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第二十五話 ナメクジ、乾杯する



 第二回リマキシアン神学校緊急ミーティングは速やかに始まり、速やかに終わった。

 書記を務めた『論理』君によるまとめは、以下のようになる。


 議題『正教騎士団対策について』

 

・体育教師 ラグナ

 各兵科の練度は上々。

 本校モンク兵の前線維持能力は想定以上。

 加えてシャーマン兵の索敵能力とレンジャー兵の遊撃能力があれば、森での勝利は揺るがない。

 

・社会教師 おやっさん

 魔王軍の代表的な負け筋は、人間軍の重装歩兵を崩せずに側面から騎馬隊の突撃を受けること。

 開けた土地での戦闘は避けるべき。

 近隣の大都市までの距離を考えると、敵の到着は二、三週間後が想定される。


・保健教師 娘ちゃん

 全アコライト兵は初級回復術の習得を完了している。

 ただし重症、重体の治療には時間を要する。

 兵士の損耗を避けるのであれば、ヒットアンドアウェイの遊撃戦法が推奨される。

 

・臨時アドバイザー お嬢

 副官以上は騎士の可能性が高い。

 白兵戦闘のエリートのため、直接攻撃を仕掛ける際は必ず三匹以上で当たるべし。

 森で戦うならレンジャー兵のみでも処理が可能。


・校長 ナメクジ

 森で戦う一択だって?

 じゃあ正教さんだって準備万端、そのつもりで攻めてくるじゃん!

 そんなの危ない、危ないよ!

 向こうがチンタラしてる間に、先にぶん殴ろう!

 

・結論

 騎士団が森にたどり着く前にボコボコにする。


・理由

 ナメクジ様のお望みのまま。


 以上。


 ほな頼んます。

 ナメクジは触覚で合掌を作ると、一人会議室を後にした。

 少しの沈黙の後、背中からケンケンガクガクの議論が聞こえてきた。

 みんな苦労をかけるねえ。

 触覚でこめかみをグリグリと揉み上げる。

 いくら有利と言われても、選ばされた二択は極力選びたくない。

 ナメクジ心は複雑なのだ。


 暇つぶしにレクリエーションルームに顔を出すと、先客がいた。

 レナちゃんとそばかすちゃんが藁の上に座って背中を丸めている。


「こんにちは! なにやってんの?」


 そばかすちゃんが振り向いて首を傾げたが、ハッとして目線を下げた。

 ナメクジはニュルっと目を出してウインクした。

 

「ナメクジはちっちゃくて可愛いだろ?」

「……は、はは」

 

 そばかすちゃんはショートカットの頭をポリポリかいている。

 なるほど、嘘はつけないタイプね。

 でかい幼女は神にシカトをこいて集中している。

 手元の粘土に、先の尖った木の棒でナメクジ印を書き込んでいた。

 触覚部分が難しいようで、眉を顰めて口を尖らせている。

 

