話せばわかるわ。」
「……。」
「それより、気分はどう?」
「はい、平気です。」
「よく眠れた?」
「はい。」
「早坂君ったら、夜中に寝ぼけて「篝…」って言いながら私に抱き付いてきたのよ。男の子ね、ふふっ。」
「え!?マジですか!?本当にすみません!!!」
全然覚えてない。彼女の母親になんてことしてるんだよ僕!
「あの子の事を好きになってくれてありがとう。」
とても素敵な微笑みだった。
「……そ、そんな。僕なんかに好きと言ってもらえて逆にこっちがありがとうございます!」
「そんなことないわ。それじゃ、ちょっと私は一度お屋敷に帰るわね。また10時くらいに会いましょう。」
「はい。ありがとうございます。」
花音さんが病室を後にする。
それにしても、お爺様って……。
今まさに篝さんと交際することの意味を思い知らされた気がする。
■■■■■■
9時45分。
あと15分という頃に、花音さんが再び病室へやってくる。
「ごきげんよう、早坂君。」
「どうも。」
物凄く緊張している。
「あまり緊張しなくていいわ。もうご隠居の身だから。」
「そう言われても、最高位の方ですからね。」
「まぁ、そう固くならずに。篝のおじいちゃんだと思って。」
「は、はい。」
9時55分。病室にノックの音が響く。
「きっとお爺様よ。準備はいいかしら?」
「は、はい。」
「どうぞ。」
ゆっくりと開かれた扉には、護衛と思われる黒いスーツの男の人数人とシルクハットを被った老人が真ん中に立っていた。
きっと、この人がお爺様だろう。
「お前たちは廊下で待機せよ。」
周囲の護衛は無言で一礼し、室内へと入ってこない。
お爺様がその扉を閉める。
「君が早坂君じゃの?」
「はい。」
お爺様はシルクハットを脱ぎ、軽く一礼する。僕もそれに習って一礼する。
「わしは水無月翁。今は隠居生活を送る、ただの老人じゃ。」
「早坂冬登です。」
「君の話は篝から聞いておるよ。ようやく目が覚めたようじゃな。」
「ようやくと申しますと?」
「篝が昨日、お前さんが病室で眠ったままだと落ち込んでおったのでな。」
「え!?」
「お爺様!篝は今、行方が分からないと申したではありませんか。」
「いや、わしは昨日屋敷で篝と会ったぞ。早坂君は自分の事を覚えていてくれているのかと悩んでおった。」
「翁さんとお呼びすればいいでしょうか?」
さすがにお爺様と呼ぶのはちょっと抵抗がある。
「好きに呼ぶがよい。」
「では翁さん。昨日篝さんに会ったというのはどういうことですか?」
「篝は学園から帰ってきてな。病院にお前さんのお見舞いに行ったと言っておったぞ?」
「え?」
昨日?
どいうことだろう?
「翁さん、篝さんは一人で僕のお見舞いに来たんですか?」
「いや、廻も一緒だと思うが?」
「え?」
相坂さんが?どういうことだ?
これがさっき花音さんが言っていた「おかしな事を言う」という意味だろうか?
「翁さん。どうやったら篝さんに会えますか?」
すると翁さんは軽く咳払いをする。
「花音、席を外しなさい。」
「え?あ、はい。」
素直に指示に従い、花音さんは病室を出て行った。
「篝は、今もちゃんと何事も無く生きておるよ。」
「え?」
「早坂君。今何時かの?」
「え?えっと、10時5分ですが?」
「篝も今、10時5分という時間を生きておる。だだ……。」
「ただ?」
「お前さんよりも数週間遅れた10時5分じゃ。」
「え?」
僕より遅れている10時5分?
わけがわからない。
「あの、僕には理解できないので分かるように例えも含めて説明してもらえると助かります。すみません。」
「ほっほっほ。無理もない。君が納得するまでゆっくりと説明しよう。」
翁さんは丸椅子に腰かける。
「わしも歳じゃの。座っていないと辛い。失礼を許しておくれ。」
「いえいえ!ご配慮が足りずすみません!」
「では、語るとしようかの。」
「お願いします。」
一体翁さんからどんな会話が飛び出るのか。
僕はさっきとは違う緊張を感じていた。




