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第56話

気が付くと、僕はベッドに寝ていた。


何度目の白い天井だろう。今回違うのは酸素マスクが付けられている。


腹部の痛みはない。


生きてる。


心電図の音が一定の音を奏でる。


右手が温かい。


僕は右手へ視線を落とす。


かがりさんだった。僕の手を握ったまま眠っている。


車いすに座っている彼女は、きっと無理をしながら僕に会いに来たのだろう。


僕はゆっくりとその右手に力を込める。


「……ん。」


篝さんが目を覚ます。


「……フユト…さん?」


酸素マスクのせいで声は出せないけど、僕は軽くうなずいて見せる。


「フユトさん!」


右手を自分の顔に持ち上げ、頬へ当てる。


泣いている。


僕はさっそく好きな人に悲しい思いをさせてしまったようだ。


篝さんがエマージェンシーコールボタンを押し医師を呼ぶ。


水無月みなづきです。早坂さんが目を覚ましました。急いできてください!」


『しばらくお待ちください。』


どこにあるのか分からないけど、スピーカーから応答が返ってくる。


「フユトさん、気分はどうですか?」


酸素マスクをしたまま僕は声を出す事を試みる。


「うん……平気。」


「よかった。」


それからすぐ担当医師が来て、僕は軽く診察を受ける。酸素マスクはとりあえず外しても大丈夫だと判断された。


病室には僕と篝さんが残る。


「篝さん……体は平気なの?」


「もう。私の心配はしなくていいんですよ。それより、どうしてこんなことになったのですか?」


「……分からない。記憶が曖昧で思い出せない。」


朝に誰かが僕に会いに来たような気がしたけど、僕の今日の朝の記憶がかなり抜けている。


「誰に刺されたのかも分かりませんか?」


「僕、刺されたの?」


「はい。」


誰に?


思い出せない。


「巡回診察とほぼ同じ時間帯だったので、応急処置が間に合ったようです。」


「……そっか。」


「今日は私、ここに泊まります。許可はいただいていますので。」


「え?」


「あ!あの!さすがにその、一緒のベッドは無理ですがここは二人用病室なので隣にベッドがあります!」


一緒に寝るつもりだったのか……。


篝さんって意外と恋愛には大胆な性格なのだろうか?


「フユトさんは私が守ります!」


「それはありがたいけど、体大丈夫?本当は無理してない?」


すると篝さんは優しく微笑む。


「好きな人の痛みに比べたら、私のこの痛みなど大したことはありません。心配しないでください。」


「……篝さん。」


「ふふっ、昨日と立場が逆になってしまいましたね。」


確かに。昨日までは篝さんがベッドで僕が面会に来てたから。


「何か欲しいものとかありますか?」


「大丈夫だよ。ありがとう。」



コンコン。



「誰でしょうか?」


「どうぞ。」


扉を開けた人物。それは、相坂あいさかさんだった。


「早坂!大丈夫!?生きてる!?」


「はは。縁起でもないなぁ。」


苦笑いする僕。


「相坂ちゃん。どうして?」


「病院内でちょっと耳にしてね。まだ犯人が見つかってないんだって?」


「うん。一体誰が何の為にフユトさんを……。」


ドクン。


何だろう?


何か胸騒ぎがする。心の奥底で警鐘を鳴らしている自分がいる。


僕は何か大事なことを忘れていないか?


思い出せない。


今日の朝の事なのに、何も思い出せない。


「生きていたなら万事オッケーじゃない。よかった。」


そう言い放つ相坂さんは、僕の顔をじっと見つめている。


「あの相坂ちゃん。」


「なに?」


「フユトさんはさっき目覚めたばかりだから、何かお話しがあるならまた日を改めてほしいの。」


「え?ええ。分かったわ。ごめんなさいね。」


「ありがとう相坂さん。」


篝さんの行動に少し驚きつつ、僕はお礼を言うと「また来るわ。」と部屋を後にした。


「あの……フユトさん。」


「なに?」


「さっき、相坂ちゃんを見た時、ちょっと何だか胸騒ぎがして。」


「篝さんも?」


「え?フユトさんも?」


「うん。何か大事なことを忘れているような、そんな気がして。」


「私も、昨日ですがちょっと不思議な体験をしたのでちょっと気になっていて。」


「不思議な体験?」


「いえ、なんでもないです。忘れてください。」


篝さんも何か僕と同じ思いを抱いている?何かあるけどそれがよくわからないという状況なのか?


「時間が戻れば、フユトさんを助けられたのに。」


ふと独り言のように言い放った篝さんの一言に、ひとつ記憶の扉が開いた。


「時間……戻る?」


「はい。フユトさんが襲われる時間に戻れれば、きっと助けることができたと思うんです。」


「砂時計。」


僕はボソっと言うと、篝さんが明らかに肩が震える勢いで驚きを見せた。


「フユトさん。もしかしてフユトさんも知っているんですか?」


「え?何を?」


「え?砂時計のイヤリングです。」


イヤリング?


……。


あーダメだ!思い出せない!なんでだ!モヤモヤしてしまう。


「フユトさん、大丈夫ですか?苦しそうですよ?」


「……ごめん、大丈夫。何だか、思い出せそうで思い出せないモヤモヤに似た気分なんだよ。」


「そうでしたか。疲れていませんか?もうひと眠りしてみてはどうですか?」


「…でも、篝さんを一人にするわけには。」


「ふふ。私はフユトさんと一緒にいます。こうして手を繋いでいればきっと夢の中でも会えます。」


篝さんの笑顔にものすごく癒される。


「ありがとう。ちょっと休むね。」


「おやすみなさい、フユトさん。」


瞳を閉じる。


右手に感じる確かな温かさを感じながら、僕は再び眠りに落ちた。


©2017,2018,2019 すたじお・こりす

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