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アレしか自慢のない俺、風俗にイったはずが異世界に行くことになった  作者: きし
第十二章『観測を超えて未来を求め』
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 リーアが一歩部屋に踏み込むと、不思議とその空間は静寂に満たされていた。この部屋だけは、別世界に隔離されたような不気味さ。

 まだ新しい血の痕に原形を留めていない部屋。天井は巨人に握りつぶされたように不器用に半壊し、穴の空いた天井からは淀んだ曇り空が広がっていた。

 部屋の奥の椅子にアキホは腰掛けていた。リーアが来るのが分かっていたのだろう。扉を開けてやってきたリーア達の顔をじっくりと見つめていた。

 やはりそこも崩れかけた机の上に両肘をつき、手の甲に顎を乗せたアキホが口を開く。


 「よく来たな、リーアにゼル。ここまでの旅路は随分と大変だったろ」


 「ああ、大変だった。本当に」


 自分の鼓動が早くなっていくのをリーアは感じていた。きっとこの鼓動がどうしようもないぐらい早くなった時に、自分の体は理性を保てなくなるだろう。

 殺気がリーアの内から滲み出しているのを察知したゼルは、一歩前進する。


 「アキホ、教えてほしい。どうして、こんなことをしたの? アキホのせいで大勢が死んだよ……。私、その理由が知りたくてここまで来た」


 目を伏せたアキホは、低く唸ると椅子から立ち上がる。そして、リーア達に無謀に背中を晒すと薄暗い空の下に広がる戦場に目を凝らした。


 「これしか方法はなかったんだ。どうせ、理解されるわけがない。ゼルやリーア達が考える次元で、私は戦争をしていない。……答えようがないのさ、この戦争については」


 あまりにも他人事のようなアキホの回答にリーアは苛立ちのまま声を荒げる。


 「その言い草はなんだ! お前が始めた戦争で、たくさん死んだ! タモツも! 多くの民を泣かせ、苦しませ、絶望させた! それは紛れもなく、魔王アキホの所業だろうが!」


 「そうさ、全て私が元凶。……だからこそ、ここに辿り付いた者達には真実を知る権利がある」


 「真実?」と、ゼルが首を傾げた直後、


 「――出てきてもいいだろ、観測者。困るなら、自由に記憶をいじればいいさ」


 すっと部屋の隅の暗闇に気配が生まれた。闇が命を貰ったように、影の中から漆黒のローブを纏った人間が現れた。

 その人物こそ、アキホの呼ぶ『観測者』であるということは容易に理解できた。


 「どこから出て来た……? アキホの仲間か」


 背を向けていたアキホが、初めてリーアに明確な敵意を持って視線を向ける。


 「二度とコイツと私を仲間なんて言うな。どんな言葉よりも、私への侮辱になる」


 第三者ではあるようだったが、観測者である存在の事をアキホは把握していた。しかし、感情的になるアキホを見ていると協力関係とは程遠い様子である。 

 突然の事態に、ただただ身構えるリーアとアキホに観測者は顔の見えないローブから声を発する。


 「ここまで舞台を組んだアキホの頼みなら、この世界の真実を語ってやろう」


 低い声はまるで老人のようにも若者のようにも聞こえる妙な声だった。事実、ゼルの耳には若者の声に聞こえ、リーアの耳にはしわがれた年寄りの声で届いていた。ただし、二人の感情にを支配したのは言いようのない不安や不快感といった良くない感情であった。


 「さて、どこから話そうか。一から話すのがいいだろう。……リーアとゼル、お前達はタモツとアキホが別の世界から来たことを知っていたか?」


 驚いたゼルがアキホの表情を窺えば、無表情で観測者をじっと見ていた。リーアはといえば、タモツが遠くから来たことを何となく察していたようで、さほど驚くことはなく観測者の発言に注意していた。


 「やはり知らなかったか。まあ、タモツに関しては語る余裕もなかったな。……タモツとアキホを別世界から連れて来たのは私なのだよ。その時は、私達でもあったが」


 ローブをめくれば、その下には熊のような体系の大男がいた。


 「時として、世界に変革が必要になる時がある。世界は幾度となく停滞し、それを打破する為に、この世界に別世界や現世界から役割を与えられし者を連れてきていた。そして、異世界人を管理し観測するのが、この私の役目だ」


