第51話
「早坂君、ちょっとここで待ってて。」
ID認証の部屋を抜け、前室の手前で待機する。
数分後くらいに再び水無月さんが戻って来た。
「花音には話をした。どうぞ。」
前室へ入ると、花音さんは無言で一礼する。
「心の準備はできたか?」
「はい。」
「俺と花音はここで待つ。話が終わったら声をかけて。」
「ありがとうございます。」
コンコン。
覚悟はできたものの、ちょっと緊張で手が震える。
「……どうぞ。」
「お邪魔します。」
「え!?」
篝さんはまさか僕がやってくるとは思っていなかったのか驚きで目を見開いていた。
「ご、ごめん。許可は貰ってるから。」
「……。」
恥ずかしそうに俯く篝さん。一言も発しない。
「あの、さっきの相坂さんの話の事だけど。」
「……。」
「アイリさんと……その、そいうことがあったのは事実なんだ。本当にごめん。」
僕はゆっくりと篝さんの隣にある椅子へ向かう。
俯いているせいで顔が見えない。
「でもこれだけは信じて欲しいんだ。僕は、篝さんが好きだから。」
少しビクッと肩が揺れる。
「……それなら、どうしてアイリさんとキス…したんですか?」
篝さんはこっちを見ない。独り言のように僕に問いかける。
「されたんだ。僕も不意だったから驚いたよ。何でキスされたのかは……分からない。」
「……そうですか。」
「さっき、相坂ちゃんも許可を貰ったと言ってここに来たんです。」
「相坂さんが?」
「はい。フユトさんの事は諦めたほうがいいと言われました。身分も、誠意も足りないから絶対釣り合わないって。」
「……。」
相坂さんの中で、僕の評価は最低まで落ちたようだ。
「あの…さっき、一緒に写真を撮ったんです。」
「写真?」
「はい。私の事を気遣ってのことか、昔話を始めて、とても面白かった時の話しが出て来て、その時の笑顔がとても綺麗だから写真に撮って見せてあげるって言われたんです。」
「見せてもらっていい?」
「…恥ずかしですが、どうぞ。」
篝さんはスマホを僕に差し出す。
「可愛い。」
篝さんと相坂さんの笑顔の写真。相坂さんが手を伸ばしてシャッターを押したと思われる。
「篝さん、すごく可愛い。」
「……そ、そんなことはありません。」
「ん?」
違和感。
相坂さんの耳。
「砂時計のイヤリング……。」
この写真の相坂さんは両方の耳に砂時計のイヤリングが付けられている。
なぜだ?確か1個は僕の病室にあるはずなのに……。
「フユトさん?どうしました?」
「篝さん、相坂さんと話してて違和感とかなかった?」
「いいえ。ありませんけど?」
「……。」
僕の病室から持ち去った?
でも、あのイヤリングの場所は僕しか知らないはずだ。
「フユトさん?」
「ごめん、ありがとう。」
スマホを篝さんに返す。
ん?スマホ!?
「か、篝さん!!」
「は、はい!」
僕は興奮のあまり大声を出したせいで篝さんが驚く。
「ば、番号、交換して……いい?」
「え?」
僕は自分のポケットからスマホを出す。
「……。」
恥ずかしそうに無言で首を縦にふる篝さん。
「番号は教えますけど、私はまだフユトさんを許していません。」
「え?」
「私とキス……してください。」
そういうと顔を真っ赤にして再び俯く。
「あの、今、改めて好きだと言ってもらえて……嬉しかったです。もう、戻ってこなくて、私のことは諦めたんだと思ってしまいました。」
「ぼ、僕は…篝さんを諦めたりできない。それくらい……その……好きです。」
何度も好きと言うのは恥ずかしい。しかも最後敬語になってしまった。
「あ、ありがとうございます。」
「あの、私も、フユトさんが……好きです。違う女の人と、キスをしたとしても…好きなんです。」
そう言って僕を見上げ、目を閉じる。
いいんだよな?
これってそういう合図……だよね?
誰に確認してるんだ僕。
鼓動が高まる。
篝さんはきっと僕を許してくれたと信じて、僕は軽く彼女と唇を合わせる。
「んっ……。」
口を閉じたまま、篝さんが声を漏らす。
そしてお互いの顔は離れ、瞳が開かれる。
目を潤ませた篝さん。
そのあと、恥ずかしそうにまた俯いてしまう。
「……。」
お互いしばしの無言。
僕はどうしていいのか困り果て、ある提案をする。
「あの、そろそろご両親を呼んでこようか?お父さんもお見舞いに来てくれたみたいだから。」
「……そ、そうですね。お願いします。」
僕は立ち上がって背を向けると、裾を捕まれていることに気付く。
「篝さん?」
「あの……ごめんなさい。嘘をつきました。」
「嘘?」
「はい。もう少し……もう少しだけ…二人きりでいたいです。」
ドクン。
僕は顔が熱くなる。きっと赤くなっているだろう。
でも、その一言で僕はもっと篝さんを好きになったような気がする。
相坂さんの違和感。
それもあるけど、今はただ、篝さんの事だけを考えていたくて、その思考は奥底に仕舞い込んだ。
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