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子爵令嬢小話  作者: と〜や


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8.独り占めしたい

 お嬢様。

 それは、わたしにとっては唯一無二の主人であり、幼馴染であり、可愛らしい妹分であり、頼もしい姉です。

 十四歳の時、デビューのために王都に向かったお嬢様が戻ってこないと知った時、側仕えとして真っ先に名乗り出ました。

 もちろん、子爵様も侍女頭も難色を示されました。


 ――王都のタウンハウスでお嬢様のお世話をするのとはわけが違います。

 王宮内に私室を与えられ、他の王太子妃候補の方々と何もかもを比べられながら過ごすお嬢様の支えとならなければなりません。

 それに、田舎の大して宮廷マナーも身につけていない小娘が側仕えでは、お前だけでなく、お嬢様自身の評価を貶めることになるのです――


 侍女頭の言葉に、反論することはできませんでした。

 子爵様は、宮廷慣れしている奥様の侍女から選ぶと決められ、わたしの願いは露と消えたのです。


 でも翌日には王都行きの用意をするように言われました。

 奥様が反対なさったのだと聞いたのは、お嬢様と一緒にベルエニー領に戻って来た後でした。


『これからユーマはひとりぼっちで挑まなくてはならないのです。せめて、ユーマの完全な味方を側につけてやりたいの』


 そんな話になったとかならなかったとか。

 本当のことはわかりませんけれど、そんなこんなで王城に上がることを許していただきました。

 がたごとと揺れる馬車で王都に向かいながら、何があってもお嬢様の味方でいよう、お側にいられない旦那様と奥様の代わりに、精一杯尽くそうと決めたのです。


 王宮内ではひどい扱いを受けました。

 もちろん、王宮で働く方々はとても親切でした。田舎から礼儀作法を学ぶためにやってくる娘や出稼ぎに来る人も多いそうです。だから、誰もわたしやお嬢様のことを悪くいう人はいませんでした。


 でも、お嬢様が邪魔な人たちはそうではありませんでした。

 何も知らない田舎娘、と正面から詰られたりもしました。


 わたしはいいんです。本当のことですから。

 王宮にふさわしい振る舞いも、言葉遣いもなにもかも付け焼き刃ですから。

 旦那様も奥様もお嬢様も、多少砕けた話し方をしても怒られたことはありません。お嬢様もその方がいいとおっしゃるのでーー侍女頭からはきつくきつく注意されていましたけどーーついついいつも通りに話しかけてしまったりして。

