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第二十六話 ナメクジ、プレゼントをする



 目を覚ましたナメクジはいつものように寝わらから降りて、いつものようにコウモリを啜った。

 いつものように娘ちゃん秘伝の香油を髪と髭に馴染ませると、顔をパンと叩いて大広間に向かう。

 グラウンドに向かって行く小鬼は一匹もいない。

 天井から滴る水滴が岩肌を叩く音だけが響いている。


 あくびを一つしてヨダレを拭っていると、誰かの足音が聞こえてきた。

 焦っているのか荒い呼吸まで聞こえてくる。

 エイダだ。

 眉を吊り上げてこちらに迫ってくる。


「に、二週間後って言いましたよね」

「おん?」

「出発は二週間後って!」


 その薄い唇が、青く震えている。

 

「そうね。でも楽しいことは早い方がいいよね」


 ナメクジが天井を見て口笛を吹いた。

 エイダは何かに気づいたように息を呑むと、腰の短刀を抜いて手を振り上げた。


「バカにして! ウゥッ!?」

「ナメクジ様、準備が整いました」

「おう」


 エイダの手首はラグナに掴まれていた。

 ラグナは掴んだ手首を彼女の背中に回し、体重を掛けた。

 短刀が洞窟に転がって音を立てる。

 エイダの体は人形のように畳まれて、地面に顔を押し付けられた。


「バカにしていないよ、エイダ」

「ううう」


 彼女は唇を噛んで涙を流し始めた。

 髭を撫でながら頷く。

 頑張って負けたら悔しいよな。


「君は必死にやった。でも俺だって必死なんだ」

「レナ様……レナ様があ……」


 こちらの内情を話すことで、レナちゃんの身の安全を買おうとしたんだろう。

 魔物なんて敵対する宗教より信用できないってか。

 サングノインの名の下に、俺たちは友達になれなかった。

 宗教の力は弱いし、種族の壁は厚いね。

 

 額の秤の紋章を光らせ、地面に爪を立てるエイダの手の甲に触れた。


「血と秤の女神に誓う。レナちゃんはウチで責任をもって保護するよ」

「サ、サングノインなんて嫌いだ! こんな紋章さえなければレナ様は!」


 エイダは目を剥いて歯軋りしている。

 ナメクジはまた頷いた。


「じゃあただのナメクジと約束しよう。

 嘘ついたらハリセンボン飲むよ」

「なにそれ、こわっ」


 振り返ると、いつのまにかお嬢が後ろに立っていた。

 ラグナはお嬢にエイダを引き渡した。

 ナメクジはラグナに持ち上げられながら、お嬢に聞いた。


「今の約束、森の神様聞いてたかな」

「うん、嘘ついたらケジメつけてやるよ」

「だってさ、またねエイダ」


 ナメクジは声だけ掛けて、ラグナと共に大広間に向かった。


 大広間では子鬼君たち五十名が整列していた。

 みな肩幅ほどに広げた足の下に、バックパックを置いている。

 ラグナがナメクジを小高い岩の上に置いた。

 ナメクジはゆっくり小鬼たちを見渡して、思い切り声を張り上げた。


「これは訓練ではない!」


 小鬼たちの踵が音を立てて合わさった。


「作戦開始!」


 誰一人、一切声を上げない。

 全員が一斉にバックパックを背負うと、大広間から飛び出していく。

 あんなに小さいのに軍人みたいだな。

 みんな怖くないのかな。

 大広間はあっという間に誰もいなくなった。


「ラグナ、俺はみんなが好戦的過ぎて心配だよ」

「好戦的だと嫌ですか?」


 隣に立つラグナが首を回して屈伸を始めた。

 ナメクジは頭を捻るように絞った。

 

「そうじゃないさ。

 だって嫌もなにも、魔物ってそういう生き物なんだろ?」


 そういうふうにできてるんなら、その中で幸せになって欲しい。

 

「俺はただ心配なだけだ」

 