 観測者は野太い声で喋ると、顔に触れればキツネのようなツリ目の男に姿を変えた。観測者が変身した二人の男は、タモツの入った風俗店のカウンターに立っていた人物だった。

 今度は先程よりも高い声で語る。


 「私を神だと言ったのは、前にこの国を治めていた暴虐の王だ。私は、あの男に魔王になることを義務付けたが、正義感の強い男は私に反抗した。暴走した観測対象者に元の役割を与えるために、男の心を操作した。それでも抗おうとした男の心は結局壊れ、私が望んでいた形に近い状態に落ち着いた。まあ勇者の役割を与えたエルフの少女には、重たい役回りだったかもしれないが。しかし、意外だったのは最後は人類最初の魔法使いだと言われたあの男が、私の正体を掴み、次の世代に私を倒すことを託したのは……意外だ。生まれて初めて、私の感情が波立つのを覚えたよ」


 淡々と一定のスピードで語る観測者にリーアは問いかける。


 「貴方は何者なんだ……。今の話は、本当に……神としか思えない」


 ツリ目の男になっていた観測者は頬を引っ張れば、マスクのように顔から皮が剥がれ落ちる。その下は、タモツに呼び込みをしたバニーガールの女性の顔をしていた。


 「私も私が分からない。ただし、生まれた時から私には、観測者としての力と役割が与えられていた。ただそれだけだ。つまりは、世界の意思を体現しているといった方が、相応しい存在かもしれない」


 女性の声になった観測者は、話を戻そう、と言えば言葉を続けた。


 「また世界に停滞が訪れていた。停滞は発展には繋がらない。拮抗した種族の力関係、ごく一部だけの共存。実に忌まわしき停滞である。……だからこそのタモツとアキホという世界の起点が必要になったのだ」


 次に観測者の姿は変わることはなく、まだ若い女の声でつらつらと世界の真相を紡ぐ。


 「別世界への逃避を考えていた二人に役割を与えた。こちらの世界に住み、文字が読めるようになった頃に彼らの役割を記した呪縛の書を読めるようになる。こちらの世界に来る前に受け取っていた呪縛の書をアキホは早々に解読し、自分の役割を理解していた。幸か不幸か、途中退場となったタモツは自分の役割を知ることはなかったようだ」


 「――ちょっと待って、それ以上言う必要はないでしょ」


 観測者に歩み寄ろうとしたアキホだったが、観測者に睨まれれば時間を止められたようにピクリとも動かなくなる。

 アキホの顔を見れば瞬き一つすることなく、半分口を開けたままで停止していた。完全にアキホの時間は停止していた。


 「そこで耳だけ使っておけ。これは我らと同じ舞台に上がった彼女達への報酬なのだよ。……アキホの役割は勇者、そして、タモツの役割は魔王だった」


 驚愕の事実にリーアは目を見開いた。


 「馬鹿な!? どう考えても、反対だろ!? 今の惨状を見てみろ! 変革ではない虐殺にしかなっていないぞ!」


 最初からリーアの驚きを予測していた観測者は、リーアに視線を集中させる。


 「本来ならタモツは自分の役割を知り、人間からもエルフすらからも見下される劣等種族に同情し同調する。そして、この世界の大半を仕切っている人間とエルフ達に反逆を行う予定だった。元々、あの男は差別意識というものを嫌い、人とは違うだけで貶す人間を心の底から憎む性質であった。根はおとなしい性格なので、心を抑制していたはいたものの、軽く背中を押せば簡単に内に眠る破壊者として魔王としての部分が発現していただろう。事実、タモツがダークエルフになった際に発揮した力は、私が与えた人間やエルフの最も抜きんでた力を抑えるためのものだ。あの力はいずれタモツの肉体に浸透し、魔障を喰らい、魔障を吸収して生きているエルフを殺し、歩く魔障兵器となったタモツが人間を消し炭に変えるための力であった」


 観測者の言っていることは明らかに異常だった。だが、観測者の発言は不思議と違和感無くリーアとゼルの耳に届き、それが正しいことを言っているのだと当たり前のように思えた。世界の意思が、そう言っているなら仕方ないと。


 「……でも、そのタモツは死んだ」


 震える声でゼルが言えば、観測者は頷いた。声や見た目が女性になったからとはいえ、圧倒的な威圧感を観測者は放っていた。


 「そうだ、アキホは言っていた。私達の呪縛の書を読んだ時から、早めにタモツを始末しようと考えていたと。アキホなりに私が作り上げた物語に反抗し、大勢の死を防ごうとしたからこそ、タモツを殺したのさ。ギマリスと手を組んだのは、その時までは本気でギマリスを殺すつもりだった。だが、アキホにはそうはできない理由ができたのさ」


