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第二十九話 ナメクジ、街を独立させる



 第一回辺境城塞都市グランヴァル緊急ミーティングは、速やかに始まり、速やかに終わった。

 書記を務めた『論理』君によるまとめは、以下のようになる。


 議題『リマキシアン神学校との停戦条件について』


・グランヴァル市民議会 議長

 グランヴァルはこの数年の祖霊樹海戦線の停滞で、距離の関係上、常に連合軍への補給を強いられてきた。

 それに加えて今回の正教騎士団の派遣への援助で、市民の生活は困窮の一途をたどっている。

 市民の安全が保障されるなら、神学校の駐留も統治も受け入れる。


・冒険者ギルド グランヴァル支部ギルド長

 当ギルドも同様、連合軍にも正教にも人員の派遣を要請され続けてきた。

 特に近年の祖霊樹海の魔王軍の駐屯地調査においては、多くの斥候職、盗賊職が被害を受けており、それに対する保証はなかった。

 冒険者としての本業に戻れるなら、神学校の統治にも協力する。

 

・正教第二十八騎士団 副官

 騎士団は派遣された都市の枢機卿の命令に従う。

 異教徒討伐は、急進派のグランヴァル枢機卿の指示によって作戦を開始した。

 枢機卿が命を落とした今、命令は保留状態という認識。

 内容はどうあれ、騎士団は都市議会の決定を尊重する立場を取る。


・グランヴァル守備隊 隊長

 祖霊樹海戦線で暴れている特殊個体ホブゴブリン『祖霊樹海のモズ』、その額に三角に触覚マークが確認されている。

 神学校は魔王軍と繋がっている疑いがある。

 時間は、連合軍の助けを待つ我々だけの味方ではない。

 魔王軍の援軍を街に引き込まれるという、最悪の事態が起こりうる。

 神学校の駐留と統治を受け入れて、市民の安全を保証してもらうべき。


・リマキシアン神学校 校長ナメクジ

 な、なんでそんな話になるの!?

 統治も駐留もしない! 早く森に帰らせてよ!

 あっ、そうだ!

 し、市長さん独立してよ!

 連合軍からも、魔王軍からも、正教さんからも!

 自主独立の魂、都市国家の意地を俺たちに見せて!

 森の民と本校がケツ持ちます!

 嘘ついたらハリセンボン飲みます!

 保証? ふざけてんの?

 お前ら保証がなかったら約束もできないの?

 あーっ、もういいよ!

 

・サングノイン教団主神 サングノイン

 神聖公平な取引である。

 秤は均され、契約は成された。

 嘘つきにはハリセンボンを飲ませる。

 

・結論

 グランヴァルは森の民とリマキシアン神学校に友好的な中立都市になる。


・理由

 なんかみんな疲れちゃったから。


 以上。


 ナメクジの髭がふるふると震える。

 みんなに相談せずに大きな事を決めてしまった気がする。

 ぼんやりとした頭で、目の前に置かれたカップに触覚を近づけた。

 湯気の向こうから、深い香りがふわりと立ち上る。

 ひと口含むと、苦味の奥にやわらかな甘みが広がった。

 コーヒー! 文明の味だ!


 周りを見回すと、円卓を囲む人間たちはどこか肩の荷が降りたような、穏やかなお顔をしてらっしゃる。

 ナメクジは砂糖をバンバン追加して、甘々にしたコーヒーを啜った。

 森にはない高純度の糖分が疲れた脳にキマる。

 きっと自分が考えすぎているだけなんだ。

 みんな穏やかそうだし、きっとこれは大した話じゃない。

 HAPPY END!


「な、ナメクジ様」

 

 ナメクジが給仕ちゃんにお土産のお砂糖をねだっていると、ラグナがツンツンしてきた。

 目をやると、なにやらモジモジしながらイケオジのギルド長さんを見ている。

 さっき枢機卿をサッカーボールに変身させた人だ。

 聞けばどうやら知り合いらしい。


「だったらご挨拶しなさいよ。ホブにもなって人見知りしてんじゃない」

「違いますよ! 上司なんだから紹介してください」

「あっ、それはすみません」


 ラグナは教師とは別に、謎のナメクジ教団の教祖をやっている。

 おやっさんのマンツーマンで、俺も知らない社会常識をどんどん身につけている。

 神に舐めた口を聞くのはマナー違反にはならないんですか?

