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アレしか自慢のない俺、風俗にイったはずが異世界に行くことになった  作者: きし
第十二章『観測を超えて未来を求め』
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 「――ん」


 気を失っていたリーアは、ずっしりと重たくなった体を起こした。

 視界の先に広がる景色は、一面の白の世界。白の世界と言えば聞こえはいいのかもしれないが、真っ白の部屋に閉じ込められたような圧迫感がそこにはあった。

 白一色の景色の先には、何もない。狭いのか広いのか、それとも無限に続いているのか。深く考えれば考えるほどに、気が狂ってしまいそうだ。

 もしかして、また自分の体が消えてしまっているのではないかと思ったが、どうやら五体満足でいるらしい。世界がおかしくなったことを除けば、特別変わったことはない。

 そこまで考えて、リーアはようやく直前に起こった出来事を霧が晴れるように思い出した。


 「そうだ、観測者……ゼル……! アキホは、どうなった……!」


 戦いになんてならなかったが、必死に神にも等しい力を持つ者に抗った。それは確かだが、その後がすっぽりと抜け落ちている。何より、この異常な空間は明らかにおかしい。

 リーアは手にした剣を握ってみるが、一体この武器がどれほど役に立つものか。そもそも、奴を傷つけることが可能かすら怪しかった。

 どうすればいい、このままこの空っぽの世界で発狂するのを待つだけしかないのかと考え始めた頃。


 「――リーア、そこにいたのね」


 非常に近距離から声が聞こえて、跳ねるようにそちらを見れば、弱った様子のアキホがそこに立っていた。手を伸ばせば届くような距離にアキホはいたが、何故そこまで気が付かなかったかとリーアを軽く混乱させた。

 王都の城で向かい合っていた時に発していた威圧感のようなものは消え、たった戦争が始まる前に戻った頃のように心底他者を心配するような雰囲気を放っていた。


 「ここは、どこなんだ……一体私は……」


 口を濁しつつ、アキホはリーアの質問に答える。


 「ここは……多分だけど、さっきまで……私達がいた場所よ。世界と言ってもいいかもしれないけど……」


 「世界……こんな何も無い空間がか!」


 「ええ、こんな何も無い空間に観測者はしたのよ。全てを消去して」


 「じゃあ、何で私達はここにい――」


 はっきりと二人だけだった会話の中に、足音が響いた。リーアは口を閉ざし、足音のした方向を凝視する。

 白の世界に一点だけ染みのように、黒の影が発生した。黒いそれは、ずるずると引きずるようにして近づけば、リーアとアキホの前に立つ。

 それは人であり、被っていたローブを外せば、女性の姿をした観測者だった。


 「――私が教えよう」


 どうすることもできず、リーアとアキホは観測者の紡ぐ言葉を待った。


 「どうやら、消去したはずの世界に私の力を受けた君達は取り残されてしまったようだ。前世界の全てを消去したはずだったが、君達はそこから除外されてしまったらしい。君達は完全に、私の観測してきた世界の中での異常であり異物となった」


 事態を飲み込めたのかアキホは、どこを見ているかも分からない空虚な観測者を見据えた。


 「……異物は、どうするつもりかしら」


 「決まっておる、異物はあるべき世界の軸を乱す。それは排除するしかなかろう」


 断言する観測者の一言にリーアは、反射的に後退りをする。だが、アキホは目を逸らすことなく問いかけを続けた。


 「つまり、貴方にとって……私達は脅威になってしまったということかしら……。最後なんだし、それぐらい言われた方がまだ抗った意味があるというものなんだけど……」


 観測者は一拍置いて、返答した。


 「お前に言われて初めて、お前達を異質と感じる理由に気づいたぞ。……そうだ、ザブリウスと殺し合いながらも観測者の情報を交換し、私の役割を書き換え、最後は一矢報いようとする。ああ紛れも無く――お前達は観測者の脅威となった」


 はっきりと告げた観測者の一言をアキホは噛み締めるように聞けば、右手で顔を覆った。そして肩を震わせて、地面に崩れ落ちる。

 家族を裏切り、大勢の人を殺し、望まぬ形で手を血で染め続けたアキホの結末が全て無駄になったのだ。アキホの苦しみを想像したリーアは膝を曲げて、泣き崩れたアキホを抱き寄せた。

 そこまでして、「はははっ」と軽妙な笑い声が空間に響いた。

 観測者かと思ったが、僅かに眉を上げているだけでそうした様子はない。まさか自分が気が触れたのかと考えたリーアが口に手をやるが、どうやら自分でもなさそうだ。 

 混乱するリーアは笑い声を辿るようにして、目を向けると、その発生源は――アキホだった。


 「はははは……あはははははははっ――!」


 立ち上がったアキホは、リーアも今まで見たことがないほどに高笑いをしていた。いや、高笑いなんてものじゃない、まるで子供が自分の遊びが思い通りに行った時に喜ぶような、少しタガの外れたような大きな笑い方。

