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アレしか自慢のない俺、風俗にイったはずが異世界に行くことになった  作者: きし
第十二章『観測を超えて未来を求め』
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 「……どうやって、生き延びた」


 問答無用で保を消してしまいそうな観測者が、意外にも最初は質問をしてきた。

 怯んだ様子もなく保は、素直に応じる。


 「ギマリスの家に炎を放たれた時までは、本気でアキホさんに裏切られたと思っていた。だけど、俺をぶん殴ったアキラは一枚のメモを託していた。口の中に入れられていたから、ちょっと困っちまったけど、その中にはアキホが用意した脱出用の経路が書かれていた。だが、観測者の目を欺く為には、それだけでは誤魔化すことはできない。しかし、アキホの開発した顔に巻いていた包帯は一切の魔障の流れや気配を消すことのできる素材で作ってあった。俺はその包帯で顔を隠し、ミストさんやトオガの協力を借りて燃え盛るギマリスの家から逃げ延びたのさ」


 「では、お前はそれからずっと隠れ続けていたと」


 「まあそうなるな、アキホさん達が早い段階で騒ぎを起こしてくれたし、お前が近くに居るように行動をしていたお陰で、すっかり俺の方まで目を向ける余裕はなかったみたいだしな。それから俺は、ミストさんやトオガと戦闘訓練を続け、時折やってくるアキラを使い連絡を取り合っていたんだ。ギマリス達が派手に戦争を起こしてくれたから、俺達まで目が向くことはなかったようだな」


 号泣していたリーアだったが、ふと我に返り、つらつらと観測者の質問に答える保を呆然と見ていた。

 リーアの視線に気づいた保は、「だから、ごめんなリーア」と言葉の最後に付け足した。


 「本当はリーアに報告した方が良かったんだけど、観測者はリーアを監視していた。真実を明かさない方が、なおさら俺の存在は隠蔽できると考えたんだ。……本当は観測者が世界を消滅させるまで隠れているつもりだったんだが、我慢できなくてな。ダークエルフの変化の薬を使って、加勢しちまったよ」


 肩をすくませて謝罪する保は、多少逞しくなったことを除けばリーアの記憶と変わっていなかった。その姿は安心と勇気をくれた。

 涙を拭ったリーアは立ち上がる。


 「本当に死んだと思ったんだぞ……! 私なんて、保のせいで自分で命を絶とうとも思ってた……!」


 鼻をすすり、リーアは柔らかく握った右の拳を保の胸に当てた。右手から感じる保の鼓動が、リーアの涙腺を緩ませるが顔を振るう。


 「全てが終わったら、私をたくさん愛してほしい。……約束だぞ」


 「ああ、約束だ。俺だって、ずっとリーアに会いたかったんだぜ」


 二人で顔を赤くして微笑み合えば、表情を引き締めて目の前の世界の敵を睨みつけた。


 「ありがとよ、恋人同士の語らいを待っていてくれるなんてな」


 機械のような感情の無い表情で観測者は悠然と答えた。


 「礼には及ばない。どのような浅知恵だろうが、私の前では全ては無力なのだ。むしろ、これぐらいの恩情は与えてやろう」


 「さて、本題に戻ろう」と、観測者は僅かに声を低くした。


 「タモツよ、お前が隠れていたからといって何になるというのだ。アキホは死に、世界は滅びた。切り札としてのお前を用意したことで、多くの犠牲が発生した。それに対して、罪の意識もなく女と愛を語らうか」


 観測者が核心を突いてきたことで、動揺したのはリーアだけだった。当の保はといえば、あらかじめ分かっていたように涼しい顔をしてその言葉を聞いていた。


 「もちろん、俺の行いのせいで大勢が死んだことで気が狂いそうになったよ。一日で数十人が死に、一週間で数百人が死に、一ヶ月で数千人が死んだ。村は滅び、町は崩壊し、自然は破壊された。……しかし、それは全て俺達異世界人が用意した喜劇への伏線だよ。観測者てめえの、最低最悪な自己満足の物語をぶち壊すためのな」


 「伏線だと? 私には、お前が滑稽に見えて仕方ない。……まあいい、空気に溶けるように消してやる」


 「――させるか!」


 保の前に飛び込んだリーアが、剣を構えて走り出していた。眉一つ動かすことなく、観測者は目で捉えた。

 瞬間、観測者へと振り下ろされていた剣は、リーアの手から零れ落ち、リーアの剣を握った右手と足元から消えようとしていた。


 「飛び込んできたせいで、順番が逆になったではないか」


 少しばかり呆れるようにして観測者が言えば、リーアの消失のスピードが上がる。アキホの時と同じようにして、リーアは空気に溶けるようにして消失しようとしていた。

 保は無言でリーアの元まで駆け寄ると、消えかけていたリーアの上半身を抱きしめた。


 「もう少し我慢してほしい。俺を信じて待っていてくれ」


 保の胸に顔を埋めたリーアは、憂いのない清々しい顔で微笑む。


 「うん……。私は保を信じるのは、得意だからな」


 ただ保の言葉を肯定する一言だけを残して、保の腕の中からリーアの温もりが消えた。保の中にも、リーアが世界から消失したことが分かった。

 先程と同じように観測者は、保が行動を起こそうとするのを待っていた。ただじっと、獲物が檻に飛び込んでくるのを待つように。


 「とうとう、この世界で残ったのはお前だけだな。真情保」


 「久しぶりにその名前で呼ばれたよ。あの世界で最初にフルネームで呼んでもらうのは、リーアにしようと思ってたんだがな。俺の名前ヴァージン返せ」


 「しかし、この世界で最後に残る者が異世界人というのもこれまた滑稽であるな」


 「そう語るお前だって、滑稽だぜ。自分が創造したって語る世界で俺の存在に気づかず、この世界のバグにも気づかない。ましてや、操っていた連中に反抗すらされる。……はっきり言ってやるよ、今俺と向かい合ってお前は人間とさほど違いがねえよ」 


