第82話
【視点変更:早坂冬登】
「か、篝……さん、に、逃げて。」
アイリさんに抱き付かれたと同時に、腹部の強烈な熱さを感じる。
それが次第に痛みへと変わり、耳鳴りが鳴り始め、眩暈を感じた時には床に倒れていた。
「フユトさん!!!」
篝さんが僕の側で叫んでいる。
「嘘!?しっかりして!フユトさん!!」
立ち上がりたくても、立ち上がれない。
もう体に力が入らない。
「か、篝……さん、に、逃げて。」
「いやっ!」
「次は彼女の番だよぉ?覚悟はできたぁ?」
アイリさんが今度は篝さんへと牙を向ける。
ダメだ!
ドクン。
大きな鼓動を感じると同時に、僕の意識は完全になくなった。
最後に感じた鼓動の意味は分からない。
■■■■■■
目を開ける。
白い天井。
意識がぼんやりする。
ここが病院だと気付いたころに、ようやく頭が覚醒してくる。
僕は点滴を打たれていない手のほうで酸素マスクを外す。
「また病院かよ。」
僕は自虐的に声に出す。
周りを見渡す。
ここは個室のようだ。
?
ベッド越しに誰かいる。
僕は視線を向けると、そこには花音さんが丸椅子に座ってベッドに伏せながら寝ていた。
「え!?花音さん!?」
僕は驚きの声を上げると、花音さんがその声で目を覚ます。
「あ……。目が、覚めたのね!」
花音さんがセンターコールボタンを押す。
「はい、メディカルステーションです。」
ベッド脇のスピーカーから返答が瞬時に来る。
「水無月です。早坂さんが目を覚ましました。対応お願いします。」
「お待ちください。」
「早坂君、平気?」
「……はい。まだ頭はぼんやりしていますが。」
「とりあえず酸素マスクはまだ付けていて。お医者様が今来ますから。」
それから5分もしない内に医師が来て、軽く診察をして酸素マスクは取り外された。
僕は気になっていたことを聞いてみる。
「あの花音さん、なぜここに?」
「……この度は、篝のことで本当に迷惑をかけてしまってごめんなさい。」
深く頭を下げる。
「篝さんは?篝さんは無事ですか!?」
「あの子は現在、行方不明で警察で捜索していただいている最中よ。」
「行方……不明?」
「はい。教室で早坂君が血まみれで倒れていて、篝はいなかったそうよ。変わりに、あの子の血まみれの制服の上着だけが残っていたみたいで。」
「そんな!」
篝さんは……どうなったんだ?
「犯人はまだ見つかっていないわ。」
「え!?」
「……目が覚めたばかりで申し訳ないけど、何か覚えていることはない?」
僕は記憶をたどる。
「……思い出せない?」
実際に怪我をした時の事を覚えているけど、なぜか『誰に刺されたのか』が思い出せない。
その部分だけ綺麗に消えている。
「……そう。」
花音さんは僕の髪を撫でる。
「ありがとう。今日はゆっくり休みなさい。私もここに居てあげるから。」
「それは申し訳ないので平気です。」
「いいのよ。こういう時は甘えるといいわ。ご両親、居ないんでしょう?」
「……はい。」
花音さんと話していると、篝さんがそばにいてくれるような錯覚に陥る。
花音さんの娘だから、当たり前と言えば当たり前なんだけど。
「大変だったわね。」
優しく、小さな声で、僕をあやすように声をかけてくれる。それが心地い。
自分の娘が行方不明なのに、気丈にふるまう花音さん。
「退院したら、しばらくは一緒にお屋敷で過ごしてほしいの。」
「え?」
「早坂君は無事だったとはいえ、犯人が見つからない以上、そのまま退院して日常生活に戻るのは危ないでしょう?」
「それはそうなんですが、水無月のお家にお邪魔するわけには。」
「いいのよ。篝の彼氏……なんでしょう?」
「そ、それは……はい。」
「だったらおいでなさい?」
「ありがとうございます。」
花音さんの話術は一枚上手のようだ。
「僕は……篝さんを守れませんでした。本当にすみません。」
「……謝らないで。非常事態では自分自身の防衛が最優先事項になるのよ。」
「だけど、僕は篝さんをかばったのに、そのまま意識を失くしてしまうなんて…情けなくて。」
「ありがとう。命を懸けてあの子を助けてくれて。」
「でも!」
すると花音さんの人差し指が僕の唇に触れる。
「続きは篝が見つかってから聞くわ。」
篝さんはどこへ消えてしまったのか?
犯人に連れ去られた可能性が今のところ一番高い。
今どうしているんだろう。
「僕、篝さんを探します。」
「それは警察のお仕事よ。」
「でも!僕だからこそ分かることだってあると思うんです!」
「早坂君、勇気と無謀は違うわ。」
「……え?」
「今の早坂君の決意は勇気でもなんでもない。ただの無謀よ。」
「……。」
「それに、手がかりはあるの?」
「……ないです。」
「だったら、今は自分の体を治す事だけを考えなさい。」
「……確かに、篝は今の状況だと女の子としては非常に危険な状況にあると思う。」
「花音さん……。」
「でも、篝はもう年頃の女の子だから。きっと、あの子は無事に危機を回避する為にがんばってると思うわ。」
一体何の事を言っているのかはよく分からないけど、花音さんは篝さんを信じている。
だったら僕も……。
「分かりました。僕も篝さんを信じます。」
「ありがとう、早坂君。」
「それにしても、篝も結構男の子を見る目があるわね。」
「え?」
「こんなにも誠実な男の子を見つけるなんてね。ふふっ。」
笑い方が篝さんにそっくりだ。
上品な笑い方。
「そんなことありませんよ。」
「謙遜しなくていいのよ。早坂君はちょっと秋伸さんに似てるところがあるわ。」
「前にそんな話を聞いたことがあるような気がします。」
「ご両親が居なくて、寂しい?」
「え?いえ、もう慣れましたよ。」
すると花音さんがベッドに入ってくる。
「今日は私がお母さんの変わりを務めてあげる。」
「え!?いいですよ!!恥ずかしいですから!」
「いいのよ。甘えられる時は甘える。男の子も、そういう時間は大切よ?」
「……ありがとうございます。」
心地い。
僕は、頭を撫でられる心地よさと、不思議な安心感に包まれ再び夢の世界へとおちた。




