第二十三話 ナメクジ、安請け合いする
「で、では聖都の紅供派と聖血派は全て根切りに? クソッ!」
おやっさんは義憤に駆られたのか、自分の太ももを叩いた。
その向かいに座る古参兵は、何かを思い出すように目を瞑って首を振る。
「ええ、均衡派も煽りを受けて大審問にかけられました。特にレナ様は聖痕をお持ちです。ギルドの助けがなければ今頃どうなっていたことか」
「正教め、なんという専横ぶりか。とにかく、よくぞご無事で」
二人のおじさんは、立ち上がってお互いの肩に首を乗せて、背中を叩き合った。
ふーん、よかったよかった。
こんな末法の世にも救いはあるんだね。
HAPPY END!
ナメクジは狼の牙に開いた穴を睨みつける。
触覚をYの字にして麻紐を摘む。
ここまでは出来る、でもこんな骨のない体じゃプルプルして穴に通せないよ。
集中している目端に、正座してこちらに向き直る偉丈夫の影が見える。
知らねえ知らねえ。
「それが聖都の現状です。ナメクジ様、サングノイン様のため、どうか!」
――どうかお力添えを!
壁が割れるような大声に触覚が揺れる。
「あっ!?」
跳ねた紐は牙のエナメル質に滑らされて、小さな穴から外れてしまった。
膨らんだ体に気泡が泡立っていく。
麻紐と狼の牙が足元に転がる。
「ごちゃごちゃうるせーな! こっちはワークショップで忙しいんだよ!」
「そ、そんなご無体な……」
無体なのはどっちだよ、なあレナちゃん。
太ももに乗ったナメクジが上を見上げると、ちょうど彼女が牙に紐を通したところだった。
青い瞳を輝かせて紐の両端を縛ると、こちらに完成した獣のお守りを見せてくる。
触覚で拍手をすると、レナちゃんはナメクジの有るか無いかわからない首に掛けてくれた。
「あい!」
「ありがとね」
お礼を言うとズイッと頭を差し出してきた。
おでこの紋章にペチョっと触れると、目を閉じてくすぐったそうにしている。
見た目はお嬢や娘ちゃんと変わらないが、レナちゃんはまだ五歳。
デミジャイアントとかいう、世にも珍しい人間と巨人のハーフらしい。
喋るナメクジとどっちが珍しいんだろう?
ナメクジはお返しにおでこを撫でられながら、人間たちの方を見た。
縋るようにこちらを見上げてくる古参兵。
その後ろには、辛気臭そうなツラをぶら下げた下着姿の人間が三人並んでいる
ナメクジはため息をついて髭を撫でた。
「正教と喧嘩する気はない。でも逃げてきた信者たちを匿うのはいいよ」
俺は正教さんとやらに、なにかをされた覚えはない。
むしろ実害で言ったらコイツらの方には恨みがある。
でもサングノインとおやっさんには世話になってんだ。
それくらいはやらせてもらうよ。
「あ、ありがとうございます!」
そう言って頭を下げたのは、後ろに立っていた姉ちゃんと、こっちの身内であるおやっさんだけだった。
古参兵をはじめ、残りの連中は眉を顰めたり首を傾げたりで、不平不満が透けて見える。
ナメクジは小さく何度も頷いた。
まあ人それぞれ大事なもんがあるんだ、思うところはあるだろう。
俺が全神だったら全部助けてやれるけど、半分ナメクジなもんで、勘弁な!
「じゃ! 後は任せました」
地面の紐を拾い直した瞬間、なにかが前を横切るのが見えた。
「この不信心者!」
「ぐあっ!?」
娘ちゃんの甲高い叫び声とともに、応接スペースに重い打撃音が響き渡る。
一緒にお守りを作っていた新入生三匹が身をすくませた。
おっといけない。
「みんな、向こうでコウモリ食おうぜ! な!」
ナメクジが太ももを叩くと、レナちゃんはナメクジを抱えて立ち上がった。
やっぱり背丈は娘ちゃんと同じくらいだな。
スクスク育ってて偉い!