 観測者の瞳の奥に仄暗い光が煌いた気がした。

 観測者が口を開く前に、保は駆け出す。ただの人間の全力疾走だ。足の速い者には追いつかれ、大きな石でも前方にあればたちまち足は止めてしまう。

 それでも、保は拳を握り観測者に近づいた。

 それ故に、観測者は保を侮った。


 「消えろ、真情保――」


 「――歯を食いしばれ、観測者!」


 真っ直ぐに保の拳が観測者へと放たれた。



           ※



 観測者は生命として世界の意思として命を受けてから初めて――痛みを感じていた。

 保に殴り飛ばされた観測者は、拳に頭から押し出されるようにして地面から足を離れて体が宙に上がっていた。そして、状況を考えている内に観測者は地面に落下した。

 拳をぱたぱたと振りながら、保は観測者を見下ろしていた。


 「女性の顔を殴るのは気が引けるけど、お前なら関係ないよな」


 観測者は熱を持って痛む頬を押さえる。そのまま、寝かされていた見えないベッドが傾くように一切足を使わずに体を起こした。その顔は保に呪縛の書を書かせた、キツネ顔の男になっていた。


 「これが、痛みなのか……」


 ただでさえ細い目を、針金のようにさらにか細くさせて観測者が言う。


 「痛いだろ? それって、お前が俺達と同じ人間だってことさ。ほんのちょっぴり強いだけのな」


 「何故だ、何故……お前は消えないのだ」


 観測者の希薄だった感情が多少なりとも波立つのが保には分かった。だからこそ、観測者がただの人間であることを知らしめるためにも保は問いかけにはっきりした声で応じる。


 「まず第一に、俺は呪縛の書に囚われていない。見ていないからな。アレを見たことで、異世界の人間として登録されてしまうようだが、アキホさんが隠していてくれたお陰で読まずに済んだのさ。つまり、世界が完全に消滅したが、そもそもこの世界の住人じゃない俺を消すことはできなかった。お前が自由に消したり操作したりできるのは、異世界の住人になった奴だけだってことだろ」


 「……やはり浅知恵だな。であれば、お前を元の世界に送り返すだけの話だよ」


 首を横に振った保は、肩をすくませれば軽口で返答する。


 「残念だけど、それも無理なんだよ。俺は異世界にも存在していなけど、呪縛の書は生きてるだろ。だからこっちの世界でも、元の世界にも存在していない狭間に立つ不明確な存在になっているんだ。お前の権限では、俺は消すことができない。……だろうって、アキホさんが言ってたぜ」


 「私のルールの弱点を考えたか……。そこに到達するまでの精神力は、賞賛に値するだろう。――しかしだ」


 観測者の空間が捻じ曲がっていく、いや、世界全体が大きく歪み言葉にならない何かに変容しようとしていた。

 足元はぬかるみに踏み込んだように沈み、地面が保の肉体を味わうようにずぼずぼと時間かけて飲み込んでいこうとする。保がもがきながら顔を上げれば、真っ赤に燃え上がる球体――太陽がそこにはあった。


 「なっ……!?」


 違う、保は今の状況を僅かだが気づけた。

 地面だと思っていた場所はひっくり返り、逆立ちをしたような状態になっているのだ。地面に埋もれていた保だったが、少しずつ地面から足が抜けようとしていた。この先の展開に気づき、保の全身から汗が噴き出す。

 保の全身が太陽に引っ張られようとしているのだ――。


 「真情保、よくやったと言っておこう。しかし、私と同じ位置に来たつもりだろうが、それはお前の勘違いだ。お前が行ったのは、私からお前を消すという攻撃方法を奪っただけに過ぎない。私は、貴様を消去する以外にもあらゆる方法で殺すことができるのだ」


 地面から足を抜こうとしていた保だったが、今度は逆に滑り落ちようとする足元に必死にしがみつこうとするが、引き寄せようとする太陽に抗うことができない。刻一刻と保の肉体は、太陽に落下しようとしていた。

 そんな保を嘲笑うようにして、観測者の声が耳に届いた。


 「貴様らは、私の裏をかいたつもりだろうが、その程度では……私を倒すことはできない」


 とうとう足が抜けてしまった保は、地面から抜けたばかりの穴に両手を突っ込んでぶら下がる形になる。掴まっている穴はさらに狭くなり、指を強く締め付けてくる。


 「まだ舐めてるのか、俺達はここまできたんだ。いい加減に認めろ! お前の生み出した者達に、お前は怯えているんだとな!」


 「吼える元気はあるようだ。だが、残念ながらここまでのようだ。真情保」


 急激に保の視界がひっくり返った。受身を取ることもできずに、地面に打ち付けられた保は肺から強引に息を吐き出す。頭から地面に打ちつけたことで、脳みそを鷲づかみにでもされたように激しく視界が揺れる。

 頭を打たれたことで、保の判断は鈍っていた。そのため、対処に遅れが生じていた。


 「世界の意思を相手にしているのだということを、死にながら考えろ」


 ふわりとした浮遊感を感じた保の体は、地面から空へと真っ逆さまに落下する。

 熱気を感じて視線を下げれば、眼下に広がる灼熱の太陽が次第に大きくなる。そして、肺に全身を燃やし尽くすような熱を吸い込んだかと思えば――保の肉体は太陽に焼かれた。

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