 ひらりひらりと一枚の紙が、空から舞い落ちてきた。必ず拾わなければならないという強迫観念に駆られたリーアは手に取る。


 「リーア、勇者……。ああくそ……なんてことだ……」


 リーアの体から力が抜けると、両膝をその場についた。顔を両手で覆い、ギリギリのところで堪えているようんも見える。 


 「リーア、どうしたの!? リーア!?」


 ゼルがリーアの両肩を掴み、顔を寄せるとリーアの唇が小刻みに震えていた。

 驚いて顔を離したゼルは、リーアの手から落ちた紙を拾い上げる。必死に勉強したゼルの文字を読む能力は、皮肉にもそこで活かされることとなる。

 ゼルの目には、呪縛の書にはっきりと『勇者リーア』の文字が読み取れた。


 「気づいたようだな。最初に私は観測者の意思を狂わせるアキホを消そうとした。だが、アキホは代わりに魔王の役割を代わるから消さないでくれと頼んだのだ。少しでも魔王としての役割が鈍れば、すぐにでも消して新たな魔王を生み出す予定だった。だがまあ、なかなかどうしてうまくやってくれたよ」


 まだ時間を止められたままのアキホには、何も聞くことはできなかったが、リーアは一つだけ確かなことに気づいた。

 激しい眩暈を覚えながらもリーアは、一度は落としたはずの剣を握った。


 「……真の敵はお前だったんだな、観測者! アキホがギマリスと共に世界と滅ぼそうとしたのは、役割のために! タモツを殺したのは、世界のために! そして、苦しみ続けているのは……私達のために!」


 「さすが勇者を任せただけはあるな。消すとはいっても、アキホだけではない。この世界を一度作り直して、タモツが魔王の物語を再構築する。全てを無に還し、世界を一からにするのだ」


 「観測者!!! お前は何様のつもりなんだ! 世界の意思と良いながら、やっていることは創造した全てを壊すこと! 今生きている生命に対して、積み重ねた時間も無駄にするお前は神でも世界でも観測する資格すらない! 命を冒涜するお前は、ただのわがままな子供だ!」


 気づけばゼルが止める間もなくリーアは剣を構えれば、全身に肉体強化の魔法を漲らせて駆け出していた。

 観測者まで一気に接近したリーアは、生涯最良の一振りになるだろうという予感があった。ただし、それは予感であり――剣はリーアの体も含めて停止していた。


 「血気盛んな勇者だ。だが、今回の件で世界は再び変革が起こる。お前はこれから、生き残った者達をまとめて新たな世の中を作り出す。そして、お前の何世代か先で停滞を感じたら、再び世界に変革を起こすさ」


 ここで動けるのはゼルだけだった。しかし、ゼルは指一本動かすことすらできなかった。動けば時間を止められて、下手をしたら世界から掻き消される。記憶も存在も全て。

 相変わらず震えの止まらないゼルは、左手で右手をぐっ掴むが震えが止まるどころか両手を合わせて倍になったようだ。そこから爪を両手に食い込ませて、恐怖を痛みで鈍らせたゼルは観測者に向かって声を上げた。


 「上から目線で語る観測者。貴方は、奴隷商人達とよく似ている。見下すだけ見下して、奴隷を押し潰すだけの力で全てを手に入れたような気でいる。例え……どんな力であっても、私達の心を奪われることはない! リーア負けないで、アキホ足を止めないで、私は戦うから! 戦うことが、観測者を止める方法なんだよ!」


 相変わらず無機質な目でゼルを見ていた観測者だったが、ふと異変を感じて、アキホとリーアを見れば二人の体が少しずつだが直前で中断していた行動を実行しようとしていた。力に抗ったためか、非常に遅い動作であるが、ただそれだけの行為が観測者に生まれて初めての動揺を与えて即ある決断を下すことになる。


 「やはり、私の役割のせいか……。新たな事例だが、役割を持つ者は多少なりとも私の力に抗うことができるようだな。……しかし、観測はここまでだ」


 「や――め――ろ――」


 アキホが必死に口を動かしてそう言うが、既に観測者は口にしたことを変えるつもりはなかった。

 観測者はすっと手を上げた。一切体を動かすことなく、時間を停止した存在が何らかの動きをしただけでも、ゼルの恐怖を激しく煽った。気がおかしくなりそうな瀬戸際で、ゼルは痙攣するように震える足に力を込めた。


 「貴方が何を言おうとも関係ない。己の掌から飛び立った玩具達が命を得て、貴方を超えた存在になりつつある。貴方は恐れている。見下していた存在が、貴方に並び立とうとすることを。……そんな貴方は――」


 「私を語るか」


 剣を振り下ろすことはできないリーアも、顎に錘でもぶら下げたように動かすことすら難しくなったアキホも、恐怖に足を折れてしまいそうなゼルでさえも、はっきりと観測者に断言した。


 「「「――ただの人間だ」」」


 空気が冷たくなった。そして――。


 「――世界をやりなおす」


 観測者が、軽い口調で言えば――世界はその一言によって――消滅を開始した。

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