 でも、王宮ではとんでもないことでした。

 一度他の妃候補付きの侍女に見られた時には、本当に酷い言われようでした。

 奥様からも侍女頭からも様々な手ほどきを受けていましたから、なんとか切り抜けることができましたけど……。


 でも、わたしのせいでお嬢様までがひどい言われ方をした時は、思わず言い返してしまいました。

 お嬢様は、曲がりなりにも王太子様が直接求婚なさったと聞いています。

 お嬢様を侮辱することは、王太子様を侮辱することと等しいと言えば、目を釣り上げて扇で折檻されました。

 ああいう人たちは慣れていらっしゃるのですね。外から見えない場所をしたたかに打たれました。

 お嬢様の耳には入らないようにしていましたのに、翌日にはお見舞いの品が届きました。


 お嬢様を支えるはずなのに、お嬢様に励まされてしまうなんて、側仕え失格です。

 わたしのせいでお嬢様が悪し様に言われるのは耐えられません。お側を離れることも考えました。

 でも、それって負けを認めたことになってしまいます。お嬢様もお一人にしてしまうことになります。

 わたしはどこまでもお嬢様の支えで、盾でありたいのです。王宮内の唯一の味方でありたいのです。

 そのためなら、多少のことは耐えましょう。

 わたしのお嬢様の、お嬢様の笑顔のために、今日もわたしは明るく元気にをモットーに働くのです。


 お嬢様の王宮暮らしが少しでも居心地の良いものになるようにとがむしゃらに働くうち、色々な人たちと仲良くなりました。

 お嬢様が使う厨房で、お嬢様を手伝ってくださるパティシエの卵の女の子。

 おいしいお茶の入れ方を教えてくれた、給湯係の子。

 お嬢様専属の湯屋係の皆様。そのほかにもたくさんの方のおかげで、お嬢様の笑顔を守れたのです。


 でもあの日。

 ただの侍女であるわたしはパーティーに出られるはずもなく、お嬢様のお部屋で賑やかしい音を聞いていました。

 誕生パーティーが終わった後で、お嬢様と二人だけでこっそり本当のお祝いをするのは、王宮に上がってからずっと、二人だけの約束でしたから。

 でも、あの日だけは違いました。

 王太子様に抱き上げられたお嬢様に驚き、苦しむお嬢様に必死に呼びかける王太子様に驚かされて。

 一緒に入ってきた護衛と医師に言われるまで、動くこともできませんでした。今考えれば何と不甲斐ないことでしょう。

 お嬢様が目を覚まされるまで、王太子様は毎日見舞いにいらっしゃいました。目を覚まされてからはぴたりと来なくなりましたけれど、お嬢様を見守る王太子様のお顔は、実に切なく、辛そうでした。

 わたしが知っている限りでは、王太子様がお嬢様の前で感情をあらわになさったのは、この時だけです。……お嬢様は眠っていらっしゃったので、ご存知ではないでしょうけれど。



 お嬢様が王宮を去る日。

 お世話になった人たちから託されたのは、お嬢様への心のこもった贈り物。

 何の予備知識もないまま放り込まれた王宮でも、お嬢様はお嬢様らしくいらっしゃいました。もちろん、様々な教育のおかげですっかり洗練された女性になられましたけれど、芯の部分は変わりません。

 人のことに親身になれる、素晴らしいお嬢様です。

 だからこそ、お嬢様には本当に思う方と幸せになっていただきたいのです。



「セリア、お願い」


 お嬢様がちょっと困ったような顔をして、顔の前で手を組んで首をかしげています。

 幼い頃から時々なさっていた『お願い』の仕草に、ついつい頬をゆるめてしまうのも、仕方がありません。


「もう、今回だけですからねっ」


 そんな答えを返しながら、それでも頼られることが嬉しくて、渡された分厚い封筒を受け取ります。

 いつもにもまして分厚いので、きっと夕べは遅くまでお手紙を書いていたのでしょう。よく見れば目の下にクマが……。旦那様の名代としてあちこちの視察もこなしているせいでしょう、今朝もお疲れのご様子でしたし。

 今日もきっと大人しくじっとはしていらっしゃらないでしょう。

 それがお嬢様です。

 こちらに戻られてから、すっかり昔のお嬢様に戻られました。

 お忍びの王子様がいらっしゃった間、楽しげに笑うお嬢様を見た旦那様や奥様が、こっそり影で涙を流していらっしゃったのを知っています。

 声を上げて笑うなんて、本当にいつぶりでしょうか。

 王宮では声を上げて笑うことも大口を開くこともはしたないことだといわれていました。

 どこかの貴婦人のように楚々と笑うお嬢様なんて、お嬢様らしくありません。

 まるで人形のような……心のこもらない笑顔が社交界ではもてはやされるのでしょうか。

 今のお嬢様がいいに決まってます。

 生き生きと笑い、楽しげに馬を走らせて、若様や砦の兵たちと剣を振るうお嬢様こそが、本当のお嬢様の姿です。

 わたしは、そんなお嬢様をどこまでも支えたいと思っています。ええ、わたしの幸せは、お嬢様とともにあるのですから。



 ……でも最近。

 旦那様や奥様から、侍女を増やすと聞かされました。

 わたしはお嬢様のような武の才はございません。

 何かあった時には護衛の皆様に……場合によってはお嬢様自身に守っていただくほかないのです。

 だから、護衛兼侍女を増やすのは当然なのです。

 ……なのですが、面白くないのです。

 お嬢様のお世話はわたし一人で十分なのに。休みなんて要らないのに。


 たしかに、奥様付きの侍女がごっそりやめて、忙しくなっているのは事実です。

 でも、でもっ!


 ……雇い入れるのは決定事項だそうです。

 ちらりと侍女頭に聞くと、元は騎士団にいた人に決まりそうだということでした。

 騎士団の人だなんてっ……敵うわけありません。

 わたしも負けずに体を鍛えようかと思います。せめて、お嬢様の足を引っ張らないように。


 でもっ、お嬢様のお世話だけは負けないんですからっ!


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