「なんじゃその生意気なツラは! 森の民ならブチ殺しとるぞコラッ!」
「オゴッ!?」
背中越しに娘ちゃんの啖呵と、腹に響くような重い音が聞こえてくる。
娘ちゃんのキルスコアの四分の一は、森の民の軟弱者らしい。
「神の恩寵をより好みするったあ、街の人間はずいぶん偉いんじゃのう! オラッ!」
ナメクジは去り際、娘の腰にしがみつくおやっさんに声をかけた。
「おやっさん、それでいいかな?」
「は、はいっ! 十分です! 相手は素人さんです、やめっ、やめなさいっ!」
「死ねっ! 死ねっ!」
娘ちゃんのバイリンガルぶりには背筋が冷えるぜ。
ラグナに視線をやると、すでに小鬼に声をかけてアコライト兵の手配をしていた。
喧騒を抜ける中、すれ違いざまにお嬢に声をかけられた。
「先生、夜に一杯やろうよ。ちょっと話があるんだ」
「あっ! いいねえ!」
ナメクジは触覚で指を作ってピシッとお嬢に向けた。
レナちゃんの腕に隠れて、お嬢の顔色は伺えなかった。
※
小鬼たちが寝付くのを見届けたナメクジは、寝床をそっと抜け出した。
下層からのせせらぎを聞きながら、スイスイと湿った岩の表面を進む。
スローリーな軟体生物なりにAGIにバフを感じる。
人間には辛いだろうけど、やっぱ雨季はイイね。
洞窟入り口が見えてきた。
ここまでうっすら雨の音が聞こえてくる。
焚き火の炎に照らされて影が踊っていた。
ご機嫌に一杯やってんなあ。
「こんばんはー」
「おっ、先生待ってたよ」
ナメクジが声をかけると、角の杯を持ったままお嬢が振り向いた。
シャーマン親子が杯を置いて、胸元で軽く三角を作った。
「お、お邪魔しております」
「いいのよ、ゆっくりしてってね」
ショートカットの、そばかすがキュートな女性だ。
さっき頭を下げていた教団の姉ちゃんか。
レナちゃんを膝枕している。
「おやっさん、どう? 話はまとまったの?」
「はい、先ほどはご迷惑をおかけしました」
ナメクジは火に当たらないようにレナちゃんの影に収まった。
そっと触覚を伸ばして、治療途中の顔に被せる。
クセの悪い傷だ。
治すには時間がかかるだろう。
そばかすちゃんが頭を下げる。
へへ、気にすんなってことよ。
ナメクジは顎らしきところを振って、髪を靡かせた。
「それで、今後のことですが」
おやっさんはナメクジに簡潔に経緯を話した。
デミゴッドは長くなりそうな話をすぐに聞き流す。
彼はそのことをよく知っている。
要は、たまにやってくるサングノイン信者を匿うとこ。
そしてどこかに信者の集落を作るので、それまで待って欲しい。
以上!
『論理』君のまとめよりわかりやすいじゃん。
この世界が全て、おやっさんの説明くらいシンプルだったらいいのに。
ナメクジはレナちゃんに肉ジュースを送りながら頷いた。
「オッケーです!」
おやっさんがいつも通り目を細めてこちらを見ている。
娘ちゃんは何も言わずに、おやっさんの隣で正座している。
「……先生いいの? そんなに安請け合いして」
「えっ、匿うだけでしょ?」
お嬢は杯を持ったまま、人差し指をこちらに向けた。
「絶対に追っ手が来る。正教騎士団なんかは結構やるよお」
お嬢はヘラヘラ笑いながらしゃっくりをした。
その横のそばかすちゃんが、正教騎士団脅威説を補強した。
「そ、そうです。教団過激派の私設部隊も全滅しました」
握り拳にした両手を胸元に持ってきて、心配そうにこちらを伺っている。
この仕草をするヤツは嘘はつかないだろう。
外の雨が強まってきた。
雨音が洞窟に反響している。
ナメクジは触覚でヒゲの下を触りながら、オレンジ色に照らされた天井を見上げた。
――もしかして、匿うだけでも結構ヤバい案件なのでは?
「話ってこれなんだよ、先生。身内が舐めた真似してごめんよ」
お嬢はナメクジに深く頭を下げる。
でもまあ、言い忘れることなんていくらでもあるよね。
ナメクジには共感しかない。
そんなに謝らなくてもいいよ。
「うーん、舐めてるとは思わないけど、どうなのおやっさん」
おやっさんはいつも通り目を伏せて炎を見つめている。
あら、聞こえてないのかな。
「てめえ聞いてんのかコラッ!」
「うおお……」
お嬢は酒を飲み干した杯をおやっさんに投げつけた。
広いおでこに当たった杯が、音を立てて転がった。
溢れた酒が薪にかかって煙を上げている。
ナメクジはなんとか唾を飲み込んだ。
いつも気のいい友達がブチ切れている。
ゆらめく炎の向こう、黙り込むおやっさんを見つめる。
湿った薪が白い煙を上げて、顔色を窺うことはできない。
お嬢が立ち上がって、ゆっくりと首を回した。
「どうなんだあ? うちのシャーマンさんよお」
豪雨の中の稲妻が、焚き火を囲むナメクジたちを白く照らした。
顎を上げたお嬢の目が据わっていた。
握り込んだ拳が軋む音が聞こえる。
「危ないことは先に言うのが筋ってもんじゃないの? 理由があるなら言ってごらんよ」
お嬢はおやっさんの隣に立って、首を鳴らした。
そばかすちゃんが顔を青くしてナメクジを見つめている。
吹き込んだ風が火を揺らした。
おやっさんは額から血を流しながら、いつものように目を細めて微笑んでいた。
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