第二十二話 ナメクジ、使徒を拾う
父になって数週間。
ナメクジは起きるなり、ラグナを伴って洞窟の入り口に向かった。
開校以来の日課である。
泥沼のようにぬかるんだグラウンドが見えた。
昨日たらふく雨が降ったからか、雲間が切れて少し朝日が差している。
雨季はまだまだ終わらない。
後二ヶ月程度はこんな天気の繰り返しらしい。
ナメクジは洞窟を出て朝日を浴びるなり、大きく舌打ちをした。
――またかよあのクソジジイ
入り口を出たところの岩壁の際、長い枝を立てかけて、その上に大きな葉っぱを何枚も重ねてある。
雨を凌ぐための即席の寝床だ。
中を覗くと三匹のゴブリンが身を寄せ合って眠っていた。
彼らはナメクジの舌打ちで跳ね起きた。
三匹並んで土下座をしている。
一匹は指が多く、一匹は指が少なく、一匹は体が真っ白だ。
近隣の村の村長ゴブリンは忌み子やら、知恵遅れやら、治療の見込めない怪我をした者やらを村から追い出している。
うちの生徒は実際そんな子たちばっかりだ。
「ナメクジ様、お顔がいかめしいですよ」
ハッと顔を上げると、三匹はラグナの足に縋り付いていた。
おっといけない!
ナメクジは三匹の細かい傷を治療すると、艶やかな髪を左右に振っておどけて見せた。
「いらっしゃい、歓迎するよ!
ラグナ、中で暖めてあげて」
三匹は困ったように小鬼社会のエリート、ホブゴブリンのラグナを見上げた。
まあ長髪カイゼル髭のナメクジが喋ったんだ、戸惑うのは理性がある証拠だね。
ラグナはナメクジに目線で返事をすると、衰弱している小鬼君たち三匹を担いで、洞窟の中に消えていった。
背中になにかが当たった感覚がした。
空を見上げると、また黒雲が厚くなり大粒の雨が降り出した。
とっとと中に入ろう。
この雨じゃ、ちっぽけなナメクジなんてすぐに流されちまうよ。
洞窟の中に戻ろうとした瞬間、雨に飛沫を上げる地面の向こうに人影が見えた。
影が四つ、いや五つか。
杖に、剣に、弓に槍。
統一感がない。
軍隊ではなさそうだ。
ナメクジがヒゲを触りながら素人斥候ごっこをしていると、ふいに体が持ち上げられた。
「危ないぞ、ナメクジ様」
「アブナイゾ」
そう言ってナメクジを肩に置いたのは、先日シャーマンになった子鬼君だ。
粘土で作った、のっぺりとしたナメクジ印のお面を被っている。
「それ見えてんの?」
「なにもみえないぞ」
「ミエナイゾ!」
ナメクジの逆側、もう片方の肩には立派なトサカのオウムが止まっている。
しきりに首を振って辺りを見回している。
「どうなのよ、修行の方は」
「うん、だいぶなれてきた。えーと、どっちかな」
肩のオウムが小鬼君の頭側に飛び寄って、不審な一団の方を見た。
目の見えない小鬼君だが、真っ直ぐに彼らの方に向き直る。
『眷属化』した動物と『感覚共有』するシャーマンのスキルらしい。
小鬼君は、狼の牙を紐で束ねたお守りを握りしめて、前に突き出した。
何もない中空から、めくりあがるようにスイカほどの球が現れる。
どこかで見たことのあるピンク色だね。
「スライムスネア」
放たれた粘弾は山なりの軌道を描いた。
親子でキャッチボールでもするかのようなスピードだ。
「前方から魔法弾!」
前方から野太い声が上がる。
こっちから見えるんだから、向こうからだって見える。
先頭の槍持ちの叫びを聞くなり、連中はバラバラに飛び散った。
そして全員がマントを取り払って武器を捨てた。
やっぱり全員人間だな、ってなんで武器捨てるんだ?
雨の中、男三人、女二人が立っている。
冒険者パーティってやつかな。
そのうちの一人、体格のいいおっさんが少し前に出た。
「な、ナメクジ様、わたしでございます!」
野太い壮年男性の声だ。
ナメクジは触覚で雨に濡れた髪をかきあげながら、上を向き、唸った。
……誰だ、こいつ。
どっかで見たことがあるような。
いや、見てないような。
「あの時は見逃して頂いてありがとうございました!」
あの時なんて言われても知らねーよ。
それにしてもいい声してんねえ、体のデカいし。
デミゴッドの俺より頼り甲斐があるよ。
「駐屯地です! あの時です!」
おっさん並びにその他メンバーが、雨空の下、頭上に三角マークを掲げた。
あっ、あの時の!