「レナちゃんはでっかくて可愛いなあ」

「そうですね!」


 そばかすちゃんは胸元で手を合わせてニコニコしている。

 ナメクジは肩をすくめて頭を揺らした。

 正直者は嫌いじゃない。


「そういやお仲間さんはどうしたの?」


 ここに来た教団パーティは女性二人と、男三人。

 娘ちゃんの生活指導を受けてから見かけていない。


「治療が終わったので、仲間たちの保護に向かいました」


 ナメクジは髭を撫でながら頷いた。

 正教騎士団が来るとしても、彼らはここを選んだんだな。


「そうね、そっちの方がまだマシね」

「……」

「おっと失礼!」


 そばかすちゃんは正直者なので何も言わなかった。

 彼らは二択を選ばされている。

 街で異教徒狩りの恐怖に晒されるか、湿っぽい洞窟でゴブリンと暮らすか。

 追われる信者たちにとってマシな地獄は、後者ってことだね。


 まあ、ちょっと嫌なこと言っちゃった。

 ナメクジが視線を切って場を離れようとすると、そばかすちゃんが呟いた。


「どっちもこっちもないんです、ナメクジ様」


 彼女はこちらを見ていない。

 ただ目を細めてレナちゃんだけを見ていた。


「レナ様が幸せなら、私にとってはどこだって天国です。

 そのためなら、なんだってできます」


 子守唄を歌うような穏やかな声だった。

 ナメクジはそばかすちゃんの側に這い寄った。

 太ももに置いた手が震えている。


「君みたいなヤツは好きだよ。俺も、サングノインもね」


 ナメクジの額の秤の紋章が暖かく輝いている。

 彼女の目線の先、レナちゃんの額も同様だった。

 ナメクジはそばかすちゃんの冷えた手をそっと撫でた。

 そばかすちゃんは何も言わなかった。


「ああそうだ。本校は森の外縁で戦うよ」

「……え?」

「森に入る前に陣地を作るはずだ。そこを狙う」

「えええっ!?」


 そばかすちゃんは腰を抜かして叫んだ。

 びくついたレナちゃんの手元が狂うのが見えた。

 そばかすちゃんを睨んで頬を膨らませている。


「エイダうるさい!」

「ああっ、すみません!」


 ふーん、あなたエイダっていうのね。

 まあいい。

 俺からのサプライズプレゼント、正教さんは喜んでくれるかな。

 ワクワクに体を膨らませていると、レナちゃんは目を輝かせて、顔をつついてきた。

 ふふっ、たまらない感触だろ?

 エイダもつついていいんだよ。

 見上げると、彼女の顔は真っ青に変わっていた。

 ふーん。

 ナメクジが息を吐くと、レナちゃんの指がどんどんめり込んでいった。

 

 ※


「やってる?」

 

 今夜も洞窟入り口の居酒屋は元気に営業していた。

 焚き火を車座に囲んで賑やかにやっている。

 シャーマン親子とお嬢、あとは寝ているレナちゃんだけか。


「あら、エイダはどうしたの?」


 レナのそばを離れるとは珍しいもんだ。

 どっかに行っているのかね。

 首を傾げていると娘ちゃんが外を指差した。


「お花を摘みに行っております」

「それは失礼」


 ナメクジはわらに寝転ぶレナちゃんの影に陣取った。

 油断するとカピカピになっちゃうよ。


「ナメクジ様もどうぞ」

「お、ありがとね」


 おやっさんが木の深皿に酒を注いで、目の前に置いてくれた。

 触覚を突っ込んでチビチビと啜る。


「行かせて良かったんだよね?」


 お嬢は親指と人差し指で角の杯をつまんでいる。

 娘ちゃん曰く、三日ほどでコイツの骨はほぼ繋がったらしい。

 異世界ってすごい。

 

「行かせていいよぉ」


 ナメクジはしゃっくりをして頷いた。

 お嬢はいつもは持ってこない手斧を腰に差してある。

 まったく怖い顔するんじゃないよ。


 洞窟の外に目をやった。

 雨は降っていない。

 体がちっちゃいから酒がよく回るなあ。

 薬草の発酵酒だから体にも良い。

 つまりいっぱい飲んでいいってこと。

 多めにお酒を吸い込んで、熱い息を吐きだした。


 そばかすちゃん――エイダは、たぶん内通している。

 今、本校の方針を外のスパイに伝えに行ったんだろう。


「傲慢だねえ」

「そんなんじゃないよ。

 誰だって、より良いミライを目指して必死なんだ」


 シャーマン親子が目端で見慣れたポーズをしている。

 お前らもなんかやってんだろ?

 別にいいよ、好きにしな。


「チアーズ」


 ナメクジが酒の入った皿を掲げると、みんなそれに続いた。

 みんな、後悔しないように頑張れ。

 俺も頑張る。

 雨季は開けたらしい。

 真っ黒な森の向こうに久しぶりの三日月が見えた。

 


読んでいただきありがとうございます。

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金曜日に定期更新です。

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