 気が触れたと思ったのか観測者は目を伏せ、リーアはアキホがまだ狂っていないことに気づいてはいたが、次の行動が思いつかなかった。

 艶やかな黒髪をかき上げたアキホは、垂れる髪の間から観測者を捉えた。その口元は確かに歪んでいた。


 「絶望し、精神が崩壊したか」


 観測者の発言にアキホは吹き出し笑いをする。


 「ぷっ……! アンタは、そうとしか見えないんだろうね! 私達を脅威と感じた時点で、観測者……アンタはもう高みの見物から引きずりおろされているのよ! 私はね、前の世界で死にたくなるぐらい嫌な思いをしてきた。タモツ君に話したことなんて大嘘、常人なら発狂してしまいそうなぐらい誰かに世界に人生を貪られ続けた! 神童と呼ばれた私は幼い頃から激しい嫉妬を受けて傷つき、学生になっても他者とズレただけで異常者扱いだ! 私が誰かを傷つけたか!? 私が誰かを悲しませようと考えたか!? 成人してからは、それなりにうまくやろうとしたつもりだったが、最低最悪な男に目をつけられて散々利用されて弄ばれて、最後は異世界行き! ほんの少し前までは、私がタモツ君の代わりに異世界の魔王になってやろうなんて考えていたりもした! だけどね……世界は……世界は……壊すにはあまりにも尊いんだって気づいたんだ!」


 熱に浮かされたように声を荒げるアキホとリーアの視線が交錯する。その時、アキホの目の奥には強烈な輝きの炎が灯っているにも感じられた。同時に、リーアはその輝きを見た時に背筋が凍えるような思いにもなった。それは死の間際に何かを託そうとする者達の輝きに酷似していた。

 アキホの名前を呼ぼうとするリーアの声を覆い隠すようにして、アキホは自分の舞台に他者を上がらせることを拒むようにさらに強く言葉を続ける。


 「タモツの青臭さが世界の輝きを語った! リーアの純真な気持ちが、私に忘れていた愛情を思い出させた! ゼルの揺らぐことのない真っ直ぐな思いから、世界は人々の心の灯りで照らされていることを学んだ! ……観測者っ! お前は人を選び間違えた! 前の世界で既に壊れていた私は、この世界で生き返ることができたんだ! お前が考えているよりも、何倍も何十倍も何百倍も、私はこの世界を愛している! 愛した世界で、大勢の命を奪わせたお前を絶対に私は許すわけがない! これから起こることを、しかとその目に刻め! そして、泣いて詫びて後悔するがいい! お前はこれから敗北するのさ、お前の作り出した予期せぬバグの前にな! お前の力は世界の希望が拘束し、お前の望みは世界の愛が叶えることはない、お前の行いをこの世界で生きる者達が許すわけがないんだ! ははっ……感謝するわ、観測者。この世界に私を送ってくれたことに、心の底から感謝しているわよ! お前は、人々の意思に殺されるんだ!!! 最初から神でも観測者でもないお前は、今この瞬間から私達と同じただの人間に成り下がれ!!!」


 言い放ったアキホは満足そうに大きく口を歪ませて、はあはあと熱い呼吸を漏らした。


 「――消えろ」


 観測者がそう呟けば、アキホの体は足元から少しずつ頭にかけて消えていく。まるで透明の服を足から履こうとするかのように、その体がみるみる内に無に還ろうとしていた。


 「アキホ! 待て、消えるな!」


 リーアはアキホの体にしがみつこうとするが、その手は容易くすり抜ける。


 「リーア、たくさん傷つけて苦しめてごめんね。本当はリーアのこと大好きだったよ。……でも、安心して。後は大丈夫だから」


 今一度、涙を流しながら手を伸ばすリーアだが、その手は虚空を掴むのみ。自分の無力さに嗚咽を漏らすリーアの頭を撫でたい気持ちになるアキホだが、その役目は別の人物任せることにしようと思う。


 「私だって、アキホに謝らなければいけないことがある! 本当のことを知っていれば、もっとやり方や言い方もあった! 私が無知なせいで、アキホを殺すことしか考えていなかった……私だって……アキホを尊敬していた! 好きだったんだ!」


 満ち足りた表情でリーアを見たアキホの鼻の辺りまで既に消えていた。そして、そっとか細い声でアキホは最後に呟いた。


 「後は任せたよ……――タモツ君」


 すっと世界から完全にアキホが消え去った。だがしかし、泣きじゃくるリーアの頭には、覚えのある温もりが重なっていた。

 温かな手がリーアの頭を優しく撫でる。アキホのものではない、男性の手だ。

 止まらない涙を拭うことも忘れてリーアは顔を上げる。


 「なぜだ……お前がそこにいる……」


 観測者は初めて驚愕の声を漏らす。リーアは初めて観測者を人間のようだと思った。

 涙は止まらず、次から次に溢れてくるが、リーアの瞳はしっかりとその人物を見つめていた。いや、目を離すことなんてできるはずはなかった。


 「よく頑張ったな、リーア」


 リーアの頭を撫でていたのは、ギマリス戦でリーアを救った――包帯男。

 包帯男がリーアから手を離して、顔に巻きついた包帯を引きちぎった。ずっと前から顔に付けていたせいか、ボロボロになった包帯は簡単に破れた。そして、包帯の下からは……。


 「……ずっと、ずっと、ずっと! ずっと、その声を聞きたかった! 会いたかった! 愛していた! 貴方を! ――タモツ!!!」


 包帯男は、否、包帯男タモツがそこに立つ。


 「待たせたな、ここから逆転するぞ」


 顔に残った包帯を完全に剥ぎ取った保は、リーアを守るように一歩進んだ。

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