第二十八話 ナメクジ、カウントダウンをする
第三小隊長は、本校の攻勢を必死に耐える盾兵の間から背を伸ばした。
負傷兵の回収は遅々として進んでいない。
城壁に埋まった聖女は気絶している。
助けに行こうにも城門側は前線のクマと遠距離攻撃の波にさらされて動けない。
騎士たちはモンク兵の槍衾の圧力に屈して防戦一方だった。
戦況は決している。
ナメクジはラグナの背中から目を伸ばして、責任者の様子を伺った。
状況を把握した第三小隊長は口を固く結ぶと、剣を足元に投げ捨てた。
手を上げて、唯一のホブゴブリンであるラグナに目を向けた。
「降伏――」
「守備隊です! 戦線から守備隊が帰ってきました!」
負傷兵を回収していた衛生兵が、遠くを指差しながら小隊長を見た。
小隊長の顔が固まった。
ラグナに向いていた首を、ゆっくり右に振り向けた。
ナメクジも引っ張られるように視線をやる。
遠く丘陵から騎馬が十騎先行して、砂埃を上げながらこちらに向かってくるのが見える。
その後ろには歩兵たちがパラパラと走ってきている。
ナメクジはスライムスネアを打ち終わったところのシャーマン兵を捕まえた。
「何人くらいかわかるかい?」
「ちょっとまってね」
小鬼君は粘土のお面の上に手を被せた。
肩に乗っていたオウムはすでに空に放たれている。
「はたが、いち、に、さん。いっこちゅうたい、へんせいは、にこしょうたい」
「ふんふん。いいよいいよお!」
「へへっ、たぶん五十人くらい、かな?」
「あー天才だあ!」
ナメクジはシャーマン兵君をペチャペチャ撫で回した。
ラグナの肩から這い出して、第三小隊長に声を掛ける。
「第三小隊長くんハロー! 二択の時間だよ」
「な、ナメクジ? ナメクジが喋ってる……」
「戦闘続行と降伏、十秒で決めなさい。十、九」
「ちょっ、と、待って」
「八、七」
小隊長は味方の絶叫の中、周りを見る。
騎士団は一個小隊三十名以外はほぼ戦闘不能。
だが三十名いる。
「六、五」
「なあ、待ってくれよ」
唇を振るわせながら丘の方に目をやった。
守備隊は一個中隊五十名。
「四、三」
目に涙を溜めながら逆方向の城壁を見た。
聖女の救出は困難。
「こ、降伏――」
ナメクジが触覚を上げた。
槍衾が解かれ、モンク兵が息も絶え絶えの騎士たちから距離を取る。
騎士の一人が弾かれるように聖女の元に向かい、担ぎ上げた。
「小隊長! まだ息があるぞ!」
「あ、あ、ううう!」
「二、一」
「あああ!」
小隊長は手甲をしたまま、金属音を鳴らしながら自分のヘルムを叩いた。
ナメクジは髪の先を触覚でイジイジした。
可哀想な彼は二択を選ばされている。
「せ、聖女様を守れえええ!」
触覚で髪をピンと弾くと、号令をかけた。
「放て」
第三小隊長と聖女を助けた騎士に、レンジャーの矢が殺到した。
死んだらごめんね!
選ばされる二択は、出した方にとってはどっちでもいいのだ。
リュージュちゃん、神様は世を残酷につくりたもうたね。
改めて周りを見渡した。
戦場は人間の悲鳴だけが溢れている。
本校の被害は最小、敵軍被害は甚大。
いい訓練になった。
ラグナがナメクジのほっぺをつついた。
そうね、パッパとやろう。
触覚をお辞儀させて、敵の重装歩兵に向ける。
「『解体光線』!」
「な、なんだ!? 盾が!」
盾を落とした兵士をクマが薙ぎ払うと、前線に隙間が開いた。
モンク兵たちが体をヌルッとねじ込んで、格闘戦を開始した。
戦線は完全に崩壊した。
「みんな、中で休憩するよー!」
「はーい!」
指示を出そうとした班長はレンジャーが狙い撃ちした。
恐慌を起こした歩兵たちは街の中に逃げ出していく。
ナメクジたちは彼らと一緒に要塞都市に入って、しっかりと戸締りをした。
※
子供を抱えた母親が、転びそうになりながら走っていく。
父親は棒切れを構え、震えながら後退りしている。
ナメクジはひっそりと拍手を送った。
かっこいいパパさんだなあ。
追わないから一緒に行ってあげて。
素人さんに手を出すと、森の民から怒られちゃうしね。
生徒の怪我人は少なく、アコライト兵の治療はすぐに終わった。
元気なシャーマン兵とレンジャー兵は城壁に登った。
呼び鈴を連打する迷惑な奴らにカミナリを落としてきなさい。
モンク兵たちが騎士団の負傷者を並べていると、市民が遠巻きに見ているのがわかった。
ナメクジはコウモリを吸って喉を潤すと、声を張り上げた。
「一番偉い人呼んでくださーい!」
もちろん回答はない。
負傷者の中の、一等上等な金属鎧を身につけた人間のところに向かう。
口元に耳を伸ばすと、微かに呼吸音を感じた。
「聖女さんも生きてまーす!
