第80話
お屋敷に到着。
車から降りて中庭を歩いているとお爺様が一人椅子に腰かけていた。
そこは綺麗な花々が咲く、お爺様の特等席で誰もそこに座っている間は声をかけない暗黙のルールがある。
「やあ篝、廻、おかえり。」
「ただいま戻りましたお爺様。」
お爺様がお花を眺めているときに誰かに声をかけることはほとんどない。私は内心では驚きを隠せなかった。
「翁様、ただいま戻りました。」
「うむ。今日も無事に戻って何よりじゃ。」
「ありがとうございます。」
「して篝、今日は何やら病院に行ったと報告があったが?」
「申し訳ありません。」
私は深く頭を下げる。
「なんじゃ?跡継ぎでもできたのか?」
「いえ!決してそういう事ではなく、お見舞いに伺ったまでです!私自身の事ではありません!」
……え?
私はあることに気が付いてお爺様を見つめる。
するとお爺様はウィンクする。
もしかして、私が未来から戻って来たことに気付いている?
跡継ぎができたかと問うと言うことは、フユトさんとお付き合いしているのを知っている証拠だ。
でも、この世界でそれを知っている人は存在しないはずだ。
「篝。お前も人ならざる者に会ったということか?」
「人ならざる者ですか?」
きっと創造主の事だと思う。
「ああ。花音もそうじゃったぞ。人ならず者に会い、様々な時間を経験してきた一人だ。」
「……お母様が?」
「うむ。水無月家は代々人ならざる者と関係を持つ者が多くてな。水無月が今の権力を維持しながら繁栄しているのはそのおかげだと言われておる。」
「ただな、篝。」
お爺様がゆっくりと私を見つめる。
「人ならず者は、時に心を惑わす。その誘惑に負けぬように、自分が決して曲げることの出ない鮮明な意思を持つことが大事じゃぞ。」
「鮮明な意思……ですか?」
「ああ。鮮明な意思とは、分かりやすく言うと、誰が何を言おうと決して譲れないものとでも言っておこうか。」
「決して譲れないもの。」
「篝は花音と同じ香りがするわい。花音も今を生きながら、別の時間を生きてきたような不思議な香りを学生時代に持ち始めてな。」
「ツーイーという飛空型電車は知っておろう?」
「はい。」
電磁波の反動力を利用したという世界で初めて宙を浮いて走る電車のことくらいしか知識はない。
「あの初試運転の日、花音と秋伸君はそのツーイーに乗っておったのじゃよ。」
「それで、最悪な事に事故で大破してしまった。その時、秋伸君が伸ばした左手。その手は花音の腕を確かに掴んだそうじゃ。」
「初めて伺いました。」
「ほう?篝には話しておらんかったか?」
「はい。」
「秋伸君がもしあの時、左手を伸ばしておらんかったら花音はこの世にはおらん。死んでいたと言われた。」
「!」
「秋伸君は……自分の命も危うい状況で、花音を助けるという行動に出た。そこから二人は次第に心惹かれ合い、今に至っておる。」
「そんな過去があったのですね。」
「ああ。わしは当初、一般民と花音が結婚する事は反対だったのじゃよ。でもな、その件があってから身分という壁を低くして、本当に娘が共に生きたいと願う者と一緒にさせてみようと思ったんじゃ。」
「篝……お前も、花音と同じ道を歩んでおるのか?」
「……どうでしょうか?まだ分かりません。」
「早坂君の事は秋伸君から報告をもらっておる。何も隠さなくてええんじゃよ。」
「!!!」
お爺様が確かに発した一言。
確信した。お爺様は私と同じで、未来を知っている。つまり時間移動してきたことを知っている。
「私は……フユトさんの事が好きです。それに嘘はありません。」
「そうか。」
「ですが、今、この時間に彼の記憶があるのか分かりません。不安で仕方ないのです。」
「篝、早坂君を信じなさい。」
「え?」
