第65話
【視点変更:水無月篝】
廻が亡くなり、今日は葬儀の日。
空き時間があったので私は一人で葬祭場の中庭ベンチに腰かけていた。
「篝ちゃん、こちらでしたか。」
ゆっくりと歩み寄って来た影を見上げる。
「フランチェスカさん。」
「大丈夫?疲れていませんか?」
「平気です。」
「お隣、いいですか?」
私はどうぞと告げ、隣に座りやすいように少し端に寄る。
「……篝ちゃんは時間が戻れたらいいなって思ったことはありませんか?」
「え?」
いきなり冗談を言ったのかと思い、フランチェスカさんの顔を見上げる。
顔は笑っていないし、冗談を言っているつもりでもないようだ。
「フランチェスカさん、どういうことですか?」
「人が急に行方不明になる事件って、たまにニュースで見ないですか?」
「え?ええ。見たことはあります。」
「あれは、時間に戻ったからなんですよ。過去に戻るということは現在には存在できないということ。そういうことです。」
何が言いたいんだろう?
「篝ちゃん。取引があります。」
「取引?」
「はい。もし、篝ちゃんが相坂さんが生存している時間に戻りたいというのなら、私が戻して差し上げます。」
「え!?」
廻の生きていた時間に戻れる?
「相坂さんの運命を変える事ができれば、きっと今の未来では私ではなく相坂さんが隣に座っているはずです。」
「フランチェスカさんは本当にそれができるとおっしゃるのですか?」
「できます。ただし、取引なので条件があります。」
「条件とはなんでしょうか?」
「あなたの命を私にください。もちろん、死ぬという意味ではありません。私のモノになるという意味です。」
「フランチェスカさんのモノになるっていう意味が分からないのですが?」
「私があなたを完全に操ることができるという意味です。分かりやすくいうと、あなたは生きながら自由に物事を選択することができなくなります。」
「……。」
私は息をのむ。なんて恐ろしい取引なのだろう。
「でも、何かを手に入れるには何かを犠牲にするのはつきものです。篝ちゃんは自由を失う代わりに相坂さんというかけがえのないものを取り戻せるのです。」
フランチェスカさんはポーカーフェイス。意図が読めない。
「とても大事な取引なので今すぐに返事をもらうつもりはありません。」
フランチェスカさんはベンチから立ち上がる。
「もし、取引に乗るのなら私の喫茶店にいつでも来てください。」
「……分かりました。」
私はすぐには決めることができなかった。
怖い。
自由を失くすという経験が無かったから、一体それがどういうデメリットなのか想像できないのだ。
「それと。」
私に背中を向けたまま立ち止まるフランチェスカさん。
「彼氏さんには内緒ですよ。もし話したらこの取引は中止です。」
「分かりました。」
「それでは。」
そのまま立ち去り、姿が見えなくなる。
フランチェスカさんは一体何を企んでいるのだろう。
「フユトさん……。」
私はスマートフォンを取り出し、電話帳の「早坂冬登」の文字を撫でる。
「早く……会いたい。なんだか、怖い。」
「篝さま、こちらでしたか。」
新しい従事の人が迎えに来る。時間のようだ。
「お手間を取らせてごめんなさい、葵さん。」
「恐縮です。では参りましょう。」
「はい。」
新しい従事さんは葵二葉さんという私と同じ年齢の女の子。
「篝さま?どうしました?」
「え?何か私、おかしいところがありますか?」
何も言ってないし、何もしていないのに急にそんなことを聞いてくる葵さん。
「いえ、気のせいか、何かを怖がっているように見えたので。」
「平気です、ありがとうございます。」
「そうですか。それと、私に敬語は不要ですと申し上げましたが?」
「ごめんなさい。気を付けるわ。」
慣れない。
でも、この子は何か鋭い洞察力を持っているような気がした。
■■■■■
それから葬儀もすべて終わり、慌ただしく一週間が過ぎた。
明日から学園に行ける。
フユトさんにようやく会える。
廻とのお別れは今だに辛くて心が痛いけど、フユトさんには会いたい気持ちが強かった。
私は自室でベッドに横になると天井を無意味に眺めながらフランチェスカさんとの取引を思い出していた。
「あの話しは本当なのかな?」
誰にともなく声を出す。
もし、時間を戻すことができれば……。
私の自由が無くなる本当の意味とは……。
結局一人で悩んだところで結果は出ない。
時間のある時に、フランチェスカさんの喫茶店に一度行ってみよう。
どうするべきかはまだ答えは出ていない。でも、もっと詳しく話しを聞いてみたかった。




