第68話
僕は意を決して屋上へと向かう。
心臓の鼓動が高まる。
屋上への階段を登り、出入り口の横には篝さんの側近の子がいた。
僕はあえて何も語らず屋上へ入る扉を開ける。
屋上を見渡す。
居た。
屋上のベンチで一人空を見上げている。
他に誰もいない。きっとあの側近の子が他の生徒をここに招いていないのだろう。
僕はゆっくりと歩き出す。
僕に気付いた篝さんはベンチから立ち上がる。
「遅くなって、ごめん。」
「いえ、呼び出してごめんなさい。」
別れ話だったら本当にどうしようと心配になって気持ちが焦る。
「あ、あの!篝さん!!」
「え?は、はい。」
突然の僕の大声に驚く篝さん。
「僕が何か気に障ることをしたのなら謝るよ!でも、僕はまだ篝さんの事が好きなんだ!大好きなんだよ!別れたくない!だから、話し合おう!」
「えっ!?」
「僕はまだ頼りないかもしれない!でも!僕は篝さんを守れるように強くなるよ!どんなに高い壁だって、乗り越えてみせる!僕を信じてくれないか!」
「えっ!?」
篝さんは顔を真っ赤にして「えっ!?」しか言わない。
僕は目を閉じる。
「あ、あの、フユトさん?」
「……は、はいっ!?」
緊張しすぎて声がひっくり返る。恥ずかしい。
「えっと……話がまだ見えないので説明してもらえますか?」
「え?篝さんは僕と別れようとしているんじゃないの?」
「えっ!?」
「違うの?」
「ち、違います!もし別れるというのなら私はここから今すぐに飛び降ります!!」
「いや、飛び降りないで。」
「わ、私は朝にお友達ですと言ってしまった件について弁解をしようと思ってお呼びしたのです!」
「え?そうだったの?」
急に僕がものすごく恥ずかしい事を言ってしまったのだと気付いて顔が熱くなった。
「実はお父様から、葵さんには二人の仲を話さないように言われています。」
「そ、そうだったんだ……。よ、よかったぁ。」
「本当にごめんなさい。」
「気にしないで!うん、よかった、本当に……。」
すると篝さんが僕の胸に顔をうずめる。
「……別れると思ったの?」
上目遣いで突然敬語の抜けた言葉に、心臓が飛び跳ねる勢いで鼓動を打つ。
「う、うん。ずっと……その、怖くて。」
「ごめんなさい。」
そういうと再び顔をうずめる。
僕はどうするか悩んだけど、篝さんを抱きしめることは控えておいた。
その、学園だし。
「ところで、あの側近の人、扉の前にずっと待機させているの?」
「……はい。私はいまいちあの子と相性がよくありません。」
篝さんが離れる。
「私の従者は、やはり廻しかありえません。」
「私と廻は本当に小さい頃からずっと一緒だったので、従者というよりもう家族に近い存在でした。」
そして篝さんは、今まで見たことのない悲しげな顔でこう言い放った。
「時間が……戻ればいいのに。」
僕はその一言に、胸騒ぎを覚える。
その理由は説明できないけど、よくない事が起きそうで不安になる。
「篝さん。」
「はい。」
僕と篝さんは向かい合い、見つめ合う。
「僕はいつでも篝さんを守る。だから、思いつめないで些細な事でもいいから僕に話してほしい。」
「……女の子には、絶対に口にできない秘密もあるんですよ。」
寂し気な笑みを浮かべる。
僕たちの前を桜の花びらが舞う。
どこから飛んできたのだろう?
「篝さん、何を……考えているの?」
「……どうしたんですか?急に。」
「だって篝さん……、泣いてるよ?」
「え?」
今気付いたといった感じで涙をぬぐう篝さん。
「廻に……会いたい。会いたくて、会いたくて、どうしようもなくて、どうにかなってしまいそうです。」
「篝さん。」
「廻の部屋に行くと、いつものように帰ってきそうなくらい、まだ生活感があって。廻の香りがして、廻が大好きなクッションやぬいぐるみがたくさんある。」
「でも、帰ってこない。」
篝さんの今の心情が、言葉になって僕に届く。
「私は……もう一度廻に会いたい。」
「フユトさん。」
「なに?」
「私は、どんな時もフユトさんを愛しています。例え、フユトさんの事を傷つける日がきたとしても、私はあなたを嫌いになることは絶対ありません。」
「どうしたの急に?何か……嫌な予感がするんだけど?」
「ごめんなさい。」
「篝さん。」
「……なんですか?」
「生きて。僕と一緒に。」
「安心してください。私は自ら命を絶つようなことは考えていませんよ。」
「それならどうして?」
「……不安なら、私を抱き留めてください。離れてしまわないように抱きしめてください。」
「……。」
篝さんは今、何を思っているんだろう?
まだ胸騒ぎは収まらない。
「お話しは以上です。お昼は食べましたか?」
「え?いや、まだ。」
そういえば、僕購買に行ったけど何も買わずにここにきてしまった。
「私のお弁当、少し分けましょうか?」
「え!?いいの!?」
「はい。」
「お口にあえばいいのですが。」
「え?自分で作ったの!?」
「はい。お料理の勉強も兼ねて、自分で作っています。」
「す、すごい。」
とても綺麗に整った厚焼き玉子に目がいく。
「あの、その厚焼き…食べたいな。」
「はい。どうぞ。」
弁当箱のふたに乗せられた厚焼きが僕の前に差し出される。
「あ、箸……。」
「あの、あ、あーんしてください。」
「え!?」
「してください。」
「そ、それなら遠慮なく。」
震える篝さんの手から、僕の口に厚焼きが運ばれる。
もぐもぐ。
ん?
…………。
え?
厚焼きってこんな味だっけ?
うっ。
「ぶっ!」
僕は思わず厚焼きを吹いてしまう。
「ど、どうしました!?お、お口に合いませんでしたか!?」
「い、いや、嬉しすぎて喉につまっちゃって。あはは。ごめん。」
ごめん。
なんか、めちゃくちゃ甘いんですが……。
もしかして篝さんって料理は苦手なのかもしれない。
「ち、ちなみに篝さん。この厚焼き、砂糖入ってる?」
「はい!角砂糖を10個ほど入れました!これが隠し味なんですよ!」
嬉しそうに解説する篝さん。
そうか、これか。厚焼きをダメにしている原因は。
口の中が溶けそうなくらい甘い。
しかも角砂糖って……。
僕の胸騒ぎは今だに収まらないけど、今は、この時間を楽しもうと気持ちを切り替えることにした。




