第76話
夜。
自室で明日の予習をしつつも、私は再びスマートフォンを手に取っていた。
何度検索しても電話帳にフユトさんのデータがない。
これはなぜだろう?
「うーん、分からないよー。」
誰もいないので気にもせず髪をくしゃくしゃっとかき混ぜる。
「はぁ。」
私は机から立ち上がり、ベッドに大の字で寝そべる。
「フユトさん、どこに行っちゃったの?」
右手を上に高く上げる。
「会いたい。」
今まで声を聞きたい時は電話ができていたのに、急にその手段を失うとどうしていいのか分からなくなる。
「電話が無い時代の人ってどうやって連絡を取っていたのかな?」
横に置いてある抱き枕を思いきり抱きしめる。
強く、強く。
「フユトさん。」
「重症ね。」
「ふぇっ!?」
私は驚いて起き上がる。
「め、廻!?いつ来たの!?」
「え?さっきから居たけど?ノックしても反応が無いから入っちゃった。」
そういうと廻はいつものお気に入りのモフモフのクッションを抱きしめてカーペットに寝そべる。
「い、いいいいいいつから聞いてたの!?」
耳が暑い。絶対私、顔が赤くなっている。
「えー?んーとね、フユトさん、どこに行っちゃたのーってところくらいから。」
「ほとんど最初じゃないの!?勝手に入らないでよ!」
「ノックしたわよ。」
「返事してから入ってよ!もう!」
「あー、このモフモフ最高だわぁ。」
モフモフに癒されている廻。
「篝ちゃんさー。」
「何よ?」
「フユトさーん!」
冗談めいて私の真似をした廻が私の上に覆いかぶさってくる。
「きゃっ!もう!何よー!」
「よしよし。」
頭を撫でる廻。
「もう。」
「そのフユトっていう人のデータ、残ってないの?」
「うん。」
なんか、廻は過去で「早坂」って呼んでいたから、名前で呼ばれるのは抵抗があった。
「廻。」
「ん?」
「廻はフユトさんのことは「早坂」って呼んでほしい。」
「何?嫉妬?」
「ち、違うわよ!前は早坂って呼んでたから違和感があるの!」
「ふーん。」
「な、なによ?」
「そういうことにしておいてあげる。」
覚えてなさいよ。
「でも、なんでフユトさんに関するデータだけ消えているんだろう?」
「簡単よ。この世界にフ……早坂が居ないからよ。」
「何で居ないって言いきれるの?」
「篝ちゃんは、生まれる前、この世界に居なかったでしょ?」
「え?う、うん。」
「それと同じよ。」
「でもまだモトキさんとお友達になれていないから、フユトさんの情報が聞き出せない。」
フユトさんとモトキさんは幼馴染。その事実は今の時間ではどうなっているんだろう?
「明日、お昼誘う?」
「廻が誘ってよね。」
「な、なんで私!?」
「好きなんでしょ?」
「え?何言ってんのよ!」
「廻、可愛い。」
「う、うるさいわね!」
私はもう一度スマートフォンを見る。
「あ。」
それは突如閃いた。
「通話履歴に、フユトさんの番号があるかもしれない。」
私は通話履歴を開く。
私の電話は過去30件まで記録する。そこからは古い順に上書きされていく仕組みだ。
「……。」
ひとつひとつ履歴を見る。
ほとんどが廻なんだけど。
「あれ?」
電話帳にデータの無い電話番号が1件だけ残っている。
「この番号だけ名前表示がない。」
「篝ちゃん、もしかしてこの番号が早坂なんじゃ?」
私は番号をタップして通話を開始する。
呼び出し音が鳴る。
私は鼓動が高まる。
しかし、呼び出し音が鳴るだけで相手は電話に出なかった。
「はぁ。そうだよね。こんなんで連絡が取れてたら、もう再会できてるよね。」
私はスマートフォンを枕元にポイっと優しく投げる。
「焦らずいきましょ?」
「うん。」
廻は起き上がると、モフモフのクッションを再び抱きしめる。
「篝ちゃんって、恋愛には積極的なのね?」
「そ、そうかな?」
「そうよ。誰かの為にここまでする篝ちゃんははじめて見るわ。」
「……どうしても会いたい人なの。」
「篝ちゃんも女の子なのね。」
「当たり前じゃない。」
「ふふっ。そういう意味じゃないわ。」
「?」
「なんでもない。それじゃ、そろそろ私は寝るわ。おやすみ、篝ちゃん。」
「うん。おやすみ。」
部屋を出て行く廻。
この番号はフユトさんの可能性もあるので、電話帳に「フユトさん(仮)」と登録しておいた。
明日、モトキさんに会ったらフユトさんの事を聞かないといけない。
それと、アイリさん。
あの人とは極力関わらないようにしないといけない。
フユトさんを探すのは大事だけど、廻も守らないといけない。
「あ。」
廻が抱いていたモフモフのクッションがなくなっていた。
「こっそり持っていったのね。」
今日の来室も、これが本当の目的だったのね。
廻らしいといえば廻らしい。
言えば貸してあげるのに。
「あれ?」
以前はこんなイベントは存在していない。
同じ未来へ向けて進んでいるわけじゃない?
明日、私がクラス委員長に任命されなければ、確実に未来は変わっている。
なぜこのような状況なのか?
そして、これは誰の仕業なのか?
本来の時間はどこなのか?
もしかしたら私だけ、時間の迷子になっているのではないかと不安になる。
【願って篝ちゃん。】
あのクラスルームで聞いた廻の声。
【あなたが望む時間を、祈るのよ。時間が無い。】
私が望んだ時間。
あの時の廻の声。
もしかして、もう一度望む時間を祈れば、その時間にいけるという意味なのだろうか?
私は、フユトさんが居たあの日の初日の時間に戻るように祈る。
何も起こらない。
「はぁ。」
そんなに簡単ではないらしい。