 

 ラグナはスカした顔で椅子から立ち上がった。

 めんどくせえからまとめて済まそう。

 

「みなさん、ちょっといいですかね? ウチの子が挨拶したいらしくて」


 テーブルの上で触覚を振ると、偉い人たちがカップから手を離してこちらを見た。


「本校の体育教師のラグナです」

「ラグナと申します」


 ラグナが手で作った三角マークを掲げる。

 内輪のノリを外でやるなよ恥ずかしい。

 体を縮こませていると、円卓に座る面々はそれぞれ礼を返した。

 目の前に座る市長と守備隊長が頭を下げた。

 どーも。

 右の若い副官騎士君は、胸元に手のひらを当てた。

 どーも。

 最後に左に座ったギルド長が、少し顎を上げながら騎士君を見た。

 なになに?

 視線を受けた騎士君が肩をすくめると、ギルド長はナメクジに向かって三角マークを掲げた。

 ナメクジとラグナが固まっていると、ギルド長は涼やかに笑った。


「使徒様、俺はサングノイン教徒です。

 森の民以外にも、冒険者や傭兵には結構仲間がいますよ」


 えぇ? お前マイナー神じゃなかったの?

 自分のおでこをぺんぺん叩くと、紋章が抗議するように強く点滅した。


「でもその三角はウチのやつでしょ?」

「半年前の教団改革です。

 結構な数がナメクジ様の静秤派に流れ込みました。

 森の民の本部長は大した奴ですよ」

「ふーん、そうなんだ」


 ナメクジはお砂糖をそのままかじった。

 なにが起きて、だれがなにをしたって?

 神に俗世の話をされても困るぜ。

 それよりウチの子が挨拶したいってさ。

 

「お久しぶりですギルド長。その節はお世話になりました」

「は、はぁ」


 グイッと入り込んできたラグナに声をかけられて、ギルド長は顎を撫でながら首を傾げた。

 眉を顰めてラグナの顔を凝視している。

 

「……んんーっ?」

「一年前くらいです! 祖霊樹海の中ですよ」

「ゴブリン、森、一年前……」

「これ、お忘れですか? すごいスピードで、俺、感動したんです」


 そう言うとバキバキに割れた緑色の腹筋を指差した。

 筋肉で盛り上がった皮膚の表面にはうっすら横筋が入っている。

 ギルド長の目がゆっくり開かれた。


「――おまえっ! 『赤刃』か!?」

「はい!」


 ラグナは大きく頷いて笑顔を見せた。

 ナメクジは、初めてラグナと会った日を思い出した。

 腹を捌かれて地面に血の川を作っていた哀れな小鬼君。

 なるほどギルド長がやったのか。

 勝手にふむふむ言っていると、ギルド長は顔を真っ青にしてナメクジたちに謝った。

 他の面々が渋い顔でこちらを見ている。

 ま、まずい、なんか穏やかな雰囲気じゃなくなってる。


 ナメクジが砂糖を両方の触覚でもったまま右往左往していると、ラグナが胸元に三角を作って頭を下げた。


「あの日、未熟だったこの身を斬っていただいたおかげで、私は我が神と会うことができました。

 本当にありがとうございました」


 ギルド長が、ハッとした顔で三角を返した。

 

 ――おっ! これは!


「あの日取り逃した小鬼が、今日あの剣豪聖女を無手で制して、私たちを救ったのです。

 全てはナメクジ様の導き、ということですかな」


 ――なんかいい感じに終われるかも!


 ほらほらパンパンパン!

 広げた触覚を勢いよく合わせて叩く。


「まさか二人が知り合いだったとはね!

 神の作りたもうた世界は、かくも狭きことでございますね」


 ねー! そうだよねーっ!

 ナメクジの以心伝心を感じ取ったのか、市長と守備隊長も拍手を合わせてくれた。

 騎士君は腕を組んで下唇を突き出している。


 ふと窓の外から笑い声が聞こえる。

 なんだか賑やかに駆け回る音もしている。

 みんなで外を覗くと、市民と冒険者と信者と小鬼、みんなでサッカーを楽しんでいた。

 乾いた風がサラサラと髪を揺らす。

 ナメクジは誰に言うでもなく呟いた。


「俺は別に誰のことも嫌いじゃない。

 みんな仲良くやろうよ」


 市長は頷いて、調印式の準備に向かった。

 ナメクジたちもみんなでドアの向こうへ出ていった。

 庁舎の長い廊下には光が差し込んで、埃がキラキラと舞い上がっていた。



読んでいただきありがとうございます。

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金曜日に定期更新です。

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