6.ワーズワルトの実
第7章の45からの着想です。
階段を登りきると、真っ青な空が広がった。
昨日と打って変わって今日は実にいい天気。風も気持ち良いし、日当たりのいいこの場所は、わたしにとっては最高の日向ぼっこの場所。
手にしたかごを下ろしてめいっぱい腕を広げる。
ここは北の館。屋根裏部屋からつながる屋上だ。
以前はここに見張り用の櫓が立っていた。他の館や北の砦、南の砦との連絡に狼煙や旗を使っていたらしい。
緊急時の伝令用にと魔具が使われるようになって、使われなくなった。ある年の大風で吹き飛ばされてそのままになっている。
日陰に隠したざるを引っ張り出す。六年ぶりに使おうとしたらすっかり朽ち果ててしまっていて、これは新しく調達したものだ。
ざっと乾拭きをしたあと、かごの中の実を一つ一つ丁寧に並べていく。
ワーズワルトの実。
一日部屋干ししたけれど、表面の水気が少し飛んだ程度。まあ雨の日は仕方ないわね。
それでも、広げずにそのままにしていたら痛み始めていたことだろう。
セリアに怒られてでもやる価値はあったわね。
今日は天気もいいし、市から戻って来る頃には乾き切ってるかもしれないわね。日のあるうちに回収しに来なくちゃ。
それにしても、王妃様から依頼されるとは思わなかったわ。レオ様の手紙にこっそり書き足されていたのは、紛れもなく王妃様の筆跡だった。
王妃教育の一つに毒の知識がある。
もちろん、万が一の時の解毒方法を知るためだ。
解毒のためには毒を知らなければならない。
だから、王城には専用の薬草園があって、決められた者以外は入れない。毒についての研究も王族自身が携わっていたりする。
でも、ワーズワルトだけはなかった。
この毒草は栽培が難しいと言われている。王家の薬倉庫にも在庫はわずかで、見せられた時にはとても驚いたのよね。
我が領では普通に目にする薬草が、まさか毒草だなんて。しかも希少価値のあるものだなんて。
そのことをぽろりとこぼしたのは、もうずいぶん前のこと。
覚えていらしたのね。
王家に伝えられている毒の知識を王妃様から直接学んだのは、正式に婚約が整ったあとのこと。
最初に教わったのは……わたしが盛られた毒だった。
あの感覚はきっと、一生忘れられない。あの時の毒と聞いてフラッシュバックを起こした。パニックになって呼吸することもできなかった。
あの時わたしが助かったのは、ひとえに的確な解毒剤を素早く投与されたおかげだった。
症状から毒物を特定して的確な解毒剤を処方するのは、簡単なことではない。
それを指示したのはあの方だったと、その時聞いた。
知識は自分の命だけでなく、他の人の命も助ける。わたしもそうありたいと思うようになったのも自然なこと。
わたしの命はあの方に助けられたのだから。
だからなのかもしれないわね。……もういらないはずの毒の知識を、捨てられずにいるのは。
「お嬢様、そろそろお時間ですよー」
階段の方から聞こえてくるセリアの声に応えて、腰をあげる。
今日は母様のかわりを務めなきゃならない。と言ってもただ届け物をしに行くだけだけど、市に出るのは六年ぶり。
少しくらい見て回りたかったけど、仕方ないわね。
そのうちまた行けばいい。時間はたっぷりとあるのだから。
並べたザルをもう一度見回し、空を仰いで天気を確認する。しばらくはこの天気が続くといいのだけれどね。
焦れたようなセリアの声に、わたしは踵を返すと階段を降りはじめた。