 ラグナは嬉しそうに頷いた。


「ナメクジ様が自分を心配してるって思うと、力が湧いてくるんです。

 シグルも小鬼たちも、みんな同じだと思いますよ」


 緊張で固まっていた触覚が萎びれる。

 こいつは何を言ってるんだ。

 

「なんだそれ気持ちわりい。心配してる俺の気持ちも考えろよ」


 ナメクジとラグナは真顔で見合わせて、どちらからともなく笑った。

 

 グラウンドに出ると、おやっさんと娘ちゃんに『森歩きの加護』をもらった者から出立していた。

 足場の悪い森の中を平地を駆けるように進んでいく。

 ラグナはナメクジを抱えてクマくんに跨った。


「留守は頼んだよ」

 

 祈祷している二人に声を掛けると、ラグナはクマくんのお腹を踵で蹴った。

 俺たちも行こう。

 

 ※


「これで全員かな?」

「はい!」

 

 わずか三時間ほどで森の外縁に到着したナメクジは、レンジャー兵の報告を聞いて触覚で丸を作った。

 目の前には『解体光線』で裸にした兵士たちが転がっている。

 森の中の敵斥候兵二名と、陣地作成の資材の見張りをしていた五名。

 やはりまだ本体は到着していない。

 兵士を尋問した結果、ここから三日の距離、辺境都市グランヴァルから正教騎士団がやってくるらしい。

 三個小隊と予備隊を合わせた一個中隊百名。


 ナメクジは触覚を垂らして震えた。

 副官クラス以上は全員騎士らしい。

 ゴブリン相手とは思えないほどの戦力だ。


 サングノイン教団にトドメを刺すチャンスに、正教さんは腕まくりしているんだ。

 兵士の一人が地面に這いつくばりながらラグナを睨みつけた。


「ざまあみろゴブリンども。

 聖女様がくるぞ。邪教徒ごと地獄に送ってやる」


 彼はラグナをまっすぐに見ている。

 唯一のホブゴブリンだし、まさかナメクジが神だとは思うまい。


「五日もしないうちに本隊がやってくる!

 震えて待つんだな! ハハハ!」


 おしゃべりで元気な子だなあ。

 正教の神は陽キャが好きなのかな?

 うちはみんなジメジメしてるし。

 

 森の外は荒野が広がっている。

 乾いた風がナメクジの湿った体を一巻きして、後ろに流れていく。

 ナメクジはラグナのほっぺをツンツンした。

 こんなところで震えて待ってたら、ナメクジの体が乾いちまうよ。

 早く目的地に行こう。


 ラグナが手を上げると小鬼たちは二列縦隊になり、森の外縁を出発した。

 

 ※


 夜明けの光が城壁の上を薄く照らしている。

 朝露が反射して眩しいほどだ。

 ぼーっと見ていると重い軋みが石壁の奥から響いた。

 要塞都市の城門が、ゆっくりと開き始めた。


 暗い門洞の奥から、旗兵が現れる。

 白布に描かれた正教の聖印が、朝の風に小さく揺れていた。

 騎兵が数騎見えた。

 門を抜けた騎士に朝日が当たり、姿が浮かび上がってくる。

 鎧の擦れる音と馬蹄の音が、うっすらここまで聞こえてきた。

 そのうち一人は兜を脇に抱えて、長い金髪を馬上で靡かせている。

 あれが聖女様だろうか。

 

 彼女に続いて、狭い門を窮屈そうに四列横隊の兵士たちが抜けてくる。

 まだ後ろには兵士たちが控えているのだろう。

 ちゃんと隊列を整えるのは門を出てからだ。

 頃合いだな。


 体が弾けるほど息を吸い込んだ。

 シャーマン兵たちが牙のお守りを握りしめた。

 クマくんが前足で地面をかいた。


 ナメクジの全身にひび割れのような金色の筋が走る。

 傲慢な異教徒どもを教導してやるか!


「『チャージ!』」


 小鬼たちが丘陵の影から飛び出した。

 辺境城塞都市グランヴァル襲撃作戦、開始。

 聖女様にサプライズプレゼントだ!


 

読んでいただきありがとうございます。

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金曜日に定期更新です。

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