第二十七話 ナメクジ、先手を取る
目を凝らして睨むと、およそ四、五十人ほどの兵士が門をくぐっているようだった。
事前の情報だと残り半分はまだ街の中にいるはずだ。
ナメクジを肩に貼り付けたラグナは、彼らに向かって丘陵を駆け降りていく。
大きく横一列に広がったクマ騎兵十体が、集中線が点に向かうように突撃していく。
後百メートルほどで敵にぶち当たる。
門の前の広場、一人ポツンと立つ旗兵の旗が少し揺れた。
朝日で見えにくいのだろうか、まだ騒ぎ出す様子はない。
左翼のクマさんに乗ったシャーマン兵から、粘体質のボールが山なりに射出された。
城門前の兵士のたまりに向かって一直線だ。
旗が振り乱された。
叫び声が聞こえる。
「て、敵襲ーっ! 騎兵と魔法弾が来ます!」
門をくぐっている何人かの兵士が顔を上げたが、隘路で味方に挟まれて動くことはできない。
重力を伴って降り注いだ粘弾が、出兵式を終えたばかりの兵士たちに直撃した。
シャーマン兵はクマから飛び降りて、その場で次の弾の準備を始めた。
乗り手を失ったクマは、速度を早めて街を囲う石壁に向かった。
敵は戸惑っている。
先制攻撃成功だ。
右翼のクマ騎兵は門の前に突撃した。
隊列を組む準備は終わっていない。
「ハイイログマだ! なんで!?」
兵のたまりはボーリングのピンが倒れるように吹き飛んだ。
出入り口の城門がさらに混沌とする。
騎士の乗った馬が、立ち上がって暴れ出した。
騎士たちは振り落とされる前に馬から降りて、ランスを捨てた。
聖女の前に出て、腰の長剣を抜いてクマくんの対処に向かう。
その前に、突撃したクマから降りたモンク兵が立ち塞がった。
モンク兵は籐製の長柄の棒を突き出して槍衾を作った。
だが、騎士の一人は金属鎧を生かしてそのまま突っ込んで来た。
尖った棒の先を鎧の曲線でいなしてモンク兵の懐に飛び込む。
あっという間の早技、ナメクジが気づいた時にはロングソードは振り下ろされようとしている。
体がカチカチに縮こまる。
死ぬ死ぬ死んじゃう!
狙われたモンク兵の小鬼が棒を捨てて、手を前に突き出した。
小鬼の全身が粘液で覆われる。
振り下ろされた刃は、滑る手の甲でいなされ、小鬼の肌を削りながら地面に突き刺さった。
ナメクジは走るラグナの肩の上で、ホッと胸を撫で下ろした。
『スライムアーマー』だ。
小鬼に重装歩兵の真似事をさせることができる。
モンク兵の小鬼は唖然とする騎士の眼球に指を突き刺した。
跪いて呻く騎士の顔面を蹴って転がすと、棒を拾ってまた槍衾を作った。
削られた腕から血が滴りそうになったが、白い粘液が傷口を覆っていく。
スライムアーマーには自己回復能力がある。
他の騎士が後ずさりする間に、足で走ってきたモンク兵が合流して槍衾の圧力を補強する。
ナメクジは小さく息を吐いた。
騎士と兵士の分断は上手くいってんな。
聖女が剣を掲げて叫んだ。
「『ホーリー・レストレーション』」
城門に光の雨が降り注ぐと、倒れていた歩兵たちがゆっくりと起き上がった。
「『セイント・ブレイブハート』」
混乱の最中にあった兵士たちの目に理性が戻る。
聖女は低くよく通る声で指示を出した。
「重装歩兵を優先的に外に出せ!
負傷者を回収! 街の中に撤退!」
「はい!」
「第三小隊長に指揮権を委譲する! 行けっ!」
副官が走り出した。
ナメクジは城門の奥を見やった。
まだ一個小隊が丸々街の中にいる。
冷静なヤツに指揮を取られると面倒だな。
以心伝心みょんみょんみょん!
知ったか知らずかレンジャー兵の矢とスライムスネアが副官に殺到する。
聖女は走る副官の前に飛び出した。
「『セイクリッドシールド』」
聖女の前に現れたオーロラのような光がこちらの攻撃を全て遮断した。
「ありがとうございます!――ガアッ!?」
だが後ろはガラ空きだった。
副官は左翼の石壁沿いを走って突撃してきたクマくんに跳ねられた。
クマくんはそのまま城門から中途半端に押し出される兵士たちの中を突っ込んでいく。
城門の前では指揮を待つ兵士たちが、クマと粘弾と矢の暴力に晒されている。
聖女と騎士たちは槍衾に押し込められている。
聖女は呆然とした顔で混沌極まる城門を見たが、少し俯いて、胸元に手を当ててなにかを呟いた。
目を開いた彼女の顔はどこかスッキリしていた。
ナメクジは頷いた。
やっぱりキマったヤツはいい顔してんなあ。
聖女はこちらを見て、手を合わせて頭を下げた。
「正教第二八騎士団、団長リュージュと申します」
ナメクジは背中に隠れた。
ラグナはリュージュに三角マークを返した。
「サングノイン教静秤派、リマキシアン神学校教師、ラグナと申します」
せいしょう派? わたし初めて聞きますねぇ。
「その研ぎ澄まされた闘気。
ゴブリンキングの方とは初めてお目にかかったかも知れません」
「いえ、未熟なホブゴブリンの身でございます」
「まあっ! あなたがホブゴブリン!
やはり神の作りたもうた世界は、かくも広うございますね」
聖女は再び胸元に手を当てて、なにかを感じ入ったように目を閉じた。
「教義上降伏は認められません。
早めに殺していただけると、部下も助かります」
「はい、よろしくお願いします」
二人は打ち合わせもなく十歩ほどの距離に離れた。
ラグナのお荷物にはなりたくない。
精一杯ラグナの背中に吸い付いた。
そしてその一瞬で、ラグナは聖女の懐にいた。
踏み込んだ足元の地面が割れて、砕けた石が跳ね上がった。
腰の回転が太ももを通して駆け上がり、力が肩に集約する。
ブレストアーマーの中央に、ラグナの肩が斜め下から叩き込まれた。
瞬間、耳が破れるような轟音が響き、聖女は城塞都市の石壁にめり込んだ。
呆然とするナメクジの目端にラグナの横顔が映った。
こめかみに線が走ったかと思うと、皮膚が開き出し、傷口に血の雫がポツポツと浮かび上がった。
聖女は凄腕剣士だった。
「すみませんナメクジ様。まだ無理っぽいですね」
「な、なにがだよ」
ナメクジは急いで傷口に触覚を伸ばして治療を始めた。
「攻撃の当たらないスーパー軽装歩兵になることですよ! 忘れたんですか?」
「……早くなってくれ、頼むよもう」
心臓が破れそうなほど胸を叩いている。
お前らが痛い思いしないんならなんだっていい。
エイダ、君もそんな気持ちだったんだろ?
城門から武器を捨てた騎士が飛び出してきた。
第三小隊長だろう。
停戦交渉の時間だね。
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