第24話 七歳
ろうそくが七本、立っていた。
小さなケーキだった。白い生クリームの上に、いちごが四つ。真ん中にチョコレートの板が一枚乗っていて、白い字で「さくくん おたんじょうび おめでとう」と書いてある。駅前の古い洋菓子屋のケーキで、母が昼のうちに取りに行ってくれたのだという。
三月十八日、火曜日の夜だった。
父はいつもより早く帰ってきた。七時前に玄関の戸が開いて、作業着のまま食卓についた。手を洗う水の音は、いつもより短かった。
母が居間の明かりを消した。
暗くなった部屋の中で、ろうそくの小さな火が七つ揺れていた。火の色が、白い生クリームを橙色に染めている。母が手を叩きながら、誕生日の歌を歌いだした。父は歌わなかった。けれど、母の歌に合わせて指先でテーブルを叩いていた。
「はい、さく。ふーって」
息を吸った。吹く前に、ろうそくの火の向こうを見た。
母がこちらを見ていた。両手を胸の前で合わせて、にこにこと笑っている。
父がこちらを見ていた。テーブルに肘をついて、ろうそくの火越しに、黙って。火が揺れるたびに、父の顔の上で橙色の光と影が交互に揺れた。
二人とも、俺を見ていた。
一度目の七歳の誕生日を思い出した。同じ居間で、同じように小さなケーキがあった。ろうそくも七本あったのだろう。そこまでは覚えていない。
覚えているのは、一枚の写真だった。
父がいなくなったあと、押し入れの奥から出てきたアルバムの中に、その写真はあった。ケーキの前に座った七歳の俺。ろうそくの火はもう消えている。俺はカメラのほうを見ずに、下を向いていた。誕生日のプレゼントにもらった小さなゲーム機を両手で握りしめて、その画面だけを見ていた。
写真の端に、ケーキを切ろうとしている母の手が写っていた。カメラを構えていたのは、たぶん父だ。
父は、下を向いてゲームをしている息子を撮ったのだ。こっちを見ろ、とも言わずに。
その写真を見たとき、俺は自分がその日に何をもらったのかも、ケーキがどんな味だったのかも思い出せなかった。父と母がどんな顔で俺を見ていたのかも。見ていなかったのだから、思い出せるはずがない。
今、二人はこちらを見ていた。俺も二人を見ていた。
ふーっ、と吹いた。七つの火がいっぺんに消えた。白い煙が七本、細く天井のほうへ昇っていく。暗闇の中で、母がぱちぱちと手を叩いた。
「おめでとう、さく!」
明かりがついた。父が立ち上がっていた。いつのまにか、手に黒いカメラを持っている。入学式の朝に使った、フィルムのカメラだ。父はテーブルの向こう側に回って、カメラを構えた。
「ほら」
父が言った。
「こっち見ろ」
俺はレンズを見た。黒くて丸いレンズ。その向こうに、ファインダーに押しつけた父の片目がある。入学式の朝、俺はレンズではなく、レンズの上の父の顔を見ていた。泣いて、顔をくしゃくしゃにして。
今度は、レンズを見た。レンズの向こうで、父の目が俺を見ているのが分かったから。
笑った。
頬が勝手に持ち上がっていた。ケーキの甘い匂いと、ろうそくの煙の匂いと、母の手の音と、レンズの向こうの父の目と。それが全部いっぺんに来て、笑っていた。
シャッターの音がして、フィルムを巻く、じい、という音が続いた。
父がカメラを下ろした。父の顔が見えた。目尻に、細いしわが寄っていた。
「……いい顔だ」
父はぽつりと言った。それから、照れくさそうにカメラをテーブルの端に置いて、椅子に戻った。
ケーキを切り分けたあと、母が紙袋を一つ、俺の前に置いた。中には、表紙にサッカーボールの写真がついた自由帳が三冊入っていた。
「前のやつ、もう、いっぱいでしょ」
母はそう言って笑った。パンダの表紙の自由帳は、五月の「けいかく」から、寝た時間と起きた時間と蹴った回数で、もう最後のページまで埋まりかけていた。母は知っていたのだ。俺が毎晩、何を書いているのか。
「……ありがとう」
言えた。母には、言えた。母は目を丸くして、それから、うれしそうに俺の頭を撫でた。
父のほうを見ると、ケーキのいちごをフォークでつついていた。
◇
三月二十三日の夜、十一時半を過ぎたころ、俺は居間のソファに座っていた。
右の端だ。左の端は、まだ空いていた。
「今日だけよ。始まって、少しだけ。そしたら、すぐ寝るのよ」
台所の明かりを消しながら、母が言った。ワールドカップの予選が夜中に始まる。日本の最初の試合だ。九時に寝る約束を今夜だけ外してほしいと、夕方から母に頼みこんだのだった。母はしばらく俺の顔を見て、それから、少しだけ、と言った。
風呂から上がった父が、首にタオルをかけたまま居間に入ってきた。ソファに座っている俺を見て、戸口で足を止めた。それから、左の端に腰を下ろした。
夏からずっと、ソファに先に座っているのは父だった。今夜は俺が先だった。