ナメクジは二本の触覚を叩いて合わせた。
「駐屯地の古参兵のおっさん!」
古参兵たちはホッとしたように顔を綻ばせた。
その彼らの後頭部に大量のスライムスネアが直撃した。
前のめりに倒れた後も、粘液ボールがどんどん降ってくる。
すまん、車と戦争は急には止まれないんだ。
おっさんを挟んだ向こう側から他のシャーマン兵がぞろぞろ歩いてくる。
それを見計らうように森と岩壁の隙間からレンジャー兵が飛び出してきた。
すぐさま気絶したヌルヌル人間たちを捕縛する。
「ああ、お口と鼻は拭いてあげて。粘液が詰まると死んじゃうからね」
ナメクジが振り返ると、身の丈ほどの棒を携えたモンク兵たちが待機していた。
武器を置いて前に出て、倒れた人間さんのお顔を泥水で濡らした粗布でゴシゴシする。
小鬼ちゃんたちにスキンケアの概念はないのだ。
「あっ」
奥で気絶した女の子の顔を擦っていた小鬼が、助けを求めるようにナメクジを見た。
どうしたんだろうか。
自分を肩に乗せた小鬼君は、ナメクジが首を傾げるのと同時に、もう動き出していた。
「ちょっとまってね」
「ありがとね!」
これよこれ! 教師と生徒の仲は以心伝心。
『感覚共有』なんて補助輪は俺らには必要ないんだね!
ナメクジは上機嫌で女の子の様子を覗き込む。
可愛らしい女の子だった。
豊かな金髪は泥水に塗れても艶がある。
娘ちゃんや俺みたいに、ちゃんと良い油でケアしてんだな。
顔は半分焼けただれてるけど、多分最近できた傷だ。
無抵抗なところを不意打ちしちゃったし、一応治療してあげよう。
少女に肉ジュースを送りながら、助けを求めていた小鬼を見た。
このくらいの怪我なら見慣れているはずだ。
どうして自分を呼んだのだろう。
「ナメクジ様、ここです」
小鬼は震える手で女の子の前髪をかき上げた。
大粒の雨が彼女の顔の汚れを洗い流していく。
ナメクジの額がチクリと熱を持った。
共鳴するように、女の子の額も赤く光る。
「おっ、ご同門か」
彼女の額には秤の紋章が刻まれていた。
自分以外で初めて見た。
ただの信者ではない。
サングノインの『使徒』だ。
お前さんも勝手におでこに落書きされたのかい?
ナメクジは少女の張りのあるおでこをピチャリと叩いた。
降りしきる雨の中、アコライト兵たちが人間たちを運んでいく。
ナメクジはシャーマン君の肩の上で、触覚をぐるぐる回した。
自分の知っているサングノイン教団といえば、ゴブリン五十匹を生贄に捧げた狂信者司祭が記憶に新しい。
あいつらの仲間かもしれないなあ。
「うーん、全員殺すか」
本校のドクトリンは『やられる前にやりなさい』。
殴られた後に反撃できるほど、うちの子たちはスーパー軽装歩兵じゃないんだ。
ゴーサインを出そうと顔を上げると、生徒たちはすでに人間を放り出して武器を構えていた。
以心伝心ヨシ!
「みんな百点です!」
「やったー!」
「ちょっと待ってください!」
小鬼たちが歓声を上げる中、誰かが足元に滑り込んで土下座した。
「か、数少ない同門です。せめてお話だけでも!」
おやっさんだった。
そういえばこの人もサングノインの信者だった。
雨に打たれて体が冷えたのか、かわいそうなほど震えている。
「おやっさんが言うなら仕方がないね」
「ありがとうございます!」
おやっさんの片手落ちな三角マーク。
ナメクジが肩をすくめるなり、人間たちの救護活動はすぐさま再開された。
雨季だっていうのに千客万来だな。
洞窟に戻ったナメクジは体を振り回して、髪の水滴を振り払った。
一人になって、誰もいない洞窟を糸を引きながら進む。
サングノインは友達だ。
だが友達の友達は、別に友達じゃない。
俺は小鬼のためならなんだってやる。
ナメクジの表明に、額の秤の紋章は金色の光で点滅した。
だよな!
やっぱり邪神同士、話が合うぜ。
下手くそな鼻歌が洞窟に響く。
なだらかな岩肌の上に、湿った黒い筋がてらてらと光っていた。
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