「篝が生きている時間は本物じゃ。例え、進んでも戻っても、お前はお前なんじゃよ。その記憶を信じて、彼と接してみなさい。」
「……。」
「ただ、ひとつ気を付けることじゃ。」
するとお爺様は私の頭に手を伸ばし、頭を軽く撫でる。
「何かを得るには、何かを失うという選択肢も必ず存在する。秋伸君は花音を選んだと同時に幼馴染みの女の子を失ったんじゃよ。」
「それは、幼馴染みの方もお父様の事を好きだったということですか?」
「そこまでは分からんが、あの事故で秋伸君が選んだのは花音じゃった。その事で幼馴染みの女の子は……事故の犠牲になった。」
「え!?」
「でもな、花音は確かにその幼馴染みの女の子と別の時間軸で再会し、委ねられたと聞いた。」
「秋伸君の事を、よろしく頼むと、確かに言われたそうじゃ。」
「……。」
別の時間軸。お母様も私みたいに時間が戻ったりしたことがあるということらしい。
「篝。時間の事はわしとお前だけの秘密としておこう。」
「……はい。」
素直に従う。
「廻、おぬしも他言無用で頼むぞ。」
「かしこまりました。」
「うむ。」
「篝、そろそろ花音が待っておるじゃろう。もう行きなさい。お説教の時間は長かもしれんぞ?」
「……はい。ありがとうございます、お爺様。」
「翁様、貴重なお時間ありがとうございます。」
「お前たちは少し堅苦しいのぉ。少し寂しいわい。」
そういうと、お爺様が私のお尻をポンっと優しく叩く。
「もう、お爺様ったら。ふふっ。」
「ほほほ。篝には笑顔が似合っておる。ほれ、もう行きなさい。」
「はい。ではおやすみなさい。」
お爺様は私たちと同じお屋敷に住んでいるけど、生活する場所が違い、ほとんど会うことはない。
お婆様が亡くなってから、一人離れで生活している。
お爺様と別れ、エントランスへ向かう。
「篝ちゃん、情報が届くの早いわね。」
「そうだね。お見舞いがこんなにあっさり伝わってるんだものね。」
「お説教って言ってたわね。」
「そうね。水無月の娘が勝手に一般の病院に行ったんだからね。当然だと思う。」
「……安心して。私も居るから。」
「うん。」
私と廻は手を繋ぎ、これから怒られるであろう時間へと向かって歩み出した。
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「ただいま帰りました。」
私はエントランスで待ち構えていたお母様に深く頭を下げる。
「おかえりなさい篝、廻ちゃんも。」
「ただいま戻りました、花音様。」
「なんで私がここに居るのか、わかっているわね?」
「……はい。」
「何か言うことはある?」
「私の勝手な行動でご迷惑をおかけしました。ごめんなさい。」
「この責任は、私、相坂廻にもあります。お叱りは私も共に受ける覚悟です。」
廻も頭を下げる。
「……大事な用事だったの?」
「はい。」
私は顔を上げ、お母様の目をまっすぐに見つめる。
誠意を見せる。
「……そう。次からはちゃんと事前に私かお父様にお話ししてね。今後もまたお見舞いには行くの?」
「そのつもりです。」
「だったらあちらの病院にはお話ししておくわ。ちゃんと事前に院長先生に連絡を入れてから行きなさい。これが番号よ。」
病院長の直通電話の番号を書いた紙を渡される。
「……ありがとうございます。それと、お叱りになられないのですか?」
「篝は私に怒ってほしいの?」
「いえ、決してそういうことはありませんが。」
「さ、早く着替えてらっしゃい。疲れたでしょう?」
「ありがとうござます、お母様。」
「いいのよ。私は篝の味方だから。何も心配しなくていいのよ。」
「お母様。」
「ほら、廻ちゃんも、これからはあまり娘を過保護にし過ぎないように監視してあげてね。」
「かしこまりました。」
ほとんど怒られることはなく、私と廻は少し拍子抜けした感じで自室へと戻ったのだった。