テレビには遠い国の競技場が映っていた。乾いた白っぽい芝。夜の照明。スタンドの観客はまばらだった。来年フランスで開かれる大会に出るための、アジア予選のいちばん最初の試合で、相手は中東の国だった。
「来年、フランスだ」
画面を見たまま、父が言った。
「出られたら、初めてだぞ。日本が、ワールドカップに」
父の声はいつもより高かった。
俺は黙っていた。日本はこの予選を勝ち抜いて、初めてのワールドカップに出る。そして、フランスでは一つも勝てない。来年の夏、俺は八歳だ。八歳の子どもに、変えられることは何もない。
その次の大会は自分の国で開かれる。二〇〇二年。俺は十二歳。父が切符を当てる年だ。その次は二〇〇六年、十六歳。その次は二〇一〇年、二十歳。膝の上で、そっと指を折った。
二〇一〇年なら、間に合うかもしれない。二十歳なら。
画面の中で、日本の選手が相手のゴールの前でシュートを外した。父が舌打ちをした。
試合が始まって十分ほどたったころだった。
「交流戦」
父が言った。
「いつだ」
俺は父の横顔を見た。父はテレビの中の遠い国の芝を見ていた。膝の上で組んだ手も、さっきのままだった。
「……三十日。日曜日。市の、運動公園」
父はうなずきもせず、そうか、とも言わなかった。テレビの中で、日本のゴールキーパーが高いボールをつかんだ。
来てくれるの、と訊きたかった。訊かなかった。日曜日にも現場がある日はある。運動会のときは抜けてきてくれたけれど、あれは十秒で終わる五十メートルのためだった。交流戦は一日がかりだ。訊いて、行けない、と言われるのが怖かったのかもしれない。
時計の長い針が、十二のところを過ぎた。
「……寝ろ。少しだけって、約束だろ」
父が言った。俺はうなずいて、ソファから降りた。
居間の戸を閉める前に振り返った。父はテレビの光の中で、膝の上で手を組んでいた。一人分あいたソファの右の端に、俺の座っていたへこみが残っていた。
布団に入って目を閉じた。どれくらいたったのか分からない。床の下から、くぐもった声が聞こえた。
っし、と。
テレビの音よりずっと小さな、誰にも聞かせないように喉の奥で押し殺した声だった。それでも聞こえた。点が入ったのか、試合が終わったのか、分からなかった。どちらでもよかった。この試合は日本が勝つ。
暗い部屋の中で、俺は布団を顎まで引き上げた。顔が勝手にゆるんだ。
◇
三月二十九日の夜、俺は玄関の上がり框に座っていた。
九時の少し前だった。母は台所で明日のお弁当の下ごしらえをしていて、父は居間で新聞を読んでいた。玄関はひんやりとしていた。三月の終わりなのに、夜はまだ寒い。
膝の上にトレーニングシューズを乗せた。白かった布は、三か月ですっかり土の色になっていた。サイドの青い線もくすんでいる。靴底の突起は、角が丸くなっていた。
紐をほどいて、もう一度結んでみた。足は入れていない。上がり框に座ったまま、膝の上の靴の紐だけを結ぶ。きゅっと締めて、ちょうちょ結びにする。ほどく。また結ぶ。
明日、これを履いて運動公園のグラウンドに立つ。
履いてから結べばいいのは分かっていた。今結んでも意味はない。それでも結んだ。結んで、ほどいて、また結んだ。指が紐の感触を覚えるまで。
紐を持つ指先が震えていた。四十年生きてきて、大事な仕事の前の晩も、こんなふうには震えなかった。一度目の俺は、震えるほど何かを待ったことがなかったのかもしれない。
台所から母が出てきた。手に紺色の大きな水筒を持っていた。夏に玄関に置かれていた、あの水筒だ。ベルトの付け根に、父の字で、みかみ さく。
「麦茶、入れておくね。冷蔵庫に入れて、朝、持っていけばいいから」
「……ぼくが、いれる」
母は少し驚いた顔をした。それから笑って、水筒を俺に渡した。
台所で冷蔵庫から麦茶のポットを出した。水筒の蓋を開けて、ポットを両手で持ち、ゆっくりと注ぐ。麦茶がとくとくと音を立てて落ちていき、水筒が少しずつ重くなっていく。
縁から一センチくらいのところで止めて、蓋をきゅっと閉めた。
両手で持ち上げた。夏に初めて肩にかけたときと同じくらい、重かった。けれど、あのときより俺の腕は少し太くなっていた。持ち上げられないほどではない。
水筒を冷蔵庫のいちばん下の段に入れた。
居間の前を通るとき、父が新聞から顔を上げた。目が合った。どちらも口を開かないまま、父はまた新聞に目を戻した。
階段を上って部屋に入った。布団に入る前に、窓のカーテンを指で開けた。
向かいの空き地は暗かった。その向こうの田んぼも暗い。ずっと遠くで、鉄塔の赤い灯が点滅していた。
一年前の四月の朝、この窓から同じ景色を見た。空き地と、田んぼと、遠くの鉄塔。俺が大人になってから建つはずの家もコンビニも、まだなかった。あれから、一年がたとうとしていた。
カーテンを閉めて布団に入り、目を閉じた。
明日。




