第58話
【視点変更:水無月篝】
再び目覚めると、時計は深夜3時過ぎを指していた。
フユトさんも眠っている。
私は体の痛みに耐えながら、ゆっくりとベッドから車いすへ移動する。
フユトさんを起こさないように病室を出る。
一度自分の病室へ戻って身なりを整えたかった。
このまま朝に寝起きのままでフユトさんに会うのはちょっと嫌だ。
間接照明で薄暗い廊下を車いすで移動する。
「?」
しばらく進むと、人影のようなものを見つけて一瞬驚く。
「……。」
車いすを止める。相手も止まっている。
間接照明と窓から照らされる月の光で、その正体があらわになる。
「……アイリ…さん。」
私は両手に力が入る。いつでも転回して逃げられる状態にしていなければいけない。
「ふふっ。」
静寂を破る不気味な笑い声。
「おはようございます、水無月先輩。かなり早い時間ですけど。」
「……どうしてここにいるのですか?」
まさかフユトさんを狙って?
ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「来ないで!人を呼びます!」
私は胸元に潜ませている緊急コールキーに手をかける。
「へぇ。水無月家の緊急コールキーってUSBメモリみたいに小さいんですね。どうりで探せないわけですねぇ。」
いつものようにお茶らけた口調で、止まることなく近づいてくる。
「押せるものなら押してみてくださいよぉ。大好きな彼氏がどうなっても知りませんよぉ?」
「!」
「ふふっ。さあ、それを私に渡してくださいよぉ。」
私の前に手が差し出される。
「……。」
これを失くしてしまったら、私は自分の身を守る術がなくなってしまう。
するとアイリさんは私の前に座り込み、視線を合わせる。
「勘違いしないでくださいよぉ?私はいつでも水無月先輩なんてすぐにどうにでもできるんですからぁ。」
私は緊急コールキーのボタンを押しながらアイリさんに差し出す。
どうにか時間を稼げば、すぐにセキュリティが駆けつけるはず。前にこの病院に待機しているとお父様に聞いていた。
するとアイリさんは私の首に手を伸ばす。
「ぐっ!」
片手なので完全に気道が塞がれていないせいか、呼吸はできるけど息苦しさが襲いかかる。
「っこほっ!」
だんだんと片手に力がこもってくる。私は必死に両手でその手を引き離そうとする。
「私をバカにしないでくださいよぉ?今ボタンを押したでしょ?」
「……ごほっ!」
声が出ない。
そしてふと手が離れる。
「ごほっごほっ!」
必死に空気を吸い込む。
「今日は、先輩に忘れていたことがあったので来ただけです。安心してください。」
「……あなたの…狙いって何なのですか?」
「それは話す必要はないですよ。私の裏に関する記憶を消しに来たのですから。」
「記憶を消す?」
「そうです。私は記憶を消すこともできるんですよぉ。」
「……。」
アイリさんはひどく現実離れした存在で、今、これが夢なのか現実なのか分からなくなる。
アイリさんは私の額に指を当てる。
「は~い、終了。」
「先輩?こんな夜更けにどうしたんですかぁ?お部屋に戻りましょうねぇ?」
車いすの裏に回り、アイリさんが押し始める。
「お嬢様!」
それと同時にセキュリティの人が2人駆け寄る。
「ご無事ですか?何がありました!?」
「え?いえ……。」
あれ?なんでアイリさんが私の車いすを押しているんだろう?
「安心してくださいよぉ、私が先輩をお部屋まで連れて行きますからぁ。」
混乱している合間に、アイリさんがセキュリティの人に何やら説明している。
「ではお嬢様、また何かありましたらすぐにお呼びください!」
「ええ。ありがとうございます。」
……何が起きているか分からない。私の胸元に緊急コールキーが無い。
「あの、アイリさん。」
「なんですかぁ?」
「ちょっと状況がまだ分かっていないのですが、私はまだ寝ぼけているのでしょうか?」
「それじゃ先輩、永遠に眠っちゃいますかぁ?」
「やめなさい。」
ふと奥の廊下の先から聞こえる女性の声。
「あ。」
アイリさんが片足を付き、跪く。
闇に紛れていて姿や顔が見えない。
「私の意向に沿わない行為は許さないわ。」
「申し訳、ありません。」
恐怖を目の前にしているかのようなアイリさん。
「篝さん、お元気そうで何よりです。」
「……誰ですか?」
この声。どこかで聞いたことがある。
「篝ちゃん!!」
すると今度は背後から相坂ちゃんの声。
「え?相坂ちゃん?」
「廻……。」
アイリさんが邪険そうに相坂ちゃんを見る。
そして駆け寄るとそのままアイリさんを突き飛ばす。
「くっ。」
「大丈夫?篝ちゃん!」
「廻!!」
「待ちなさい、アイリ。」
影の向こうから冷静な声。
「……。」
素直に指示に従うアイリさん。
「篝さん、では、また日を改めてお会いしましょう。」
「待ってください!あなたは!」
あなたは……もしかして。
この声。
必死に最近の記憶をたどる。
そして、私はひとつの結論にたどり着く。
「フランチェスカ……さん?」
「ダメだよ篝ちゃん!」
私の肩をゆする相坂ちゃん。
「……フランチェスカ❝様❞、でしょう?」
相坂ちゃんの右目が不気味に赤く光ると同時に、私の意識は闇に堕ちた。
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