誰も来ないなら聖女様から殺しまーす!」
誰かが走り出す音が聞こえる。
シャーマン兵がしゃがみ込んでナメクジに耳打ちをした。
「あっ、ぜんぶ見えてますよー!
他の城門開けても殺しまーす!
こっちは止めないんで、止めるんならそっちで止めてねー!」
ナメクジは百秒カウントダウンを賢い小鬼君に頼むと、真っ直ぐに走る大通りの先の広場を見た。
椅子や机が並べてある。
さっきまでは賑わってたのかな。
出兵式の片付けも終わらないうちにお邪魔してしまった。
広場には教会ぽい建物も見えるし、庁舎っぽい建物も見えるし、冒険者ギルドっぽい建物も見える。
ナメクジはフニフニと頭を振った。
宗教勢力、自治組織、ギルド、どれが一番権力を持ってるんだろうか。
気になりますねぇ。
シャーマン兵の肩に乗って、仲良く一緒にカウントダウンをしていると、広場から大きな音がした。
目線をやると広場正面の、教会の大きな扉が開かれている。
金属が擦り合う音が聞こえてきて、騎士二名と兵士が飛び出してきた。
兵士たちをよく見ると、ほとんど普段着で槍を担いでいる。
顔色も悪いし、もしかして一般の信者の方かな。
最後に顔を出した壮年の聖職者が、教会の入り口で杖を掲げた。
「魔物死すべし! 正教に間違いはなし!」
好戦的だなあ、ゴブリンじゃあるまいし。
モンク兵たちが前に躍り出て、長柄の棒を構えた。
それにしても君たちはいつも元気だねえ。
ふと隣のギルドらしい建物の入り口が開いた。
中から現れた冒険者たちは騎士たちの後には続かずに、教会へ向かった。
ナメクジが頭を傾げた。
どこにいくんですかー?
その時、目線の先で白刃が煌めいた。
先頭の冒険者が、聖職者の首を一刀で切り落としていた。
「えぇ?」
教会の入り口に僧衣のまとった胴体と、なき別れた頭部が転がった。
騎士と信者たちが振り返る。
騎士君の顔は伺えないが、多分ナメクジと同じ気持ちだろうな。
とりあえず騎士君の背中に声を掛けた。
「聖女様は生きてるよ! どうする?」
騎士くんが肩の上のナメクジを見た。
第三小隊長と同じ表情をしている。
「十秒で決めなさい。十、」
「降伏します」
騎士くんが剣を大通りの脇に投げ捨てると、もう一人の騎士と信者もそれに続いた。
騎士くんはヘルムを脱ぐと、振りかぶって地面に叩きつけた。
広場にぐわんぐわんと金属が転がる音が響く。
彼はナメクジに背を向けて走り出した。
教会の前まで戻ると、地面に転がる聖職者の頭部を思いっきり蹴り上げた。
ボールは出兵式会場に残されていた聖印の旗を直撃した。
その場で膝をついくと、鬱憤を晴らすように雄叫びを上げた。
「あの世で神に謝れクソジジイ!」
「よく言ったあ!」
冒険者集団が騎士くんに駆け寄って胴上げを始めた。
ラグナが首を傾げながら呟いた。
「この世にいますよね、神様は」
カオス! カオス!
ナメクジはシャーマン兵に伝書オウムをお願いした。
ひとまずおやっさんに現状報告だ。
ナメクジの後ろでは、小鬼たちが見事なシュートに拍手を送っていた。
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